堕ちゆく天使 | ナノ

16

ぼんやりとした意識の中、ゆっくりと目を開く。日が差し込む窓を見るも、寝起きの目はまだ焦点が定まらず何度か瞬きをする。次第に焦点が合い、窓の外を見れば今日も晴天だった。しかし、今日は久しぶりに体が重怠い。

何でこんなに体が辛いんだっけ? まだ半分ほどしか起きていない頭で昨日の事を考えるも原因はすぐにわかった。

そうだ、昨日はイチジ様が部屋に来て。……それで。

昨夜の事を思い出して、一気に熱くなっていく体のまま体を起こしてベッドの隣を見てみるも、勿論イチジ様の姿はない。昨日は疲れが溜まっていたせいか、終わってから私はすぐに眠ってしまったようだ。きっとその後、イチジ様は部屋に戻ったのだろう。


やっぱり、私は都合のいいおもちゃなんだな。


昨日の事を考え、そう思いながらも悲しくなっている自分がいる。それにイチジ様が言っていた私に似た王女様。その人はどれほど私に似ているのか。イチジ様と王子が言っていた"病弱"という単語を聞いて少なくともその人物が私ではないのは確かだ。私は至って健康だし、どこにも異常は見られない。もし記憶喪失だからわからないとしても、自分の体ならきっと気がつくはずだ。

イチジ様の中にいる病弱の王女様。もしかして、私はその人に似ているからこうしておもちゃとして扱われているんだろうか。もし似ていなかったら、見向きもされてなかったんだろうか。そう思うと会ったことのない病弱の王女様に似ていて良かったと少しだけ思う反面、イチジ様の中に私はいないんだという現実を突きつけられているようで、胸が苦しい。

そもそも使用人の私に振り向いてくれるはずないし、お側にいられればと思っていたはずなのに。


イチジ様の事を考えながら苦しい気持ちのまま、ゆっくりとベッドから降りてメイド服に着替える。そういえばこの服を来ている時に初めて肌に触れてきたんだっけ。

少し前の事のハズなのにもう、ずいぶんと日が経っているように思えてしまう。それほど私はイチジ様に夢中だったって事なんだろうか。

服に手を通して、長くて茶色い髪を高く結び、お団子にすればいつも通りのスタイルが完成する。備え付けの鏡で身なりを確認してみれば、首筋に服で隠れているものの少し動けば見える位置に赤いものを見つけてしまった。


「な、なにこれ……」


手で襟を捲ってみればそれはもしかしなくとも、キスマークというやつだった。一瞬、虫にでも刺されたのかと思ったが恐らく私の考えが正しい。昨夜、一度だけ首筋から吸われているような感覚があったのを覚えている。何で、こんなものを……。ほとんど服で隠れるものの、きっと掃除をしていれば見えてしまう。それにレイジュ様に見られてしまったら、何て説明をすればいいのか。

しかし、時計を見ればもう仕事をしなくてはいけない時間になってしまっていて。私は仕方なく、見えないよう注意をしつつも部屋を後にした。





「……」
「……」


朝食の支度の手伝いを終え、イチジ様達は食事をしている最中。勿論私はいつもの場所で、レイジュ様が食事を終えるのを待っている。

王女様が居座るようになってから、ニジ様とヨンジ様は常に不機嫌で食事中は無口。でもこれは王女様が来てからずっとで変わらない。しかし今日はその王女様も無口だった。理由はわからないものの、この食堂に来てからずっと。相変わらずイチジ様にべったりなのは変わらないが、いつもの笑顔は無く、なんだか機嫌が悪そうだ。


「はぁ、飯が不味いからいらねぇ……」


ガチャンと乱暴にフォーク等を置くニジ様は、またいつものように食べ残して立ち上がる。そしてまたニジ様の後を追うようにヨンジ様もイチジ様も立ち上がる。イチジ様が立ち上がり、彼の顔を見たことで昨夜の事をまた思い出してしまい、胸がきゅっと締めつけられた。この首筋のマークをつけた意味が知りたい。でもここで聞けるわけがないし、王女様がいる時点で次いつ呼ばれるのかもわからない。


「あ、イチジ様!」


イチジ様が食事を終えて立ち上がった事で、また王女様が慌てて立ち上がり追いかける。やはり振り向かれないとわかっていても好きな方が他の女性と歩いているのは気になってしまうもので、顔から目を逸らしつつも、視界の隅でイチジ様と王女様の動きを追う。

そしてイチジ様と王女様が、出入り口で待機している私の横を通った時、強い視線を感じた。


「!!」


通りすぎる王女様にチラッと目を向けてみれば、鋭い目付きで睨まれていて。一瞬にして驚きと困惑が私の中で入り交じる。私、王女様に何かしてしまったんだろうか。しかし、王子に連れ出されてから王女様には関わっていない。

じゃあ、何故? もしかしてたまたま? いや、完全に目があったから私を睨んでいたのは間違いない。


「ナマエ?」
「!! はい!」
「どうしたの? ボォーッとして」
「申し訳ありません! 何でもありません……」
「……そう。 まぁいいわ。 後で昨日の本の続き持ってきてちょうだい」
「かしこまりました」


ぼんやりと考えてしまったせいで、食べ終えたレイジュ様に気がつかなく、慌てて頭を下げ、私は彼女と一緒に食堂を後にした。

(2018/03/23)