堕ちゆく天使 | ナノ

14

島に滞在して三日が経ち、今日もジャッジ様達は国王に会いに出掛けていった。その間、私たち使用人はいつものように、仕事をしていて。私もレイジュ様の部屋を掃除している時だった。


「ナマエちゃん、いる?」
「はい! います!」


レイジュ様の部屋の前から名前を呼ばれた為、すぐに手を止めて扉を開ければ、そこには私ほどの年齢の女性使用人が立っていて。すぐに玄関口まで来て欲しいとの事だった。様子を見るからに少し焦ってるような感じがして、一体どうしたんだろう。と思いつつも急いで玄関口まで急いだ。


そして玄関口が見えてくれば、そこには数人の使用人と使用人ではなさそうな一人の見覚えのある男性が立っていて。


「あー、来た来た!」
「あ……あの」


近くでその男性を見て、すぐにこの前の王子だとわかった。しかし、なぜ王子がここにいるんだろうか。不思議に思っていれば、その場にいた使用人がこっそり、王子に聞こえないよう、私にここの国の王子だと教えてくれる。

只でさえ、ここの国の王子だと知って驚いたのに。王子は突然私の腕を掴んできて。


「ねぇ、君一緒に来て!」
「え!? あのッ……」


私の返事を聞くことなく腕を引きながら歩き出してしまう。まだ、掃除も終わってないし、勝手に外出なんてしたら怒られちゃう。しかし、相手は王子。掴まれた手を振り払う勇気なんて私にはなくて、結局そのまま城を出てしまった。

城から出れば馬車があり「乗って」と言われ、渋々乗れば、馬車は走り出す。そして整備された森の中にある道を走り抜ける。

馬車が走る道の両サイドには木々が並んでいて、記憶喪失でずっと城の中にいたせいか、この森がとても新鮮に思えて、気がつけば見入ってしまっていた。


「森、そんなに珍しい?」
「あ、ごめんなさい」
「何だか、見れば見るほど似てるなぁ。 君」


森を見入っていれば、隣に座っている王子が話しかけてきて、ジッと私を見つめてくる。似てるって前に言っていた人の事なのかな。


「初恋の方ですか?」
「うん、その子は一国の王女なんだけど、その子の国はこういう緑はほとんど無くてね」
「王女様なんですか!?」


相手は王子だ。初恋が王女であろうと不思議ではないはずなのに、私はつい声をあげてしまった。慌てて「申し訳ありません」と謝るも、王子は可笑しかったのか笑っていて、そのまま話を続けた。


「その子ね、一度だけ国王と"世界会議"に行ったことあるらしくてね。 その時に ”同じ歳くらいの王子がいて仲良くなろうと思ったんだけど煙たがられて、体を突き飛ばされちゃったんだ。でも諦めずその子に話しかけたら少しだけ話してくれたんだ” っておれに嬉しそうに話してきたんだ」
「……」
「普通、病弱な体の子にそんな事しないし、された側ももう近寄らないだろ? でもその子はそんな事は一切思わなかったらしい。……変わった子だよね。まぁ、その話をした時しか会ったことないんだけど」
「はい……」


"世界会議"だなんて、私には縁遠い事で頭が着いていかない。そもそも、そういう大事な場に子供が行って良いんだろうか、とも考えてしまうほど。

そして王子の話を聞いている間に、森を抜けて、町を過ぎて、今ジャッジ様達がいるであろう城に到着してしまった。王子の後を追うように、馬車を降りれば私とは違うデザインの服を来ている使用人達が揃っていて。どうしよう、城に着いちゃった。ジャッジ様達に会ったらなんて説明すればいいんだろう。

そんな不安を抱えながらも、王子に連れられ城の中へと入っていく。

城の中はとても明るくて、鮮やかな装飾品が置いてあり、見るからに同じものはひとつとしてない。それを見て、この前の王女様の言葉が頭を過る。確かに、これは迷子にならなそうだ。

王子の後ろを歩きながら、城をキョロキョロ見渡していれば、前から「どこ行ってたのよ!」と聞き覚えのある声がしてきて、前に目を向ければそれはやはり王女様だった。


「ごめん、ちょっとこの子をね」
「え、その子ってあなたの初恋の子に似てるけど違うんでしょ」
「うん、でも似てるかこの使用人欲しくてね。 ジャッジ様に言ってみようかと思って」
「それで本人連れてきたの? 使用人くらいすぐに頷くわよ。それより、イチジ様がいるんだから早くしてよね!あなたの好きな女もいるんだから」
「レイジュ様いるの? やったー!」


彼がここの王子だと聞いて、王女様と兄妹だと言うことは何となく気がついていたが、この二人の話を聞いてどうやら今からジャッジ様達がいる部屋に私も連れていかれるらしい。なんだか嫌な予感がするし、それに私が欲しいからジャッジ様に言うって……。すぐに頷かれる気がして少し怖い。しかし何故ジャッジ様が断ってくれないだろうか。と考えたのかはわからないが、この時私の頭の中にはイチジ様の顔が浮かんでいた。





*   *






「お待たせしました」
「!!」


私を連れて客間に入った王女様と王子。その部屋にはやはりジャッジ様達が座っていて、その向かいには国王かと思われる人物が座っていた。そして私の存在に気がついたジャッジ様達。


「遅いぞ」
「ごめんなさい、ちょっとこの子を連れてきたくて」
「誰だ、そいつは」
「うちの使用人です」


私は手を引かれながら席に近づくも、ジャッジ様達の方を見れず俯いてしまう。王子は国王と話ながらも、ジャッジ様達の向かいに座るが、二人の会話にジャッジ様が割り込むように入ってくる。その瞬間、国王の顔色は少しだけ青ざめた気がした。


「お前、何故勝手に連れてきている!」
「ジャッジ様、この使用人欲しいんですが」
『!』


ジャッジ様達の様子が気になり、俯きながらも目線を向けていれば、王子の言葉で体をピクッと反応させるジャッジ様。私の位置からでは、ジャッジ様が少しだけ反応したことしか見えなくて、イチジ様は相変わらずの無反応のように見えた。今はイチジ様のおもちゃだけど、どうするんだろう。やっぱり簡単に手放されちゃうのかな。そう思うとまた以前に感じた胸の苦しみが襲ってくる。

しかし、ジャッジ様が口にしたのは予想外のもので。


「申し訳ないが、その使用人は我々に必要な人物なので」
「え!?」
「!」


まさか、ジャッジ様がそんな言葉を口にするとは思いもしなかった。何で? 記憶喪失だから? しかし、いくら考えてもジャッジ様の考えがわかるはずもなく。


「ただの使用人なのに」
「使用人くらいいるからいいだろ! 諦めなさい」
「はーい」


ジャッジ様の言葉で、国王に説得された王子はふてくされたような表情をしながらも私の手をようやく離してくれる。

そして私は、話が終わるまで客間の前で待つよう、ジャッジ様に言われた。

(2018/03/19)