堕ちゆく天使 | ナノ

13

ジャッジ様達が王女様を連れて戻ってきた日の夜。夕食の時間で、私はいつものように食堂の出入り口付近に待機するも、どうしてもイチジ様と王女様に目がいってしまう。

イチジ様の隣で食事をする王女様はとても嬉しそうで。その様子を見ているだけなのに、胸が苦しくて痛くて辛い。何でここまで苦しくなるのか、自分でもわからないくらい苦しい。


「あ、ジャッジ様! しばらくこちらに泊まってもいいかしら?」


自分の気持ちに困惑していれば、突然王女様はそんな事を言い出して。イチジ様はいつも通り表情は変わらないものの、ニジ様とヨンジ様は少しだけ顔を歪ましている。どうやら、王女様はイチジ様が好きでニジ様とヨンジ様に対しては邪険にしているため、泊まると言い出した事が気にくわなかったらしい。ニジ様ならすぐにキレそうだけど、一応相手は王女様だから我慢でもしているのだろうか。

しかし、ジャッジ様はニジ様達の気持ちなど気にする様子もなく、二つ返事で頷いた。


「あぁ構わん。 おい客間を用意しろ」
「かしこまりました」
「待って!!」


ジャッジ様は使用人に客間を用意させようとするも、拒む王女様。一体どうしたのか、聞き耳をたてて理由を聞いてみればイチジ様の部屋が言いと言い出しはじめたのだ。しかし、流石のジャッジ様も婚約者でもない彼女とイチジ様を一緒にさせたくはなかったらしく「客間をお使いください」と伝えれば、王女様は渋々頷く。


「わかったわよ」


不貞腐れたような表情を浮かべた王女様がまた夕食に手をつけ始めた時。持っていたナイフ等を乱暴に置き、ガタッと音をたてながら立ち上がるニジ様。彼のお皿を見れば食べ残している。これは時々ある事だが、コゼットさんの料理はとても美味しいから残すなんて勿体ない。そう思うも本人に言えることではないし、きっと彼らと私たちは違うから仕方ないのかもしれない。

立ち上がったニジ様は眉間にシワを寄せながらも、扉へと歩いていき、それに続くかのようにヨンジ様も立ち上がり、イチジ様、レイジュ様も立ち上がった。イチジ様達はニジ様のように食べ残しがなく、完食した為立ち上がったようで。

しかし、王女様だけはまだ食べ終えていなかった。どうやら食事中、ジャッジ様と話をしたり、無言のイチジ様に話しかけたりとしていたせいで、遅くなってしまったらしい。


「あ、イチジ様! 待って!」


テーブルに一人残されてしまった王女様は、食事をニジ様のように食べ残し立ち上がり、イチジ様を追う。王女様はそれほどまでイチジ様に夢中みたいで、彼に追い付けばまた腕に絡み付いている。そんな二人をなるべく目で追わないようにしているのに、つい見てしまい、また胸が苦しい。


「ナマエ」
「ッ、はい!」


少し俯いたままの私は、最後に食堂を出たレイジュ様に呼ばれ、彼女の後ろを追いかける。しかし少し離れた先にはイチジ様と王女様の姿があって、今前を向くことが苦痛でしかなく、少し俯きながら歩いていれば、レイジュ様がポツリと呟いた。


「イチジが好きってホント、物好きもいるものね」
「!」


レイジュ様の言葉につい反応してしまう。王女様はイチジ様が好き……そっか、それって物好きなんだ。しかし、私の中ではそれどころじゃない。あの光景を見て、胸が苦しくて痛い。それがなんなのかが、分からない。それにイチジ様なら、あんな事をされれば振り払ってしまいそうなのに。そう思った時、私はレイジュ様に疑問をぶつけてしまっていた。


「あ、あの……イチジ様なら振り払いそうですが……」
「お父様がね、一応相手の王女だから拒むなって」
「そう、ですか」


私の質問に、呆れたように答えるレイジュ様。そっか、ジャッジ様からのご命令だったんだ。なんだかそれを聞いた瞬間今まで胸が苦しくて痛かったのに、少しだけ和らいだ気がする。このさっきから変わる気持ちは何? イチジ様の事になるとコロコロ変わる。

まだ分からない気持ちに戸惑いながらも、私はレイジュ様と部屋に向かった。





*   *






「ちょっと時間かかっちゃった……」


部屋へ戻った後、レイジュ様に持ってきてと頼まれた一冊の本を抱えながら書庫を出て、急いで彼女の部屋へと向かう。少し薄暗い通路を小走りで向かいながらも、さっきから頭の中はイチジ様の事ばかり。今日はまだ合図はない……って王女様がいるんだから、呼ばれないか。そもそも私はおもちゃなんだから、……。全て、イチジ様の気分次第……。やはり頭の中でわかっているのに、心はそんな考えを無視して苦しくなってくる。

──本当になんなのよ、この気持ちは。

そう考えながらレイジュ様の部屋へ向かっている時だった。


「あ、」
「!」


向かいからキョロキョロと周囲を見渡しながら歩いてくる女王様の姿があり、彼女は私に気がつくと小さな声をあげる。食堂を出た時はイチジ様にくっついていたが、今は一人だ。一体どうしたのだろうと思いつつも、彼女が近づいてきたとき、通路の端に避けて頭を下げれば「ねぇ」と声をかけられた。


「はい」
「イチジ様の部屋に案内して」
「イチジ様の、お部屋ですか……」


てっきりあの後、イチジ様と一緒に部屋に行ったものだと思っていた。でも違うのかな。王女様は私がすぐに答え、案内しなかったせいか、眉間にシワを寄せながら「何よ」と呟いてきて。私は、余計な事を言ってしまったと後悔しつつも慌てて王女様をイチジ様の部屋まで案内をする。


「ご、ご案内します」


歩き出せば、素直に後ろからついてくる王女様。夕食前に一度イチジ様の部屋に行っているはずなんだけど。覚えていないんだろうか。そんな事を思いながら、本を両手で抱えたまま歩いていれば、私の考えを読み取ったかのようなタイミングで王女様が後ろでボソッと呟いた。


「もうちょっと分かりやすくい装飾品置くとかしてよね」


その言葉で迷っていたんだと、なんとなくわかった。私も最初迷ったりしてたなぁ。やっぱり、他の王女様達でも迷うんだ。……あ、そういえばこの前来ていた王子も迷ってたっけ。ふと、思い出したこの前の王子。あの方と王女様は何となく雰囲気似てる気がするけど……。


「ねぇ、あなた」
「はい」


王女様とこの前の王子の顔を思い出しながら、イチジ様の部屋へ向かっていれば突然王女様に声をかけられて私は足を止める。


「名前は?」
「ナマエと申します」
「兄弟は?」
「きょ、う……だいですか」
「えぇ、いるの? いない……っていや、ここで使用人やってるなら王族な訳ないわね」


何だかよくわからないが、王女様は自分で納得してしまい「何でもないわ」と言いつつ歩き出してしまった。正直、兄弟いるかなんて聞かれてヒヤッとした。記憶喪失の事はジャッジ様から口止めされているから、わからないなんて言えないし。しかし、この前の王子といい王女といい、私の事を見たことあるような口ぶりが気になる。……それに王族って。

しかしたまに自分が記憶喪失者だということを思い出したり、自分が誰なのか気になるものの、それ以上に私の頭の中を占領しているのは言うまでもなくイチジ様だった。

(2018/03/12)