堕ちゆく天使 | ナノ

バレンタイン

「よしっ、これで冷めれば!」


レイジュ様からお暇を貰い、厨房にて私は器具や材料を借りて料理長のコゼットさんから教えて貰いながらガトーショコラを焼いていた。オーブンから取り出してみれば、香ばしい良い香りが厨房内に広がる。食べてくれるかなんてわからないけど、でもやっぱり渡したかった。大好きなイチジ様に。


「ナマエちゃん、上手にできたね」
「はい、ありがとうございます!」
「でも、これ、誰にあげるの? レイジュ様?」
「え、っと……まぁ、はは」


ストレートにイチジ様だなんて言えるはずもなく、笑って誤魔化せばコゼットさんはキョトンとした顔をしている。しかし、周りに気が付かれずこれをどうやって渡そうか。普段、昼間はレイジュ様の召し使いな為、気軽に会ってしまったら不審がられてしまう。


「まぁ、とりあえず冷まさないとね」
「はい。 私はレイジュ様の元に戻ります。 また来ますね」
「うん」


イチジ様に渡すケーキを作り終えた私は厨房を出て、レイジュ様の部屋へと向かった。

しかし、レイジュ様の姿はなくて。確か、部屋にいるって言ってたんだけど、急にジャッジ様に呼ばれたりしたのかな。そう考えながらも城の中を歩き回り、レイジュ様を探す。

だが、なかなか見つからない。正直、その途中でニジ様達に見つかりはしないだろうか、という不安もあったため早く彼女を見つけたかった。


そして、早足でレイジュ様を探して歩いている時だった。


歩く先にある部屋、談話室からガチャと扉が開いたかと思えば、そこからレイジュ様の姿が現れて。私は彼女を見つけた瞬間駆け寄った。


「レイジュ様!」
「ナマエ」
「部屋にいなかったので、探していました」
「あら、ごめんなさい。 ナマエに紅茶を持ってきてもらおうと思ってたの」
「紅茶ですか。 かしこまりました」
「あ、四人分ね」
「はい……」


突然紅茶を持ってきてと言われ、厨房に向かおうと思えば四人分と言われ。それがどういう事なのかすぐにわかったが、滅多にあの四人が顔を揃えてお茶をする事が珍しい。何か、それほど美味しいものでもあるのだろうか。

そんな事を考えながら、また厨房へと行けばコゼットさんの姿はない。倉庫に食材でも取りに行っているんだろうか。特にそこまで気にする事なく、紅茶を人数分ティーワゴンに乗せて行く。しかし、厨房内を見て違和感があった。


「嘘、ケーキがなくなってる」


先程完成したケーキが消えていた。確かに厨房に置いておいたはずだ。それにコゼットさんもここに置いておいていいと言っていた。だから、動かすハズないと思うけど。


「でも」


もしかして、コゼットさんがやむ終えず移動させたのかもしれない。後で聞いてみよう。そう思い私は、ティーワゴンを押しながら談話室へと向かった。





*   *






「失礼します」


四人分の紅茶を運び、談話室へと入れば甘い香りが漂っていて、四人が一人用ソファに腰をかけている。その中には勿論イチジ様もいて。今日、会うの初めてだ。朝食の時いなかったし。なんて少し心踊らせながらも四人分の紅茶を淹れていく。


「ありがとう」


お礼を言ってくれたのはレイジュ様だけ。他の三人はお礼を言うような人たちではないけど。そう思いながらも彼らの前にあるものに私は目が止まった。

それは先程、私が作ったケーキで。キレイに切られていて、彼らはそれを談笑しながらも食べていく。

嘘、何で私が作ったケーキがここにあるの!?

しかし、彼らのティータイムを邪魔することなんて出来るハズもなく。私は何も言わず数歩下がりティーワゴンの横で待機する。何で……、イチジ様にあげたかったのに。もしかしてニジ様か誰かが見つけちゃったのかな。心を込めて作ったケーキが、あげたかった人以外の口に入っている事への現実でため息が零れそうになってしまう。

でも、そのあげたかった本人もここで食べているわけで。だからまぁ良いのかな。イチジ様を見れば、いつもの様に特に表情を変えずに食べていて。美味しいかな? お口に合ってるといいな。

と、一人忙しなく色々考えていればカチャとティーカップを置くニジ様。


「もう甘いもんはいいや」


そしてはぁ、とため息をつきながら立ち上がり、その拍子にテーブルの中央を見れば私が作った1ホールは消えていた。もしかして、四人で全部食べちゃうなんて。と驚いていれば「ニジ、お前食い過ぎ」とヨンジ様に笑われている。どうやら、彼がほとんど食べてしまったらしい。イチジ様も食べたとはいえ、なんだか歯痒い気分だ。

そしてニジ様とヨンジ様は立ち上がり、談話室を出ていった。二人が出ていった後、レイジュ様も立ち上がり私に近づいてきて。


「ナマエ、美味しかったわよ。 ごめんなさいね、私たちも食べてしまって」
「え、あの……」
「後ででいいから、私の部屋に来てちょうだい」
「はい……」


私にだけ聞こえる声で言うレイジュ様の言葉に目を丸くしていれば、ふふっと笑いながらも談話室を出ていった。どうやら、あのケーキを作ったのは私だと、イチジ様の為に作ったのだと気付かれていたらしい。でも、じゃあ……イチジ様は私が作ったと知っているんだろうか。それにレイジュ様の"後ででいいから"という言葉で私とイチジ様の関係がバレているような気もしてしまう。

そして談話室には私とイチジ様の二人きり。これはレイジュ様が気を使ってくれたようにしか思えないし、やっぱり好きな人と二人きりになると自然と頬が緩んでしまう。


「ナマエ」
「は、はいッ」


名前を呼ばれ、慌てて返事をすればイチジ様は立ち上がり、いつもの表情のままゆっくりと、私に近づいてきて。彼が目の前で立ち止まれば、バクバクと鼓動が早まっていく。


「これはお前が作ったのか?」
「は、……はい。 その、今日はバレンタインだったので、イチジ様に渡そうと思って作ったのですが……」
「……なぜそれを早く言わない」
「申し訳ありません」


本当は気がついたとき、直ぐにでも言いたかった。でも言えるわけがない。私はとにかく頭を下げて謝る。だからと言って、今から作れるわけがない。それに今日がバレンタインだから明日渡しても意味がないし。


「お前は食べたのか?」
「試作で作ったものなら、少しだけですが」
「なら、さっきのは食べていないんだな」
「はい、もしかしてお口に合いませんでしたか!?」
「あぁ、甘すぎだ」
「ッ、申し訳ありません!!」
「お前も味わってみるか?」
「え、……んッ!!」


甘すぎだと言われ、慌てて頭をまた下げるもイチジ様の言葉で顔を上げれば、後頭部を押さえられ唇に柔らかいものが重なった。それは直ぐにイチジ様のだとわかり、彼からは先程食べたケーキの香りがしてきて、次第に彼の舌が入り込んでくる。


「っ……ッふぁ」


舌と舌が絡まれば、更にケーキの甘さが伝わってきて。何度も重ねられる唇の隙間から吐息が零れるも徐々に苦しくなって、頭がぼんやりしてきてしまう。しかしイチジ様に頭を押さえられている為、逃げることができない。私は自然と彼の服を握りしめていた。


「はぁ……」
「どうだった?」



ようやく解放され、一気に空気を吸い込むもまだ頭がぼんやりしてしまう。しかし、そんな私にはお構いなしに楽しそうにニヤリと口角をあげるイチジ様。


「甘、すぎ……です」
「次はおれだけに作れ」
「え、」
「いいな?」
「は、はい!」


私の答えに満足そうなイチジ様。そしてその後の言葉が嬉しくて、微笑みながら返事をすればもう一度、優しい触れるだけのキスをしてくれた。

(2018/02/13)