堕ちゆく天使 | ナノ

11

「本当に申し訳ありません!」
「もういいわよ」


慌ててレイジュ様の部屋へ紅茶を運ぶも、彼女の「あら、遅かったわね」という言葉で私はひたすら頭を下げている。「気にしないで」と言われるものの、やはり仕事だからどんな事があろうと自分の責任。それにイチジ様にキスされたなんて絶対に言えないし。

そしてソファに座りながら紅茶を飲むレイジュ様に頭を下げ続けている時。

ノックも無しにガチャと扉が開いて、誰が来たのかと反射的に振り向けば、何故かジャッジ様が入ってきた。何でジャッジ様がレイジュ様の部屋に!? 驚きつつもジャッジ様の威圧感に緊張で顔が強張ってしまう。


「来客だ。来い」
「はい、お父様」


ジャッジ様に言われ、カチャとティーカップを置くレイジュ様は直ぐ様立ち上がる。やっぱり、来客だったんだ。じゃあ、私は紅茶でも片付けてよう。

来客時は私はレイジュ様に付くことなく、他の使用人の手伝いをしろと言われていた。だから、レイジュ様が使ったティーカップ等を片付けようとした時。ジャッジ様に名前を呼ばれ、肩を震わせながらも手を止めて畏まる。


「来客中は部屋を"絶対"に出るな!」
「は、はい」



それだけ言い、レイジュ様と部屋を出ていった。今までそんな事言われたことなど無かったため、唖然としてしまう。何故そこまで強く言うのか。以前の来客時、何か粗相でもしてしまったのだろうか。他の仕事をしていても、お客様に遭遇しないわけではない。もしかしたら、その時に。 しかし、自分の覚えている範囲では記憶にない。

私は疑問に思いながらも、とりあえず紅茶をティーワゴンに片付けて部屋へと戻った。




しかし、部屋へ戻ってもやることがない。いつものこの時間は仕事中だ。だからといって、部屋からは出れないし。なんでジャッジ様はあんな強く言ってきたんだろう。今日来る人に私を会わせちゃダメとか?


「いや、それは流石にないかぁ」


一人、独り言を言いながら窓際に立ちながら外の景色を見ている時だった。


「随分と広いなぁ〜」
「!?」


突然廊下から聞いたことのない声が聞こえてきて。明らかにイチジ様達ではないし、使用人がそんな事を大きな声で言うはずがない。驚きつつも部屋の扉を凝視しながら廊下の声に耳を済ましていれば「もしかしてここか?」と言う声が聞こえた。

そして私がいる部屋の扉がガチャと音を立てて開かれてしまった。


「!!」
「あ、」


廊下で独り言を言っていて、私の部屋に入ってきたのは黒髪のタレ目な見知らぬ男の人で。私を見た瞬間、その人は時間が止まったかのように固まった。私がここにいて驚いたんだろうか。それにしてもこの人は、もしかしなくても今日の来客者なんじゃ……。服装を見るからに使用人ではないし、装飾が施されている服を着て、まるで王子だ。


「あの……」
「あっ、その、ごめん! 客間に行きたかったんだけど迷っちゃって!」
「き、客間でしたら……」


"この通路ではなく……"と道案内をしようとしたが、私はここの使用人で、恐らく相手は王子。いくらジャッジ様に部屋を出るなと言われていても、王子に道を説明して一人で行かせるのは失礼に値する。なら、私が案内しないと。


「あのッ、ご案内します!!」
「え、あぁ、君はここの使用人なんだ」
「はい、こちらです!」


私は部屋を出て、廊下を歩きながら客間へと向かう。客間へ向かう途中、着いてくる王子は廊下をキョロキョロと見渡しながら「なんか地味〜」とブツブツ言っていて。地味なのかな、なんて考えていれば突然後ろから腕を掴まれて。驚き、足を止めて振り向くと王子はタレ目を細め微笑んでいた。


「あの……」
「ねぇ、君……どこかで会ったことない?」
「え、……」
「あ、でも気のせいか〜! その子、病気がちだって聞いてたし! いやぁね、昔一度だけ会ったことある女の子に似ててさ。 初恋の子だから、さっき君見てスゴく似てたからビックリちゃったんだ」
「そう、なんですか……」


そう言った王子は「どこにいるのかなぁ」なんて呟きながら何事も無かったかのように、また歩き出す。彼の言葉で私はもしかしたら、この人は私を知っているのかもしれないと思ったけど、病気がちだったのなら違うか。私は全然健康だし、他人の空似かな。

そう自分の中へ結論付け、慌てて先に行ってしまった王子を追いかければ向かいから初老の男の人が慌てて走ってきて。どうやら付き添いの人だったようだ。


「王子、勝手にいなくなるのはお止めください!!」
「おれいなくても父上が話するじゃん。 かたっくるしい話嫌いなんだよ」


やはり、来客者は彼とその父親だったようだ。それにやっぱり王子なんだ。そう思いながら二人のやり取りを見ていればふいに王子が私の方を見てきて。


「可愛い使用人さん。ありがとう! じゃあね」
「は、はい!」


付添人と合流出来て、もう私は必要ないらしい。笑顔で私に手を振りながら歩く王子の横で付添人が頭を下げながらも客間へと向かう。そんな二人に私は廊下で一人深々と頭を下げた。




*   *






あの後、途中まで来客者を案内するため部屋を出てしまった事がジャッジ様の耳に入ってしまったらしく軽く注意された。てっきり強く叱られると思っていたが、どうやら状況が状況だったため見逃してくれたらしい。



そして一日の仕事が終わり、私は部屋で寛いでいる。今日はイチジ様に何も言われていない。キスされた後、何度か会ったりしたけど"部屋に来い"という合図等は無かった。正直、ちょっとだけ残念な気持ちがあったりもする。それはやっぱり、キスをされた時に感じた気持ちと関係があるんだろうか。

そんな事を考えながら、電気を消した部屋でぼんやりと夜空を眺めている時だった。

カツカツッと廊下から足音が聞こえてきて。こんな時間に廊下を歩いている人なんて今までいなかった。大体はもう就寝しているはずだ。まさか、……幽霊!?……あ、幽霊は足ないか。

なんて一人で色々と考えながら、早まる鼓動を感じつつ誰だかわからない足音に恐怖に身を震わせていると、その足音は私の部屋で止まった。

そして足音が消えたかと思えば、ガチャと扉が開いて。



「っ、………………え、イチジ様!?」


そこには意外な人物、イチジ様の姿があった。何故彼が私の部屋に来たのか、今日は来いと言われていなかった筈だ。足音の正体が得たいの知れないものではなかった事に安堵しながら彼の登場に驚いていればあるひとつの考えに辿り着く。

……もしかして合図見逃してた? それで怒りにきたとか?そう思った瞬間血の気が引いた。部屋に入り、私に向かって歩いてくるイチジ様のその表情から感情は読み取れる筈もなく、後ずさりする私の腕を何も言わず掴んできて。そしてそのまま腕を引きながら、私の部屋を後にした。




どこに連れていかれるのかと、足がもつれない様に掴まれたままの腕を薄暗い中眺めていれば着いたのはイチジ様の部屋で。

私を部屋に引き込み、扉を閉めた途端。


「んッ」


また昼間のように、私の体を抱き寄せて後頭部を押さえながらキスをしてくるイチジ様。また柔らかい唇が重なり、バクバクと鼓動が暴れだす。今日は来いと言われていないのに、何で自分から来て、連れ込んでキスをしてくるのか。真相は全くわからないものの心のどこかで全く嫌ではないと思っている自分がいて。イチジ様は私の背中に手を回し、そしてまたジィーっとファスナーを下げ始める。背中からはスゥッとした肌寒さを感じて。

それが何を意味するのか、すぐに察した私はイチジ様に身を委ねる事にした。

(2018/03/06)