堕ちゆく天使 | ナノ

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イチジ様にキスをされた翌日。食堂でイチジ様の姿を見るもやはり夜中の出来事を思い出してしまい、私は彼を直視することが出来なくなっていた。しかし、イチジ様から話しかけてこない限り関わることはないため、挙動不審になったりすることはなかった。

そしてレイジュ様から頼まれた紅茶を厨房へ取りに行けば、シェフ達はバタバタととても忙しそうにしていて。もうすぐ夕食だからその支度かも。紅茶を用意しようと思ったが、この中へ入ると邪魔になってしまいそうで躊躇ってしまい入れないで困っていると、シェフの一人が私に気がついてくれて。


「ナマエちゃん、どうしたんだい?」
「あの、レイジュ様に紅茶を頼まれまして」
「そうか……あぁ、そうだ! 紅茶は用意しておくから代わりに倉庫へ行って足りない野菜持ってきてくれないかな?」


事情を話せば、はいッと私が返事する間も与えずシェフは喋り、必要な野菜が書かれたメモを渡してくる。バタバタと忙しそうな厨房。確かに今私が入っていくと邪魔になるし、紅茶の準備もすでに厨房に入っている彼に任せれば早いかもしれない。私にメモを渡してきたシェフは慌ただしく動くシェフ達の合間を縫って邪魔にならないよう紅茶の準備をしてくれていた。

それを見て、踵を返した私は薄暗い廊下を倉庫に向かって走り出した。








倉庫につき、中へ入れば土の匂いが充満していて、大きなカゴに山積みになった野菜を必要な分を持ってきたカゴへと入れていく。今日は夕食が近いからっていっても、いつもより忙しそうだった。来客でもあるんだろうか。そんな事を考えながら、頼まれた野菜をメモと見比べて確認し、倉庫を出ようとした時だった。


「ッ!! イチジ様!!」


倉庫の入り口には何故かイチジ様が立っていて。いつ来たのか足音や気配が無くて全く気がつかなかった。それに昨日の事があるため、急に鼓動が早まっていき顔を直視出来なくて俯いてしまう。どうしよう、ドキドキしてきた。


「顔をあげろ」
「は、はいッ……」


顔を見れなかったのに、イチジ様に言われて反射的に顔をあげてしまい、彼の顔を見るもいつもの無表情で何を考えているのかわからない。しかし、イチジ様からしてみれば、私がどう思っていようが関係のないこと。彼は私を見下しながらゆっくりと歩み寄ってきて。

そして私の目の前で立ち止まったイチジ様は腰を屈めながらも、顔を近づけてくる。


「っん……!!?」


何をされるのか、少し身を引くも彼の手が後頭部に回されてしまい、また昨夜と同様唇が重なった。またしても柔らかい唇に、バクバクと早まる鼓動と同時に胸がキュッと苦しくなる。このよく分からない感情と状況に混乱しつつも、イチジ様の体を押し、小さな抵抗をしても離れることはなくて。

また触れるだけのキスかと思ったのに、直ぐに離れるかと思ったのに……。

イチジ様のキスは離れるどころか、触れるだけではなく、チュッと音を立てながら啄むようなキスを何度も、何度もしてくる。


そして次第に私の唇にできた隙間から、イチジ様の舌が入り込んできて。口をこじ開けるように入ってきた舌は口の中をかき回しながらも私の舌と絡み合う。


「……ッはぁ、……んっ」


早く戻らなければいけないのに、イチジ様にキスをされて心地よくなっている自分がいた。そして隙間から溢れる吐息だけで、頭の中も徐々に酸欠になってきたのか、ぼんやりとしてきてしまう。倉庫近くは人がいないのか、物音ひとつせず私たちのキスの音だけが倉庫内に響いていて。私の気持ちも苦しいくらい高ぶっていた。


「ッ、はぁ、……っ無理、で、……す」


口が少しだけ離れた瞬間に限界だと言うも、キスは止めてくれない。もう、頭の中が真っ白になり、力が抜けてきてしまう。イチジ様の体を押し返そうとしていた手はだらりと力が抜けた後、ガクンと膝も力が抜けてしまい、崩れ落ちそうになるのをイチジ様が腰に腕を回してきて支えてくれる。


「ッは、ぁ……はぁ」


しかしそれでも尚やめないイチジ様。ダメ、もう何も考えられない。もう脱力しきった体を支えられ、私は自然と彼に身を預けてしまい、ようやく唇が離れて酸欠の頭に酸素を取り込もうとするが、それはまた彼の唇によって塞がれてしまって、今度はまた啄むようなキスをしてくる。



そして、またチュッと音を立ててキスをされている時だった。

どこからか、カタンと音がした気がして。それはイチジ様も聞こえたようで、その音を聞いた瞬間、イチジ様はキスをしていた私からスッと離れる。もしかしたら誰か来たのかもしれない。支えてくれるものが無くなった体でふらつきながらも、頭がまだぼんやりしたまま、倉庫の入り口を見ても誰も入っては来ない。気のせいだったのかな。そう思っていれば、先程聞いた音とは違う足音が聞こえてきて。


「ナマエちゃーん、いる? ッ、イチジ様?!」
「あ、野菜! ごめんなさい! すぐ持っていきます!」


倉庫を覗いてきたのは、私に野菜を持ってきてと頼んできたシェフで、イチジ様の姿をみた途端、緊張で顔が引き締まった。こんな場所にイチジ様がいるとは思ってもなかったんだろう。とても驚いていたが、イチジ様はそんなシェフなんか気にする事なく倉庫を出ていってしまった。


「ナマエちゃん……何でイチジ様がこんな場所に……」
「えっと、……その、理由は私にもわからなくて」


残された私に詰め寄ってくるシェフ。普通、疑問に思うよね。絶対にイチジ様達は入らないような場所だし。しかし、キスされていたなんて言えるはずもなく、分からないと誤魔化せば私が持っていたカゴを持ってくれて。


「とりあえず、レイジュ様に早く紅茶を持っていきな! 紅茶はティーワゴンに用意してあるから」
「あっ、そうだった!! すみません!ありがとうございます!」


シェフのお陰で紅茶の事を思い出した私は慌てて、倉庫を飛び出す。

でも何で急にあんなキスをしてくるのか、それがなぜ昨夜からなのか。今まで何もなかったのが不思議なくらいなのかもしれないけど。私は走って厨房に向かいながらもそればかり考えていた。

(2018/02/27)