堕ちゆく天使 | ナノ

08

「まだ、身体痛むなぁ」


そんな独り言を呟きながら、私はレイジュ様の部屋へと向かう。ニジ様に痛め付けられた身体は後にアザになり、まだ身体に残っている。少し和らいできたものの、身体が当たれば痛いし、動かす事も少し辛い。あの日以来、私はもう何があってもニジ様に逆らわないようにしようと心に決めていた。

そう考えていれば、前からはいつものように身体を少し曲げてポケットに手を入れたまま歩いてくるニジ様の姿。私は立ち止まり、彼に軽く頭を下げる。

今までなら、必ず絡まれていたのに。


「……」


顔を見ることなく、私の横を通りすぎるニジ様。痛め付けられた日以降、ニジ様とヨンジ様は私に一切関わらなくなった。抵抗され、痛め付けたことで興味が無くなったのか。理由はわからないが、他の使用人と同様の扱いになって、内心ホッとしている自分がいる。

ニジ様の姿が見えなくなり、私はレイジュ様の部屋へと急ぐ。



「失礼します」


レイジュ様の部屋へ入れば、彼女はソファに座りながら手に持っている何かをテーブルへと置く。そして立ち上がり「こっちへ来て」と手招きされ、歩み寄ればレイジュ様は背もたれがないイスへ座れと促してきて。レイジュ様が座ってるのに私が座れるはずがない。


「い、いえ……そんな」
「良いから早く」


しかし、ほぼ強制的にそのイスへ座らされてしまった。レイジュ様は何をしようとしているのか、困惑していれば突然ジィーと音を立てて、背中のファスナーを下ろされてしまう。驚き、慌てるも「動かないで!」と強く言われてしまったため、何も言い返せなくなってしまった。


「あの、何を……」


背中はニジ様に蹴られたアザでいっぱいだ。そんな背中を見て何がしたいのか。そう思っていれば、テーブルに置いてあった手のひらサイズのケースを手に取り、蓋を開けるレイジュ様。そのケースを持ったまま私の背後へと回る。


「アザスゴいわね」
「……いえ、私がニジ様に逆らってしまったからなので」
「これはやり過ぎよ」


小さくて、悲しそうな声で囁くレイジュ様。そんな声を聞いて心が苦しくなる。あぁやっぱりレイジュ様は優しい、それに自分の事のように悲しんでくれる。そう思っていれば、突然露になっている背中にヒヤリと冷たい何かが触れ、身体が震えてしまう。


「レ、レイジュ様!?」
「動かないで。 薬塗ってるから」
「え!! あの、薬くらいなら自分で出来ます!」
「背中は届かないでしょ? それにこの薬はあなたが貰ったものより治りが早いのよ」
「しかし」


何を言っても、塗る事をやめないレイジュ様。確かに医療班にもらった塗り薬はあるし、背中はいつも一人苦戦している。だからといって、レイジュ様自らが塗らなくても。しかも自分の召し使いに。


「女の子がアザなんて残しちゃダメよ。 特にあなたはね」
「え?」


突然意味有りげな台詞を言うレイジュ様に私は反射的に振り向いてしまう。しかしそこには妖艶に微笑む顔があって、直ぐに「前向いてて」と言われてしまう。特に私はってどういう意味? レイジュ様は私の何かを知っているの?


「レイジュ様、何か……」
「そういえば、何か思い出した?」


"知っているんですか?"そう聞こうと思ったのに。私の言葉を遮るかのようにレイジュ様が口を開いた。記憶か、……。そういえば、最近は仕事やイチジ様達の事で頭がいっぱいですっかり自分が記憶喪失者だと言うことを忘れていた。何か……、あぁそういえば、バルコニーの事とかソファの事はやっぱり記憶と関係あるのかな。それに……ニジ様に迫られたときにフラッシュバックした男二人。


「ッ!」
「ナマエ?」


あの男二人組の事を思い出した瞬間、何故か恐怖が甦ってくる。怖くて、怖くて、勝手に体が震えてくる。あの時はニジ様に迫られて怖いと思っていた、だけどどうやら違うらしい。レイジュ様に背中を塗られながらも私は自分で自分の身体を抱きしめながらも震えを押さえるがなかなか落ち着いてはくれない。


「どうしたの?」


流石に突然身体を震わせれば、驚きながらも声をかけてくるレイジュ様。私は何となく、記憶と関係のありそうな三つの事を話した。あの男達は何者?ここにいる時に見かけた人たちではない。でもあの人達は怖いと感じる。もしかして、あの二人のせいで私は記憶を失って海に浮かんでたの?


「……そう」
「あの、やっぱりレイジュ様は私の事、何か……」
「はい、終わったわ」
「あ、ありがとうございます」


また聞こうと思えば、拒まれてしまった。それにあれからジャッジ様からもなにも言われていない。だからと言って自分で調べる事は出来ないし。そんな事を考えていれば、突然レイジュ様の部屋の扉がガチャと開く音がして。開いた扉からはヒヤリと冷たい風が入り込んでくる。


「イ、イチジ様!!」


誰が入ってきたのかと、まだ背中が開いたまま振り向けばイチジ様で。レイジュ様に薬を塗ってもらっていただなんてわかったら何を言われるのかわからない。レイジュ様は近くにあったタオルで私の背中にかけながらも無言で歩み寄ってくるイチジ様に「何か用?」と聞くも、彼は無言のまま。そして、私の背後に止まる。

何をされるのか、私は緊張感に身体を支配され動けない。イチジ様は無言のまま、私の背中にかけてあるタオルを剥ぎ、アザだらけの背中をジッと見つめていて。


「どうしたの?」


レイジュ様が呼び掛けても尚無言のままのイチジ様。状態が状態なだけに恥ずかしさと背中から感じる目線のせいか、徐々に体が熱くなってくる。服着たいのに動けない。

しかし、少し経てばイチジ様は私たちに背を向けて歩き出し。結局何も言葉を発する事なくレイジュ様の部屋を出ていってしまった。


「なん、だったんでしょうか……」
「……変なやつね。 ナマエが来てから、あの子、少し様子が変わった気がするわ」
「え? 私が来てからですか?」
「……えぇ」


自分でファスナーをあげてから、レイジュ様の顔を見ればなんだか思い詰めたような表情を浮かべている。どうしたんだろう、さっきから意味有げな事言ったり……。

色々と聞きたいことはあったが、きっとまたはぐらかされてしまうだろうと思った私はそのまま黙っていた。

(2018/02/18)