緑の王子様の呼び出し
それはジェルマ国がこの島に来た日の夜の事だった。仕事をしている最中、突然電伝虫が鳴り、その電話を出たのは母。私はその電話を気にすることなく、いつものようにお客さんを軽く相手にしながらもお酒を運んだりしていれば、電話を終わらせた母に手招きされ呼ばれた。
「ちょっと、ナマエ」
「ん? 何?」
母に歩み寄ったついでに、手に持っていた食器を厨房に持っていきながらもどうしたのか、と訪ねてみれば、それは城にいる使用人かららしくて。詳しく聞けば、城にある酒がもう無くなりそうな為、うちの酒場の酒が欲しいんだとか。
「だから、持っていってくれる?」
「あ……うん」
返事をしたものの、城にある酒が無くなりそうだなんて今までになかったせいか、何でこんな状況になっているのか混乱してしまう。同じことを思ったらしく苦笑している母と一緒に倉庫へと向かった。
「城の酒が無くなるって何かあったのかな」
「わからないわ。 とにかく急いでって言われているのよ。それに持ってくるのはナマエにしてくれって、王女様から言われちゃったし」
「え!? 王女様から!?」
「そうなのよ。 何だか不安だから持っていったら早く戻ってきなさいよ」
「わかった」
確かに、私も不安だったけど王女様からの頼みなら断れるはずもなく、私でも運べるサイズの荷車にお酒を積んで、城へと向かった。
「こんばんは。頼まれたお酒持ってきました」
「あぁ、ナマエちゃん。 ありがとう、で、そのまま王女様のところへと持っていってくれるかな」
「王女様は何処にいますか?」
「多分、客間かな」
門番の人に挨拶をした私は、彼に城内へと通してもらい入れば、相変わらず見惚れてしまうほどキレイで豪華だった。昔は頻繁に来ていたはずなのに、未だにこの城の内装には感動してしまいそうになる。
周囲を見渡しながら、荷車を引き、歩いていれば前から聞きなれた声が聞こえてきて。
「ナマエ!」
「王女様、客間にいるとお聞きしたのですが」
「うん、ナマエが持ってくるお酒取りに来たの」
ふわふわと広がったスカートやフリル、長い髪を揺らしながら、走ってくるのは王女様。そしてその後ろには老人である執事がいて、私に頭を下げてくる。
しかし、何で王女様自らお酒を取りに来るのか。王女様ってお酒飲む人じゃないし。と、そんな事を考えていれば「ナマエも来て!」と手を繋がれて、荷車をそのままに引っ張られてしまう。
「王女様! お酒が!」
「いいのよ! じぃ、お願い」
「かしこまりました」
執事に頼む王女様。思ったよりも重たかったけど、大丈夫だろうか。と心配になりつつ、後ろを振り向いてみれば涼しい顔で引いている執事。その様子に驚いてしまうものの、今度は私の手を引きながら小走りでどこかへ向かっている王女様の顔を見てみれば、なんだか不安な表情を浮かべていた。
──何かあったのかな。お酒を頼んできた事と関係あるのかな。
そんな事を考えているうちに、口が勝手に開いていた。
「王女様、何かあったんですか?」
「え!?」
「暗いお顔されてますよ」
「……ナマエ、お願いがあるんだ」
私の言葉に驚きの表情を浮かべた王女様は、歩く速度を落として歩きながら、前を向いたままそう、ポツリと呟いた。
「何ですか?」
「本当は、ナマエに頼みたくないんだけど……」
「?」
言いにくい内容なのか、なかなか口に出さない王女様。本当にどうしたんだろう。
そして次第に、彼女の足は止まって、私たちは廊下の途中で立ち止まった。
「今日だけでいいんだ。 今日来た、ジェルマの王子達の相手をしてほしいの」
「え、ジェルマって昼間来た?」
私の言葉にコクリと頷く。何で私が相手をしなければいけないのか。でも"ジェルマ"と聞いて、昼間、目の前を通りかかり、目があった緑髪の人の事を思い出す。
変わった髪型の人、すごく見られてたと思って強く印象に残っているけど。きっと向こうは私の事忘れてるだろう。でも何となくまたあの緑髪の人を見れると思っただけで少しだけ心踊る。
「いいいかな?」
「はい、私でよければ」
私はこの後、自分が言った言葉にとても後悔した。
王女様に王子達の名前を聞いてから、城の使用人と共にお酒を持ち、私はジェルマの王子達がいる客間のドアをノックする。
「失礼します」
「あ?」
「ッ! お、お酒をお持ちしました」
ノックをしてから、ドアを開けて入ってみれば酒瓶が散乱していて、その部屋の中央にあるイスには三人の男が座っていた。そしてその中の青髪の……ニジ様は私を見て、低い声を出してくる。しかしお酒を持っているとわかったニジ様はソファから立ち上がり、私に歩み寄ってきて。
「……」
「あ、あの」
ニジ様は私が持っていた酒を奪うように取った後、私の顔をジッと見てくる。とはいっても、ゴーグルをつけているため目は見えない。でも、思ったよりも近いせいで少し後ずさってしまう。
「おい、ヨンジ。 お目当ての女来たぜ」
「マジか!! おい、女!早くこっち来い!」
「!」
ニヤリと笑みを浮かべたニジ様が叫べば、ニジ様の向かいにあるソファに座っていたヨンジ様が私の方を見て、手招きをしている。その姿を見た瞬間、鼓動が波打った気がした。
でも、彼らの事は昼間見かけたとはいえ、王子という勝手なイメージがあったせいで、こんな態度の人達だと驚きを隠せない。
そんな状態のまま、私は恐る恐るヨンジ様へと歩み寄れば、ここへ座れと自分の隣をポンポン叩いている。
「し、失礼します」
「やっぱ、いい女だな」
「ッ!!」
彼の隣へ座れば、酒瓶を片手に私の肩を抱き寄せてくるヨンジ様。そのせいでお互いの体が触れてしまい、トクントクンと少しずつ鼓動が早まっていく。これは緊張なのか、ドキドキしているのか、今の状況ではそれすらもわからない。でも、不快感は一切なかった。
「お前の好みがわからんな」
「わざわざ、王女に頼んで連れてきてもらうほどじゃねーだろ」
「!!」
「そうか? 私はいい女だと思うけどな」
イスに座っているイチジ様とニジ様に言われるも特に気にしていない様子のヨンジ様は酒を飲みながら、ケラケラ笑っている。しかしニジ様の言葉が引っ掛かった。
──王女様に頼んで連れてきてもらったって。それにさっき来たときも"お目当ての女"って。まさか、昼間すごく見られてたのは気のせいじゃなかったのかな。
ゴクゴクと浴びるようにお酒を飲みながらニジ様達と楽しく話をしているヨンジ様を見上げれば、いつの間にか見惚れてしまっていた。
(2018/07/28)