風待つ小鳥の羽音 | ナノ


波乱の予感



「ナマエちゃん、ビール追加で」
「はーい」


生まれた島にある街の酒場で、いつものように常連のお客さんにお酒や食べ物を運びながら、せわしなく働いていた。

私の住む島の気候は暖かくて、とても過ごしやすい。今いる街もそれほど小さくなく、たまに観光客も来るから案外賑わっている。そしてこの島が穏やかなのは、この国の王のお陰。


「ナマエ、これお願いね」
「はーい」


ぼんやりと国王の事を考えながら、カウンターへと行けば、厨房から母がジョッキに入ったビールを二つ差し出してくる。それを受け取り、お客さんのもとへと運んでいく。


「ここの看板娘のナマエちゃんが運んでくれると、ビールが美味しく感じるね」
「またまた冗談を!」
「ははっ、本当なんだけどなぁ! またはぐらかされちゃったなぁ」


笑いながら、話を流せばお客さんは苦笑しながらもビールを煽るように飲み、連れに笑われている。こうして、いつも軽く流さないと、酒場の仕事はやっていられない。だからどんな事も、いくら本気で言われたとしても私は流していた。

楽しく飲んでいるお客さんから離れ、またカウンターへと戻れば母が厨房から顔を出していて。


「ナマエ、休んで良いよ。 もう母さんと父さんでやるから」
「うん、わかった」


時間を見れば、もう夜中の二時。いい加減眠気も出ていた私は素直に甘えることにした。良い匂いが充満する厨房の奥にいる父に「お疲れ」と声をかけて、裏口から外へと出れば、まだ外は暗くて、星が少しだけ見える。

私は星を確認してから二階にある自宅へ戻ることなく、歩き出した。


向かったのは、近くにある浜辺。


いつも天気が良い日は、こうして浜辺に来て海の香りを感じながら星空を眺めている。こうすれば、仕事の疲れも取れる気がして。私はサンダルを脱いで手に持ち、浜辺を歩く。今日は風もないから、海も穏やかで心地良い。

しかし、私は海を見つめながら足を止める。

この国は住みやすい。だから不満なんて一切無い。だけど、私は小さい頃からずっと、海に出たいと思っていた。

でも親から反対され、今に至る。親に黙って海に出るなんて勇気はない。だから最近は誰かに連れだしてほしいなんて願望を持ちはじめていた。


「そろそろ帰ろうかな……!」


海を見つめながら、小さな声で囁きながら浜辺から左の方へ目を向けたとき、何か見えた気がした。

暗いせいか目を凝らして見てもわからない。でも私が見た場所には港がある。船でも来たんだろうか、そう思うも今は真夜中。

もしかしたら、海賊かもしれない。

この島に海賊は、たまに来る。だから不思議ではなかったが、ここ最近は全く来ていなかったせいで、本当に海賊船なのかとても興味が湧いてしまった。

──大丈夫。すぐに戻れば。


そう心の中で言い聞かせながら、私は持っていたサンダルを履いて、港へと向かう。


浜辺を端まで歩けば、石階段があってそれを上がればすぐに港につく。そして周囲に疎らにある木々に身を隠しながらそっと覗いてみれば、そこには予想だにしないものが停まっていた。


「何あれ、巨大、……電伝虫?」


そこには、見たこと無い大きさの電伝虫が数ひき海に浮いていて、その上には何故か陸地と家やお城が佇んでいた。あれはまるで国だ。
それにその国のようなものが、殆ど港を占領してしまっている。これじゃあ、他に来た船が停泊できない。

しかし、そんな事を言いに行けるわけでもなく、私はバレる前にその場を立ち去った。





*   *





家に帰り、あの大きな電伝虫の事が気になりつつも、一眠りしてしまえば、そんな事はすっかり忘れてしまっていて。

太陽も真上に上りきる前に、私は目が覚めて部屋でゆっくりとしていた。部屋から窓を開ければ、優しく風が吹いて一緒に潮風の香りもする。


──私はここで一生を過ごすんだろうか。


そんな事をぼんやりと考えていた時だった。

突然街中は騒がしくなり、部屋の窓から外を覗いてみれば、皆がみんな外へ出てきている。


「どうしたんだろう」


一言呟き、私も腰をあげて家の前へと向かった。




「どうしたんですか?」
「あぁ、ナマエちゃん。 港にね、ジェルマ王国が来たらしいよ」
「ジェルマ王国? ……が、来た?」


一階にある酒場から出れば、隣人が教えてくれるも、疑問だらけ。ジェルマ王国だなんて国、聞いたことも無ければ、"国が来る"という言い方は初めて聞いた。国が他の国に来るなんてあり得ない。

そう思ったが、ふと昨夜の事を思い出した。港に停泊していた巨大電伝虫の上にあった城や家。

もしかして、あれがジェルマ王国なんだろうか。

そんな事を考えているうちに、ガラガラガラガラと賑やかな音が聞こえてくる。見えてきたのは大きな猫が何かを被っていてその額には"66"と書かれている。その猫は馬車のように車を引いていて、車の中には数人の人が乗っていた。

一番目についたのは金の鉄仮面をしている男。そしてその両サイドにはピンク髪の女性に赤髪の男。徐々に近づいてきたことにより、後ろの人物も見えてきて。

そこには青髪の男と緑髪の男が座っていた。


「!!」
「え……」


ガラガラと音をたてながら目の前を通ったとき、緑髪の男と目が合ったような気がして、更にスゴく凝視されたような気がした。通りすぎるまでずっと、目を逸らすことなく。でも気のせいかもしれない。確かジェルマ王国と言っていたなら、彼らは王家の人間だろう。そんな人が私を気にするはずがない。

でも、先ほど目が合った事が私の中で思ったよりも大きな事だったのか、緑髪の男の人の事が頭から離れず、もう過ぎ去ってしまった馬車のようなものを眺めていれば、それは城へと向かっていた。


「国王にジェルマ王国が何の用だろうな」
「……」
「ナマエちゃん?」
「え、……あ、はい!」
「大丈夫?」
「は、はい!全然大丈夫です!」


隣人に話しかけられるも、どうしても緑髪の人が頭から離れず、ぼんやりと城の方を見つめてしまっていた。心配されるも慌てて誤魔化したが、この時、何となく彼らが来たことで何かが起こるような気がしてならなかった。

(2018/06/30)