「…――つまらん」



回転式の椅子をギシギシと音を立て左右に揺らしながら言うのはケフカだった。



『またそんな事言って。ケフカ様にはお仕事が沢山残ってるじゃないですか』



そう返すのは部下であるナマエだ。レオ宛の報告書やケフカが暴走した際の始末書等を腕に抱えている。



「だーかーらー、それがつまんないって言ってるんだよ」



ケフカは左右に揺らしていただけの椅子で、今度はぐるぐると回り始める。それを見たナマエは、いつもの事ではあるのだが、ケフカに呆れ果て溜め息をひとつ零した。



『はぁ…また怒られちゃいますね。私、今朝レオ将軍に怒られたばかりなんですよ?"ケフカは一体何をしているんだ!"って、』

「あんな奴、放って置けば良いんだよー」

『そうも言ってられないでしょう。もう私怒られるの御免ですから仕事して下さい。ケフカ様がずっとそんなんだと、私…いつか居なくなっちゃうかもですよ?』



ナマエがそう言葉にするとケフカは最後の言葉にピクリと片耳を反応させる。同時に回転していた椅子の動きも静止した。



「…――今、何て言いました?」

『ですから、仕事して下さいと…』

「その後です」

『私がいつか居なくなるかもって…』

「・・・」



突然、無言になりいつもヘラヘラしている口元が真っ直ぐに結ばれている。全く笑っていない、寧ろ怒っているかの様な、そんな表情だった。

ナマエは不味い事を言ってしまったのかと思い、一歩後退りをする。



『ケフカ様…?』

「このワタシから逃げられると思っているんですか?」

『え、いや、それは…――キャッ!?』



突如、引き寄せられる身体。その際ナマエの細い身体は机越しだった為に机の端に打ち付けられてしまった。丁度、腹のあたりだろうか。



『ッ、痛…』

「お前がぼくちんの前から消える時は死ぬ時だけだよ」

『ケフカ様…』



ケフカは椅子から立ち上がると、ナマエの襟元を掴み強引に自らの方へ引き寄せた。同時にナマエの唇に貪り付く。



『んんッ…!』



閉じられていた唇の間に舌を割り入れれば、口内で逃げる舌を捕まえ己の舌と深く絡め合う。どちらの物とも言えない混ざり合った唾液がナマエの喉元をゆっくりと伝っている。



『は、ンッ…んぅ、』



息が上がる頃に漸く解放される唇。ナマエは苦しかったのか酸素を取り込もうと呼吸を早めた。



『はぁ…ッ、』

「ナマエ、ナマエはぼくちんからは離れられないんですよ」

『…――待って下さい。ケフカ様、何をそんなに怒っているんですか…?まさか、私が居なくなるなんて言ったから、それで怒って…?』

「…当たり前でしょう」



ナマエは先程打ち付けた腹を片手で押さえ摩りながら、もう片方の手でケフカの頬に手を添えた。



『…もう、冗談に決まってるじゃないですか。本気にしないで下さい。私はケフカ様が思っている以上にケフカ様の事をお慕いしていますから。だから本当に居なくなるなんて事は有り得ないですよ』



ナマエはケフカの頬を優しく撫でながら、ふんわりと微笑んで見せた。そんなナマエにケフカはふん、と鼻を鳴らしている。



「今の言葉、忘れたら承知しませんよ」

『大丈夫です。忘れたりしません。…ケフカ様がお仕事を放棄しなければ、ですが』

「どうせ、それも冗談でしょう」

『ふふ、どうでしょうか』


ケフカの怒りは収まり、ナマエの言葉に機嫌を取り戻した様子。



「ナマエ、お腹は?」

『あ、はい。多分大丈夫かと』



軍服を少しだけ捲り、打ち付けた位置を確認すれば内出血しており赤紫色の痣が出来ていた。



『ありゃ、痣出来ちゃってました。でもこれくらいなら数日で治ります』



ナマエは痣の上を軽く摩ると捲っていた軍服を戻そうとした。が、それはケフカによって妨げられてしまう。



『ケフカ様?』

「ぼくちんの所為だからね」



そう言ってケフカは片手を痣の上に添えると、治癒魔法ケアルを唱えた。暖かい光が打ち付けられた箇所を癒していく。痣は徐々に薄れ、次第に消えてしまった。痛みも全く無い。



『ありがとうございます。もう痛くないです』

「礼なんて要りませんよ。元々はぼくちんが付けたんだし」



ケフカはナマエの軍服を元に戻すと、立ち上がっていた姿勢をやめ、再び椅子に腰を下ろした。ケフカの手には先程までナマエが持っていた書類が握られている。



「…面倒ですが、やるしかないようですね。レオに怒られるナマエも可哀想だし」

『ちゃんとお仕事しているケフカ様、とっても格好良いですよ』

「ふん、褒めても何も出ないよ。それに、ぼくちんは普段から格好良いですよーだ」



…――とは言うものの、格好良いという言葉にケフカは満更でもない様子で口元を緩ませている。ナマエはそんなケフカを見るなりクスクスと小さく笑った。



「何笑ってるんですか」

『いいえ、何でもないですよ。私も手伝いますから、早く終わらせてお茶にしましょう?』



ナマエはケフカの向かいに椅子を移動させ腰を掛けると、書類を数枚自分の手元に置きペンを進めた。



『ねぇ、ケフカ様』

「何ですか?」

『ケフカ様も私から離れたらダメですからね』

「…何言ってるんですか、離れるわけないでしょう」

『良かった、ずっと一緒ですからね』



ナマエは書類に向けていた顔をケフカに向けるとニコリと嬉しそうに微笑んでみせる。そんなナマエの笑顔を見たケフカは真顔になってしまうが、そんなものは一瞬ですぐに綻んだ表情に変わった。





離 れ ら れ な い





(…――此の先も生涯、ナマエを手放す気はありませんよ)



--END--

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