『ふぁ…、』
「おや、ナマエ、仕事中ですよ」
『ハッ、ごめんなさい…!』
最近、寝不足が続いていたナマエ。ノボリが横に居るというのに堪らず欠伸を漏らしてしまった。ノボリに指摘されたナマエは口元を片手で押さえた。
「寝不足ですか?」
トレインの管理モニターを前にカタカタと制御室に響き渡るタイピング音。その音が更に眠気を誘う。
『いや、まぁ…そんなところです』
「暫く残業続きでしたからね。明日はお休みでしょう?ゆっくり身体を休めて下さいまし」
『は、はい』
ノボリの言う通り、事務処理の仕事が溜まっていた為、連日の様に残業が続いていた。明日は休みだけれど、事務処理が終わらないと今日は帰れない。
「最愛の恋人の手伝いをしたいのは山々ですが、残念ながら私も仕事が残っていまして」
『いや、大丈夫です!あと少しだし今日中に終わらせますとも』
…――そう、ナマエとノボリは恋人同士。俗に言う社内恋愛という奴だ。それを知っているのはクダリだけである。
『うぁぁー…目が痛い…』
長時間続けてモニターを見続けていた為、ズキズキと目の奥が痛む。ナマエは片手で目と目との間を摘まむと背凭れに凭れ掛かった。
「ずっと画面を見ていれば目も痛むでしょう。大丈夫ですか?」
『大丈夫じゃないです…』
「ふむ、」
『十分休憩を〜…』
ナマエは凭れ掛かったまま目を瞑った。それを見ていたノボリは何を思ったのか、作業を止め制御室から出て行ってしまった。
(あれ、ノボリさん何処かに行っちゃったかな…?)
ノボリが制御室を出て数分も経たない内に制御室の扉が開く音が響く。コツコツ、とナマエに近付いてくる足音。ナマエは気にせず目を瞑っていたが、突然目元に温かさを感じた。
『ひゃ、』
「そのまま動かないで下さいまし」
『ノボリさん…?』
目元に乗せられたのは少し熱めの蒸しタオルだった。どうやら、ノボリはナマエにとわざわざ給湯室まで足を運んだようだ。
ノボリは蒸しタオルを乗せたまま、ナマエの目元やこめかみに軽いマッサージを施した。
「私に出来る事はこれくらいですからね」
『ありがとうございます、とても気持ち良いです。でも何だか申し訳ないなぁ…』
「良いんですよ。もう少しで終わるのでしょう?」
『はい、今処理してる分で終わりです』
温かい蒸しタオルとノボリの指圧がとてつもなく心地良い。先程まで感じていた目の痛みも和らいできた。
『ノボリさん、もう大丈夫そうです』
「そうですか?ではタオルを外しますね」
『はーい』
目元に乗せられていたタオルが外されるとナマエはゆっくり目を開けた。
『本当に気持ち良かったです!ノボリさん、マッサージとっても上手!』
「それは良かったです。何なら、退勤後に家に来ますか?続きをして差し上げましょう」
『え、良いんですか?』
「ええ、ナマエもお疲れの様ですし、私もその方が嬉しいですから」
『じゃあ、お言葉に甘えて』
ナマエは仕事の後の楽しみが増えると胸を高鳴らせた。大好きな人とプライベートで一緒に過ごせる時間が堪らなく待ち遠しい。ナマエは再び事務処理の作業に戻ると、カタカタとテンポ良くタイピングを始めた。
「あ、」
『ノボリさん、どうしたんですか?』
「マッサージの続きですが、」
『はい?』
ノボリは何を思ったのか、キーボードの上に置かれていたナマエの手をそっと握ると自身の口元へ寄せた。
『ノ、ノボリさん…?』
「夜のマッサージの方も楽しみにしていて下さいまし」
『へ…?』
一瞬、ノボリの発した言葉の意味が理解出来なかったが、その答えはすぐに脳裏を巡りナマエの顔を真っ赤に染め上げた。
『そ、そんな事してたら疲れ取れないんじゃ…』
顔を真っ赤にするナマエを見つめながら、ノボリはナマエの指先をペロリと舐めた。その瞬間、ナマエはピクリと肩を揺らし反応を示す。
『ノボリさん…!し、仕事中ですよ…!』
握られた手を慌てて引こうとするが、しっかりと握られている為にそれは敵わなかった。
「可愛い反応をしてくれますね」
『ノボリさんってば、』
「好い加減、仕事に戻りましょうか。早く終わらせる為の楽しみも増えた事ですし」
ノボリは薄く微笑むとナマエの手を離し再びモニターへ視線を戻した。
『も、もう…!揶揄わないで下さいッ』
「ナマエの反応が可愛いのが悪いのですよ。ほら、手を動かして下さいまし」
『ノボリさんの意地悪…』
「夜はもっと意地悪になりますから」
『もうッ!』
あ る 日 の 制 御 室
『ねぇ、ノボリさん』
「何でしょう?」
『制御室ってカメラ設置してませんでしたっけ』
「しております」
『ちょっとォオ!!』
「ばっちり録画されておりますよ」
(…――分かった上でした事ですがね、)
--END--
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