「あ、あの…ナマエ、さん…」
『な、何ですか…?』
「その…怒ってます?」
浴室と脱衣所の薄い磨りガラスの扉を間に会話を交わすノボリとナマエ。
『わ、分かりません…』
「本当に申し訳ありません…というより、クダリに何て言われたんですか…?」
『え、それは…その、先にお風呂に入っておいでよって…』
「そうですか…」
…ーーやはり、そういう事でしたか。おかしいと思ったんです、あの怪しい笑顔が。クダリとしては、私とナマエの慌てる姿を楽しみたかったんでしょう。
(後で説教ですね。今日の夕食も抜きにしましょう…)
『あの、ノボリさん…』
「はい」
『その格好じゃ…寒いんじゃないですか…?』
「いえ、平気ですよ」
『嘘、寒いに決まってます…もし良かったら一緒にーー…』
「え…」
ナマエの言葉にノボリは一瞬耳を疑った。そして、ナマエ自身も自分の発言に少しだけ驚いている様子だった。
『…ーーじ、冗談です…!今のはナシで!』
(わ、私ってば何言って…!さっきまで恥ずかしくてキャーキャー騒いでたのに、今度は一緒に入ろうなんて…!)
「…今のは聞かなかった事にしておきましょう。ナマエさんはそのままお風呂で温まっていて下さい」
『え、ノボリさんは…?』
「私は少し遣る事が出来ましたので…」
そう言って、ノボリは再び服を身に着けた。同時にナマエの衣服がノボリ自身の服の下にあった事も気付く。
(…私とした事が、ナマエさんの服に重ねて置くなんて…)
「ナマエさん」
『は、はい…!』
「何があっても私が良いというまで出て来てはいけませんよ?」
『え゛…?』
ノボリはそう言い残すと脱衣所を後にしリビングへと向かった。
(え、今の…一体どういう…)
ノボリの言葉の意味が全く分からなかったナマエは湯船から上がり、ノボリの後を追い掛けようとしたーー…と、その時だった。
「クダリ!!貴方は一体何を考えているのですか!!?」
「わぁああッ!ごめんなさい!反省するから怒らないでー!!」
突如、家中にノボリの怒鳴り声とクダリの泣き声に似たような声が響き渡った。この声にナマエの動きも一瞬だけ止まってしまった。
『い、今のって…ノボリさんとクダリ君のーー…』
私は慌てて服を身に着け、二人の声がするリビングへと向かった。リビングへ入ると、床に頭を擦り付け土下座をしながら「ごめんなさい」と何度も謝るクダリ君の姿に、その目の前で仁王立ちでクダリ君の事を怒鳴るノボリさんの姿があった。
「おかしいと思えば、やはりクダリの仕業だったんすね…」
「だってだって、ノボリとナマエちゃんがお風呂で鉢合わせしたら面白そうだなって思ったんだもん!」
「だからと言って、本当に実行する御馬鹿が何処に居るんですか!」
「此処!」
…ーーーゴチンッ
「痛いッ!!ノボリが殴ったー!暴力反対!」
「今のは暴力ではありません」
『あ、あの…二人とも、もうその辺にしたら…?』
「…、ナマエさん」
「ナマエッ、ノボリがボクのこと虐めるの!」
…虐めるのって言われても、元はと言えばクダリ君が悪いんでしょ…って言おうと思ったけど此処は黙っておいた。
「兎に角、今日は罰として夕食は抜きですから」
「ええッ!酷いよ、ノボリ!僕、お腹ペコペコなのに!」
「酷いのはクダリでしょう…」
「むぅ…、」
罰として夕食を抜きにされたクダリはムスッと頬を膨らませ、リビングのソファーに寝転がり拗ねてしまった。
「さぁ、ナマエさん」
『はい?』
「夕食にしましょうか」
『は、はい…』
*****
…ーーノボリさんの家に来て早々ハプニングだらけだったけど、何だかんだで楽しめたな。夕食も凄く美味しかったし。
だけど、ほんのちょっとだけ残念だなって思った事がひとつだけある。ノボリさんには絶対言えないけどね…勿論、クダリ君にも…。
「ナマエさん」
『はい!』
「先程言っていた事は本当に冗談なんですか?」
『え、さっきの…?』
「一緒に湯船に浸かるという話です」
ノボリが耳打ちしてくるように言葉を紡ぐと、ナマエの顔は噴火する前の火山のように真っ赤に染まった。そんなナマエの姿にクスクスを笑みを零すノボリ。
『な、ななッ…!』
「それとも本気、だったんですか?」
『そ、れは…!』
(ノ、ノボリさんって結構意地悪…?というか、もしかして私で遊んでる…!?)
「ふふ、可愛い反応をしてくれますね。我慢出来なくなる…」
『が、我慢ってーー…わわッ!?』
ノボリが耳元から顔を離すと今度はナマエの体が"ふわり"と宙に浮いた。
『ち、ちょっと!ノボリさん…!?』
「お風呂、一緒に入りましょうか」
『え、いや…あの……はい、』
「素直で宜しい」
全 て の 原 因 は 、
…ーー私が我慢出来なくなるのも、クダリが良からぬ事を仕出かすのも…全ての原因はナマエさん、貴女なんですよ。
--END--
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