『デーント!』

「あ、ナマエ」



店が閉店して間もなく、静まり返った店の扉を開けるひとりの女性。



『お店、終わったかなと思って来ちゃった』

「いらっしゃい。まだ片付けてるから少し待ってて貰えるかな?」

『うん、大丈夫。あ、何なら手伝おうか?』

「本当かい?助かるよ」



ナマエは"まっかせといて!"なんて口に出しながら、後片付けを手伝い始めた。







芽 生 え た ば か り の 、







デントとナマエは付き合い始めて一ヶ月も経っていない、まだまだ初々しい恋人同士。

元々はお店の利用者のひとりだったナマエが、デントの作るお菓子や料理を気に入り、以来レシピを聞いたりと二人の会話が弾むようになった。それから間もなくして互いの気持ちが同じだったと気付き、今では恋人同士に。



『今日は忙しかった?』

「うーん、そうでもなかったかな?ナマエは?この間教えたレシピ、再現できたかい?」

『あー…それがさぁ、なーんか上手く出来なくて』

「何か失敗した?」

『メレンゲ!全然泡立たなくて!』



数日前、ナマエはデントが作ってくれたガトーショコラが美味しいと大絶賛していた。材料も少なく初心者でも簡単に出来るとデントが言ったのでレシピを聞いていたのだ。



「お砂糖は?」

『ちゃんと入れたんだけど』

「んー、変だなぁ。卵白だけでも本当は泡立つはずなんだけど。ナマエ、何か変な物入れたりした?」



デントはテーブルを拭きならがナマエに問う。



『えー、卵とお砂糖以外は何も入れてないと思うけど』

「…卵黄とか混ざらなかった?」

『卵黄・・・あ、そういえば。卵割った時に卵黄が少しだけ混ざってたかも』

「あぁ、それが原因だね。卵黄が混ざると泡立たないんだよ」

『え、嘘!そんなの聞いてない!もっと早く言って!』

「あはは、ゴメンゴメン」



テーブルクロスを綺麗に敷き直しながら、頬を少しだけ膨らませるナマエ。そんなナマエが可愛くてどうしようもないデント。



「あ、じゃあさ」

『ん?』

「今度、一緒に作ってみるかい?」

『えッ』



付き合い初めて約一ヶ月――…も、経っていないけれど、デントからの初めてのお誘いにナマエは一瞬だけ固まった。



「ほら、まだ二人で何かしたりとか、ないでしょ?」

『そ、そうだけど』

「じゃあ、そうしよう!」

『あの、』

「なんだい?」

『ちなみに、何処で?お店…?』

「そうだね、せっかくだしナマエのお家にお邪魔しちゃおうかな。今度の休みの時でも良いかな?」

『・・・!』




(てっきり、お店のキッチンを借りて作るのかと思ってたのに!まさかの私の家!どどど、どうしよう…!)




「…ダメ、かな?」

『う、ううん!そんな事ない!』

「良かった、じゃあ決まりだね」



ナマエの返事に嬉しそうな表情を浮かべるデント。それとは反対に心乱れるナマエ。そんなナマエの傍にデントが歩み寄った。



「ナマエ、」

『ハ、ハイッ』

「ゆっくりで良いから」

『え…?』



デントの言葉の意味が分からず、キョトンとした表情で首を傾げるナマエ。



「僕たち、まだ始まったばかりだから」

『デント…?』

「だから、そんなに慌てる事もないし、嫌な事は嫌ってちゃんと言って良いんだよ」



気を遣ってくれたのか、デントはナマエの頭を優しくポンポンと撫でた。すると、数秒してナマエが首を横に振る。



『全然嫌じゃないから…ッ』

「ナマエ…」

『ただ、デントと二人でってのが少し恥ずかしくて…』

「クスッ、」

『な、何で笑って…!』

「いや、だって…今も二人きりなのになぁって思って」



そういえばそうだ。周りを見渡しても誰も居ない。ナマエはカァァ、と頬を真っ赤に染め上げた。



『ちょ、え…あの二人は!?』

「買い出しに行ってて居ないよ」

『う、そぉ…通りで静かと思った…』

「黙っててゴメン」

『デントが悪い訳じゃないけどさ、』



ころころと変わるナマエの表情が楽しくて、デントの笑みは零れっ放しだ。そんなデントを見たナマエは、ボソリと"格好良すぎでしょ"と呟いた。



「ん?今何か言った?」

『なーにーもー!それより早く片付け終わらせちゃおう!全然終わってないし、ほらっ!』

「うん、そうだね」



ナマエに急かされ作業に戻るナマエ。デント自身もナマエが可愛くて仕方がないようだ。



『デント!』

「ん?」

『今度のお休みの日、約束だよ』

「うん、約束」




デントの返事に、ニコニコと嬉しそうに表情を弾ませるナマエにデントの表情も自然と綻んだ。







(…――ゆっくりで良いから、ナマエと全てを分かち合いたいんだ)






--END--

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