「ナップ…」
『あれ、ヤナップ…どうしたの?』
ランチタイムで溜まった食器類を洗っていると、チョイチョイとエプロンの端を引っ張ってくるヤナップ。ヤナップの表情を見ると何処か寂しそうな様子だった。
『デントはどうしたの?』
「……ナップ…」
いつもならデントと一緒に居るのに今日はヤナップ一人だけ。デントの事を尋ねると元気のない返事をしながら、床へと視線を移すヤナップ。デントと何かあったのだろうか…?
私は食器を洗っていた手を休め、タオルで濡れた手を拭くと落ち込んだヤナップを抱き上げた。
自分より小さなヤナップの身体を自身の胸元の位置で軽く抱き締めてあげると、それに応えるようにヤナップもギュッとしがみ付いてきた。
私の服をキュッと握り締めるヤナップの手は少しだけ震えていた。こんなに落ち込んでいるヤナップを見るのは初めてだ。
『デントと何かあった?』
「…ヤナァ」
ナマエの問い掛けに小さく返事し、頷くヤナップ。
『そっか…、喧嘩でもした?』
「………」
今度の問い掛けにヤナップは黙り切ってしまった。一体何があったのだろうか…。
「ナップ…」
すると、ヤナップは右手に何かを握っていたようで、その右手を私に差し出してきた。何だろう、と差し出された右手に視線を移すと、握っていた右手を開くヤナップ。
『破、片…?』
開かれた右手には何かの破片があった。細かい模様が描かれている破片……、見覚えがある。
『…あ!』
思い出した。この模様はデントが普段使っているティーカップの模様と同じだ。…という事は、この破片はデントのティーカップの……?
「もしかして、デントのティーカップ…割っちゃったの?」
『ナァ、プ…』
図星だったのか、ヤナップの大きな瞳に大粒の涙が浮かぶ。大好きなデントのティーカップを割ってしまって、とてもショックだったのだろう…。
『よしよし、泣かないの』
持っていたハンカチでヤナップの涙を優しく拭き取るナマエ。
『この事、デントは知ってるの?』
ナマエの問い掛けに黙ったまま首を横に振るヤナップ。どうやら、この事をデントは未だ知らないらしい。デントの居ないところで割ってしまったようだ。
『だったら、ちゃんと謝らなきゃ』
「ナ、プゥ…」
ヤナップの身体が小刻みに震える。きっと謝りに行った時にデントから怒られるのが怖いのだろう。少しでも落ち着かせようとナマエはヤナップの背中を優しく摩った。
『大丈夫、ちゃんと謝ればデントも許してくれるよ』
ニコリと微笑みながらヤナップを勇気付けるナマエ。その笑顔を見たヤナップは謝りに行く決心をしたのだろうか、コクンと小さく頷いた。
『私も一緒に行くから、ね?』
「…ナップ」
私はヤナップを抱き抱えたままデントの部屋へ向かった。部屋に着くと、コンコンとデントの部屋の扉をノックしデントの返事を待った。
「開いてるよ、入って」
デントの返事が返ってくれば、ドアノブに手を掛け扉を開く。室内には机に身体を向けるデントの姿があった。新しいレシピでも考えているのだろうか?
『お邪魔しまーす』
「あれ、ナマエ…?それにヤナップまで…どうかした?」
ナマエが部屋に来る予定がなかった為か、デントはキョトンとした表情でナマエとヤナップを交互に見つめる。
『ほら、ヤナップ』
ナマエは未だ震えが完全に止まっていないヤナップを床へ下ろすと、ヤナップの背中を軽く押しデントのもとへと歩ませた。
「ヤナップ…?何だか元気がないような…」
「ナ、ナップ…」
ヤナップは勇気を振り絞り、右手に握っていたティーカップの破片をデントへと差し出した。
「これは…」
「ナ、プ…ナップ…!」
大きな瞳に再び大粒の涙を浮かべるヤナップ。ティーカップの破片をデントに渡すと、ヤナップはデントの胸元目掛けて飛び付いた。
「おっと…!」
「ヤナッ、ヤナァ…」
『ヤナップね、デントのティーカップ割っちゃって私の所に来たのよ』
「この破片…やっぱり、僕のティーカップが割れた破片だったんだね」
『うん。ヤナップ、デントのティーカップを割っちゃった事で凄くショックを受けて落ち込んじゃってて…』
「そうだったんだ…」
デントは自身の胸元にしがみ付くヤナップを優しく抱き締めた。
「ヤナップ、顔を上げてごらん」
デントの言葉にヤナップは顔を上げる。ヤナップの目元は泣いたせいで赤くなっていた。
「ティーカップの事は気にしてないから、元気を出すんだ」
「……ナ、プ…」
「隠さずにちゃんと謝りに来たヤナップは偉いよ」
未だ落ち込んだままのヤナップにニコリを微笑み掛けるデント。その笑顔のお陰か、デントに怒られてしまうのではないかと不安だったヤナップに笑顔が戻る。
『ちゃんと許して貰えたでしょ?』
「ナップ…!」
ナマエはデントとヤナップのもとへ歩み寄ると、ヤナップの頭を優しく撫でた。ヤナップは頭を撫でて貰えて嬉しそうに目を瞑っている。
『それにしても、何でヤナップはティーカップ割っちゃったんだろ?』
「うーん、多分だけど…僕が新しいレシピを考案してる最中に"紅茶が飲みたい"って独り言を言っちゃったのが原因かもしれないな」
『そうなの?ヤナップ』
「ナップ!」
ヤナップは大きく首を縦に振り返事をした。どうやら、デントの言った通り、紅茶の準備をしている途中でティーカップを割ってしまったようだ。
『デントにも原因があったみたいね』
「ゴメンよ、ヤナップ」
「ヤナッ!」
『よし!じゃあ三人でお茶にしましょ?』
「うん、そうだね。僕が紅茶を淹れるよ」
デントは椅子から立ち上がるとヤナップを片手で抱き抱えたまま、傍に居たナマエの肩に腕を回しヤナップとナマエと共に部屋を後にした。
小 さ な 勇 気
「お待たせ」
『ん〜、良い香り。クッキーも美味しそう』
「焼き立てだから少し熱いかも」
『それじゃ、頂きまーす』
「ナーップ!」
「どうぞ、召し上がれ」
心なしか、普段と同じ紅茶なのに今日の紅茶は普段より一段と甘く感じた。
--END--
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