赤や青、黄色とド派手な衣装を身に纏う一人の道化士。
ばっちりと施された道化化粧のお陰で表情なんかひとつも読めやしない。
目の前を跳ねるように歩く姿は本当に奇怪だ。
まぁ、それが誰かなんて言わずとも…ケフカに決まってますよ。
あぁ、ケフカ"様"だったわ。
いかんいかん、つい心の中だと様付けするのを忘れてしまう。
「全部、聞こえてますよーん」
突如、聞きなれた声が背後から聞こえると、ギクリと肩を震わせるナマエ。いつの間に背後に回られたのか。
『ケ、ケフカ様…』
心を読まれる距離に居たのかと心の中で呟きながら、恐る恐る背後に振り返ると普段以上にニコニコとした表情の道化士がそこには居た。
「まーったく、ナマエちゃんってば忠誠心が足りないんじゃなーいのー?」
『え、そ、そんな事は…、いつも私の心はケフカ様への忠誠心で一杯ですよ?』
…なんて事を茶化すように言いながら、ケフカに向かってニッコリと笑ってみせた。
「ぜーんぜん、可愛くない」
さっきまでとは違う低めのケフカの声。
『え、何かすみません。可愛くなくて』
「ほんっと可愛くないね、ナマエ」
『結構はっきりきっぱり言ってくれますね』
ケフカは直属の上官にあたり、いつもこうやって私に突っかかってくる。一体何が楽しいのか、心を読んだり、茶化したり…もうマジで疲れるわ。
今日に限っては、可愛くないとか言ってくるし。そりゃ、他の部隊の女子に比べたら劣るでしょうけど、そこそこ自分でもイケてる思うんですよ。ていうか毎度思うけど、ケフカ様って絶対に私の事嫌いでしょ。
…――なんて、くだらない事を頭の中で呟いているとケフカにムニッと頬をつままれた。
『…いひゃいです』
「まー、ブッサイクな顔だねぇ」
『にゃにひゅるんでひゅか、ひゃなひてくだひゃい』
最早、自分でも何を喋ってるかわからない。ていうか、全く離す気配も感じられないし、何かこっち見てるし、一体何なんだ。
『…見にゃいでくだひゃい』
「なーんで?」
『にゃんか、恥ずかしいんで…』
そう言うと、ケフカの口角が少し上がったように見えた。同時につまんでいた手が離され、ふいに同じ手で右手を掴まれる。
『な…!』
「イイネ、流石はぼくちんが目をつけた女だ」
『え…』
「さぁ、此方に来なさい。その忠誠心とやらをじっくり見させてもらいますよん」
『えっ、えっ…』
ケフカの言っている意味が全然分からない。右手を掴まれては、ズカズカと歩き出すケフカ。一体何処に向かっているのか。
『ケ、ケフカ様…、一体どちらへ…!』
「うるさいな、黙って付いてくれば分かるって」
『で、でも…――ッ!』
ふいに感じる柔らかな唇の感触。何が起きたのかはすぐに分かった。…――口付けだ。
『んッ――…んぅ…ッ』
少し強引にナマエの唇を貪るケフカ。離れようとすれば掴んでいる手とは反対の手で頭を固定されてしまう。目の前には見慣れた道化の顔。見慣れているはずなのに直視できなくて、思わずギュッと目を閉じてしまうナマエ。
暫くすると、貪られていた唇が解放された。
『…――ぷはッ、ケフ…カ…様?』
「ほんっと、うるさい女だね」
『…ッ』
「…――欲しいんですよ、貴方が」
『へ…?』
何言ってるんだ、この上官は…、なんて顔をしていると再び掴まれていた手を引かれ、再び歩き出すケフカ。
『ちょ、ケフカ様…!?』
もう本当に何なの…!可愛くないって言われるわ、うるさいって言われてキスされるわ、連行されるわ…。
ケフカの行動が全く読めない。それはいつもの事だけれど、今日は特に読めない。
「これから分からせてあげますよン」
頭の中で愚痴っていると、突如、大きな扉の前でピタリと足を止めるケフカ。もしかしなくても、この扉の奥はケフカの自室だ。
『え、ケフカ様、此処ってケフカ様のお部屋じゃ…』
「ええ、それが何か問題でも?」
『大問題じゃないですか、私はただの兵士ですよ。そんな私が何故にケフカ様のお部屋に。もしかして態度が悪かったからお説教されるんですか、それとも殺されるんですか!』
「…ホント、よく喋る女だねェ、君」
『だ、だって!ケフカ様が何も教えてくれないから、私…何が何だか!可愛くないって言われたり、キ…キスしてきたり…』
キスという言葉が恥ずかしくて、少しばかりどもってしまうナマエ。
「可愛いですよ」
『え、どっちが本当ですか』
「可愛いってば」
『…、やっぱ可愛くないって言われてた方が気が楽です』
「ぼくちんの事、知りたいでしょう?」
『え、』
「ぼくちんがなーんで普段からナマエちゃんにちょっかい出してるか、知りたいでしょう?」
『え、嫌われてるからじゃないんですか』
「バカですか」
『う、』
…――ガチャリ、と開かれる扉。
その先には見たこともないケフカの自室の内装が広がっていた。そして、再びケフカに手を引かれるナマエ。
「嫌いな人間にちょっかいを掛けたり、キスしたり、部屋に連れ込んだり、ぼくちんはそんなに暇じゃないんですよ」
『…つまり?』
「…アンタ、まだ分からないの」
『え、すみません』
いや、何となく分かる気はするんだけど、いやでもまさかね。まさか、あのケフカ様が私の事を好き、とか…いやいや、有り得ないでしょ。
「そのまさかですよ」
あ、しまった。また心読まれた。
…――ん?
今、そのまさかって言った…?
『えッ…!』
ボッ、と赤面するナマエ。
それを見たケフカはヒヒヒッとしてやったという顔で笑ってみせた。
「ナマエの事が好きなんですよ、ぼくちんは」
『え、う、嘘…だ』
「嘘言ってどうするんですか、失礼な女ですねェ、全く」
『だ、だってケフカ様ですよ…!私なんか、その…好きになるとか、考えられない…』
いつも、ちょっかい出されて、揶揄われて、そんな日常が当たり前で。時には意地悪されたり、揚げ足とられたり…。
…ーーもしかして、好きな子に対する特有の行動だった…!?
「ま、そういう事ですねェ」
『ま、また勝手に…!もう、読まないでくれますか!』
「読んでませんよ?ナマエの頭の上に吹き出しが出て、それが見えているだけ」
『いや、一緒ですから!』
「兎に角。これから嫌って程、ぼくちんに対する忠誠心とやらを確認させて貰いますよン」
『いや、アレはその…、状況で口走ったっていうか、何て言うか…』
「忠誠心ないの?」
『いや、あります。めっちゃあります!』
この状況に着いて行けない!ケフカ様が私の事を好き…だって、でも好きって言われるのは嫌じゃなかった、けど…。
グイ、と手を引かれ室内に閉じ込められてしまうナマエ。扉の鍵も内側から掛けられ、外からは誰も入って来られない。
『あ、あの、ケフカ様…』
「なーに」
『本当に、その…好きなんですか…?』
「二度も同じ事言わせるんですか?」
『し、信じられなくて…』
二人きり、という空間でどう話をして良いのか分からず、顔を俯かせると、ケフカの手が顎に添えられ、クイ、と持ち上げられた。
同時に、再び重ねられる唇。今度は先程とは違い、優しい口付けだった。
『ッ、ん…』
長くもなく、すぐに解放される唇。本当に重ねられただけ。
「好きだから、キスするんですよ」
からかってる瞳ではなかった。本当にこの人は心が壊れてしまった人間なのかと、疑ってしまうくらい真っ直ぐな瞳。
『あ、りがとう…ございます』
「で、ナマエちゃんは?」
『え、わ、私ですか…!』
まさか、私まで聞かれるとは思ってもいなかった。
「ぼくちんだけ素直になるのはフェアじゃないでしょ」
『わ、私は…その、好きって言われて嫌じゃ、なかったです…』
「だから?」
『だ、だから…えと、多分…好き、なんだと思います?」
「なーんで疑問形になってんのよ」
『だ、だって…!」
「まぁ、イイや。返事がどちらにせよ、ナマエはぼくちんのお人形になる運命だったからねぇ」
『お、お人形…て…』
「大丈夫、壊す為の人形じゃァないよ」
『た、大切にしてくれ、ますか…?』
恐る恐るケフカに尋ねるナマエ。
「…――もちろん、ナマエはぼくちんの特別な人形ですからねェ」
特 別 に 至 る ま で
『ところで、何でケフカ様って私の事を好きだったんですか?』
ちょこん、とケフカの膝の上に座らせられたナマエがケフカを見上げながら問い掛けた。
「ンー、バカっぽかったから」
『…は!?』
「ウヒヒッ、冗談だよン。他の奴らはぼくちんの事なんか見たくないって顔して知らんぷりでしょ。挨拶だけは一丁前でさ?」
『ま、まぁ、そりゃ、目付けられたら命が脅かされますからね』
「なかなか、きっぱり言うね」
『あ、すみません』
「そんな中でさ、ナマエだけはぼくちんの事、見ててくれたでしょ」
あー、言われてみれば、そうだったかもしれない。今日もよく飛び跳ねてるなぁ、とか今日は機嫌悪そうだなぁ、とか。目の前に現れれば、見ていた気がする。
『まさか、それだけで…?』
「何か悪いですか」
『いえ、悪くないです』
「嫌な気分じゃなかったんですよ、ナマエに見られている事が」
『そ、そうでしたか…』
「ワタシもナマエの事をよーく見ていましたから」
『え!』
「愛してますよ、ナマエ」
…――囁かれた瞬間、私の顔が今までにないくらいに熱くなったのは言うまでもない。
(私も、愛し…――ッあぁ、恥ずかしくて無理ー!)
--END--
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