今日はクリスマス……と言っても、時間は午前7時くらいなのだけれども。
デントと恋人同士になってから、初めてのイベントでもある今年のクリスマス。勿論、デントへのプレゼントも用意しているわけで――…
『出来たーッ!』
ナマエの手に握られていたのは緑色の長い物。
…――そう、寒い冬には欠かせないマフラーだった。ナマエはデントへのクリスマスプレゼントにと手作りのマフラーを編んでいたのだ。ちなみに色は濃い緑色。
『何とか間に合ったー…』
間に合ったと言っても、既にクリスマス当日なんだけどね…。
初めて編むマフラーだったから完成するまで不安だった。でも、無事に完成したので一安心……まぁ、少し編み目がおかしい部分もあるけど…気にしない!(笑)
私は完成したマフラーを綺麗に折り畳み、用意していたプレゼント用の箱へと詰め、その箱を淡い黄緑色の包装紙で包んだ。
勿論、ただ包んだだけじゃプレゼントっぽくないから、モスグリーン色のリボンを巻いて、リボン同士が交差している部分には細いリボンで作られた大きなは花を一輪飾った。これで大分プレゼントっぽくなった気がする。
(デント、喜んでくれるかなぁ…)
正直、心の中は不安で一杯だった。こうやってプレゼントを用意したものの、実際に渡した時に喜んでくれなかったら…と、考えてしまう自分が居る。そして、考えてしまう度に不安と恐怖ばかりが募ってしまう。
ナマエはデントに渡す予定のプレゼントを胸に"ギュッ…"と抱き締め、気持ちを落ち着かせるべく静かに目を瞑った。
程なくして、気持ちが少しだけ落ち着いたナマエはプレゼントを渡すべく、デントと自宅でもあるサンヨウジムへと向かった。
*****
『うぅ…、寒い…ッ!』
クリスマス当日の天気は雪。外に出ると空からはキラキラとした真っ白な雪がゆっくりと地面に向かって舞い降りていた。
玄関から足を一歩踏み出せば、クッキーを食べる時のような"サクッ"としたような軽い音が響く。玄関から街を見渡せば視界一杯に広がる銀世界。
ナマエの自宅からサンヨウジムまでは徒歩5分くらいの距離。ナマエは紙袋に入れたプレゼントを片手に雪が降り続く街中を傘も差さずに歩き出した。
『あー…何か、今更ドキドキしてきた』
デントの居るサンヨウジムまで後少し。元々、そこまで離れているわけじゃなかった為だけに少し歩くだけでサンヨウジムが見えてくるのだ。
『つ、着いちゃった…』
普段と変わらない距離なのに、今日だけは何故か早く到着してしまったような気がしてならない。
階段下からサンヨウジムの入口である扉を見上げるとクリスマスにも関わらず"営業中"の表札が掛けられていた。
(営業中、かー…って事は女の子のお客さんが大勢居るってわけかぁ…)
クリスマスに限って女性客が居ないはずがない。ナマエは『はぁ…』と小さく溜息を零し、一段一段ゆっくりと階段を上がった。
階段を上がり切ると、扉を開ける前に軽く深呼吸を行うナマエ。心の中で『よし…!』と呟いてから扉をゆっくりと手前に引いた。
最初は気付かれないように数センチだけ扉を開けて、その隙間から中の様子を伺う。片目だけで店内を見渡してみると……やっぱり居た女性客。
(嗚呼、やっぱり居たかぁ…)
女性客は"料理を楽しむ"というより、三兄弟を楽しみに来ているに違いない。しかも、クリスマスだからプレゼントも用意して来ているのだろう。
ナマエは扉を開き、女性客で賑わう店内へ足を踏み入れた。店内に入ると私の姿に気付いたコーンが歩み寄って来た。
「ナマエさん、いらっしゃいませ」
『おはよう、コーン。朝から賑わってるね…』
「ええ、クリスマスの所為もあってなのか…この賑わい振りには毎年驚かされますよ」
『ま、毎年なんだ…』
「開業した年から毎年です」
『大変だね…』
「ところで、今日はデントに御用ですか?」
コーンはナマエの片手に握られた紙袋に気付くと、此処に何をしに来たのかを察した。
『あ、うん…そうなんだけどー…』
「…けど?」
『な、何か忙しそうだし…帰ろうかなぁ…』
店内を再び見渡せば、賑わう女性客の相手に追われているポッドの姿。それに、私の目の前に居るコーンに向かって声を投げ掛ける女性客の姿もあった。
残念ながら、デントの姿はホールにはなく見る事は出来なかったが、大方キッチンで料理を作っているのだろう。
こんなに忙しそうな時にプレゼントを渡すなんてマネ出来ない。そう思ったナマエは自宅に引き返そうとコーンに背を向けた。
『ゴメンね、忙しい時に…それじゃ――…』
…―――ガシッ
自宅に帰ろうと背を向けた途端、コーンに手を掴まれた。
『え、ちょ…コーン!?』
ナマエの手首を掴んだまま、コーンは二階へと続く階段を上がる。勿論、手首を掴まれているのでナマエも一緒だ。
その光景を見た店内の女性客は突然の出来事に若干騒ぎ始める。その状況を他所にコーンはナマエをある部屋に招いた。
「暫く此方の部屋でお待ち頂けますか?」
『え、え?』
「というか、待っていて下さい」
コーンはナマエの背を押し、部屋の中へ半強制的に入らせた。
『あの、コーンさん…!?』
「デントを呼んで来ます。絶対に部屋からは出ないで下さいね」
コーンは「デントを呼んで来る」と言い残し、部屋の扉を"パタン"と閉めた。独り部屋に残されたナマエは何が何だか分からない様子だ。
『この部屋、一体誰の部屋なんだろう…?』
何となくではあるがデントの香りがする気がした。もしかして、此処はデントの部屋なのだろうか…?
ぐるりと部屋を見渡してみると机の上に光で反射する何か見つけた。近付いて、よーく見てみると写真立てのようだった。
『…――ッ!?』
気になって写真立てを覗いてみると写真立ての中で笑っていたのは、まさかの自分自身。いつの間に撮られたのだろう…?
『いつの間に…』
…―――ガチャッ
机に立て掛けられた写真立てに写る自分自身に驚いていると、扉が開く音と共にデントが部屋にやって来た。
「…ナマエ!」
『デ、ント…』
本当にコーンが呼んで来てくれたようだ。走って来てくれたのだろうか、デントの息が少し上がっているように見える。
「ゴメン、僕――…」
『良いの!忙しい時に来ちゃった私が悪いんだから』
デントの事だ…、どうせ「キッチンに居たからナマエに気付かなくて…」なーんて言うつもりだったのだろう。
『それよりもデント、この写真…』
「あ、ああ…その写真ね…」
『いつの間に撮ったの?』
どうしても気になる様子のナマエ。デントはナマエの傍まで歩み寄ると、机に立て掛けられた写真立てを手にした。
「良い笑顔してるだろう」
『いや、そうじゃなくてー…』
「秘密」
『えー!?』
聞けば教えてくれると思ってたのに答えは「秘密」だった。そんなのって有り…?
「ところで此処に来てくれた理由は?」
デントに尋ねられ"ハッ"した表情を浮かべるナマエ。同時に片手に持っていた紙袋をデントに渡した。
『あ、あのね…?今日って、クリスマスじゃん…?だから、その…私からデントにクリスマスプレゼントっていうか…』
「え…、これ僕に…?」
『うん…、そう言ったじゃん…』
思い掛けないナマエからのプレゼントに驚いたのか、数回瞬きをするデント。
「開けても、良いかな…?」
『ど、どうぞ』
ナマエは照れ臭くなったのか、デントと目を合わせようとしなかった。
一方、デントは受け取った紙袋を机に置き、紙袋の中から箱を取り出した。箱に巻かれてあったリボンを解き、包装紙を破いてしまわないよう丁寧にラッピングを解いていく。
ゆっくりと箱の蓋を開ければ、今朝完成したばかりの手作りのマフラー。デントは箱からマフラーを取り出し、そのマフラーを暫く見つめた。
「これ、ナマエが編んでくれたの?」
『う、うん…初めて編んだマフラーだから編目がおかしい所もあるけど…』
"チラッ"とデントの顔を見てみると、少しだけ瞳が潤んでいるように見えた……多分、気のせいだと思うけど…。
「有難う、ナマエ」
『わッ…!?』
デントは御礼の言葉を伝えると同時にナマエの身体を引き寄せ"ギュッ"と抱き締めた。
『デ、デント…!』
「嬉しいよ、本当に…」
そう言いながらデントは私を抱き締めたまま、私の首とデントの首にプレゼントしたマフラーを巻いた。
「うん、凄く暖かい…」
『ふ、二人一緒に巻く物じゃないんですけど…』
「今だけだよ」
でも、デントの言う通り…とても暖かかった。いつも巻いているマフラーとは何処か違うような気がする。
デントに抱き締められたまま、巻いて貰ったマフラーの暖かさを感じていると、突然唇に別の温かい何かが触れた。
『んぅ…ッ』
…――デントの暖かいキス。優しいキス。心地好いキス。
『ふ、ぁ…』
「…ナマエ、可愛い」
互いの唇が離れると、デントは私に向かって「可愛い」と言った。普段言われ慣れているはずなのに今日だけは恥ずかしく感じてしまった。
『か、可愛くなんて…ない…』
「可愛いよ、僕の中では世界一だ」
『ば、馬鹿…』
デントは笑いながら「酷いなぁ…」と言って、もう一度だけキスをしてくれた。
「ナマエ、本当に有難う」
『ど、どう致しまして…』
「御礼に後でケーキを作って来るよ」
『え…、良いの?お店忙しいんじゃ…』
「コーンが気を利かせてくれて、今日は一日休みを貰ったんだ」
『ホントに!?』
「うん、本当。だから、今日一日ずっと一緒だよ」
デントの言葉にナマエは心の中で小さく『やった』と呟いたのであった。
今 年 も 、 ま た 来 年 も
あの後、デントは直ぐにケーキを焼きに行ってくれた。デント特製のチョコレートケーキ。甘い苺と一緒に食べると、それはもう美味しくて堪らなかった。
「来年は僕もプレゼント用意しないとなぁ…」
『じゃあ、来年もケーキ作ってくれる?』
「ケーキなら、いつでも作ってあげられるけど…?」
『良いの!クリスマスにはデントのケーキが食べたいの!はい決定!』
「ご、強引だなぁ…」
デントと二人で過ごす、初めてのクリスマス。デントが作ってくれたチョコレートケーキが、私のクリスマスケーキになった。
--END--
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