『デント!』


10月30日の夜、僕の可愛い恋人であるナマエがノックもせずに僕の部屋へと荒々しく上がり込んで来た。


「どうしたんだい?もう23時だよ?乙女は寝る時間―…」

『お店の制服貸してくんない!?』

「…は?」



こんな夜遅くに何かと思えば…。
ナマエの考えている事はいつも分からない。分かったと思っても意外な行動のお陰でいつも外れる始末。可愛いと言えば可愛いのだけれども、たまに理解し難い部分もある。またそれもナマエの可愛さなんだけどね。



「一体、僕の制服で何するつもり?」



此処はひとつ、冷静になってナマエに問い掛けてみた。



『えー、良いじゃん別に!良いから貸して?』



………、想定内と言えば想定内。



『お願い、一日だけで良いの!駄目…?』




全く…。ナマエって、こういう時だけ仔犬みたいに瞳をうるうるさせながら僕を見つめてきてズルイよ。僕がそれに弱いって知ってて、いつも使ってくるんだ。…まぁ、僕が甘いっていうのもあるんだけどね。




「…はぁ、分かったよ。その代わり変な事には使わないって約束だよ?」

『…デント!ありがとッ!!』

「わわッ…!?」



ナマエはデントから許可が出ると、その時の感情を剥き出しにしたように思い切りデントの身体へと飛び付いた。その反動でデントは背後にあったベッドへと背中から倒れ、一見ナマエがデントを押し倒したような構図になってしまった。



『デント、大好き!』

「これくらいで大好きだなんて…、僕も甘いですね。ナマエにだけは敵いませんよ」



ベッドへと倒れ込んだままの状態で、ナマエの背中に腕を伸ばすとナマエの身体をギュッと抱き締めようとした。が、ナマエは僕の腕の中からスルリと抜け出ていってしまった。大人しく抱き締められていれば良いのに、と正直思いもした。

ナマエはソファーの背凭れに掛けてあった僕の制服を綺麗に畳んで「デント、ありがとね!おやすみ!!」と言い残し、僕の部屋から最後まで落ち着きなく出て行った。



「何だろう、この虚しい感じは…」



ナマエの考えている事は、やっぱり分かりそうにない。今日はもう寝よう、とデントは心の中で呟き、先程ナマエに押し倒された状態のまま毛布だけを掛け、そのまま朝を迎える事にした。










…―――2010年10月31日





カーテンの隙間から射す日差しに僕は目を覚ました。窓の向こう側ではマメパト達が元気良く空を飛び回っている。



「ん―…ッ」



デントは布団から上体を起こし、腕を天井に向け背筋を伸ばした。



「ヤナップ、朝だよ」


枕元に置いていたモンスターボールを手に取り、その中からヤナップを出した。


「ナァ…プ…」


まだ眠たそうに目を擦るヤナップは、デントの元へと近付いては膝の上へとゴロンと寝転がった。何とも愛くるしい姿だ。



「まだ眠いのかい?」

「ナップ…」



デントに尋ねられると、ヤナップはコクンと首を縦に振った。その姿にデントはヤナップの頬を指先で擽るように撫で「起きなきゃ駄目だよ」と優しく声を掛けた。



「ヤナッ、………プ?」

「どうしたんだい?ヤナップ」



ヤナップはデントに「起きなきゃ駄目だよ」と言われ、首を縦に振り返事をしようとした…、と思いきや。微かに聞こえてくる音を大きな耳で聞き取ったのか、自慢の大きな耳をピクリと動かしながら部屋の扉へと視線を送るヤナップ。






…―――ドドドドドドドッ!





初めは聞こえなかった物音だったが、暫くするとデントにも聞こえる程の大きさになっていた。




「なんだろう…?」



デントはヤナップを抱き抱え、扉へと歩み寄り、ドアノブへと手を掛ける。










…―――バァンッ!!!





『デントォオ!!トリックオアトリートォオッ!!!』


「…ッ!?」






突然、扉が勢い良く開く音と同時に僕の視界が反転した。目線の先には天井とナマエの顔。一体何が起こったんだ…?





『おはよう、デント!お菓子ちょーだいッ!』

「…はい?」

『お菓子!くれないと悪戯しちゃうぞー?』

「嗚呼…、そういうことか…」




やっと理解した。
今、目の前…というか僕の身体の上に乗っかっているナマエの言葉と服装からして、毎年恒例のハロウィンだろう。



「今日はハロウィンだったね…」

『そうだよ、忘れてたの?』

「うん、すっかり。でも、少し理解出来ないな」

『へ?何が?』

「今年の衣装だよ。何で僕の制服なんだい?」



ナマエが着ていたのは衣装というより、昨晩貸した店の制服だった。僕の制服はお化けか何かですか。明らかにサイズも合ってないし…。



『だって』

「だって?」

『デントが喜ぶと思ったから』

「・・・、」



またも意外。僕を喜ばせる為だけに制服を着てくれたと言ったのだ。



『やっぱり、駄目だった…?』



デントは不安そうに顔を歪めるナマエの唇へとリップ音を立てながら触れるだけの口付けをした。



『デ、デント…!』

「何言ってるんだい、嬉しいに決まってるよ」

『ホ、ホント!?なら、良かった!!じゃあ、お菓子頂戴!飛び切り甘いのッ!』

「飛び切り、甘いのか…。そうだなぁ…」

「ヤナァア゛〜…」


ナマエからの要求に少々考え込むデント…。と、その光景をデントとナマエの間に挟まれ、邪魔をしないように黙って眺めていたが、限界がきてしまい苦しそうに声を上げるヤナップ。



「ヤ、ヤナップ…!?」

『あぁあ…!ゴメンね、ヤナップ!』

「ナァ…プ…」


苦しそうな表情を浮かべるヤナップに気付いたナマエは慌ててデントから身体を離し、圧迫からヤナップを解放した。



『苦しかったよね、ホントにゴメンね…!』

「ナップ!」


可愛いヤナップを潰してしまったナマエは、ヤナップを優しく抱き締め申し訳なさそうにヤナップに何度も謝る。ヤナップも「もう大丈夫!」と言わんばかりに元気よく返事をした。

その光景を見ていたデントは、ナマエとヤナップを微笑ましく眺めていた。が、心の隅では若干嫉妬していた様子だった。



「ナマエ、」

『ん、なーに?』

「さっき、飛び切り甘いお菓子って言ったよね?」

『うん、言ったよ?』



ナマエはヤナップを抱き締めたままキョトンとした表情でデントを見つめた。



「今夜、部屋で飛び切り甘いモノを用意しておくから、来てくれるかな?」

『ホント…!?』



デントの言葉に、一気に表情を明るくしたナマエ。勿論、返事はイエスだった。



「じゃあ今夜、待ってるから。ちなみに服装は今の格好で来てくれると嬉しいんだけど、良いかな?」

『うん!』





デントはヤナップを抱き締めたままのナマエを自分へと引き寄せると耳元で囁いた。




「           」


『え…ッ!』  








Happy Halloween








デントは私の耳元で確かに囁いた…。







「飛び切りの甘さで僕がお相手するよ」






それ以上の甘いモノなんて存在するわけないじゃない。デントって私以上にズルイんだから…ッ!





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