『けほッ…』
「ナマエ、大丈夫かい?」
『うん、大丈夫…』
サンヨウシティ北部に位置するジム、サンヨウジム…兼、レストラン。
レストラン利用客の大半が女性客で更にその女性の大半がこのサンヨウジムを切盛りする三つ子のジムリーダー、デント・コーン・ポッドのファン達なのである。
"食事を楽しむ"という理由ではなく"三つ子のジムリーダーを楽しみに来ている"と言っても過言ではないだろう。そんな三つ子のジムリーダーの中でただ一人、大切な大切な彼女を持っている者が居た。
『ゴメンなさい、いつも迷惑ばかり掛けちゃって…』
「ううん、迷惑だなんて思ってないよ」
『有難う、デント…』
「どう致しまして」
…――そう、ただ一人というのは草タイプを主に扱うジムリーダー、デントだ。そして、彼女の名前はナマエ。
デントとナマエは幼い頃から常に一緒だった。それ故、付き合う以前からとても仲が良かった…勿論、仲が良いのは今もだ。
しかし、ナマエは普通の女性とは少し違っていた…。それは、ナマエ自身がとても病弱であるということ。そんな病弱なナマエと知っていて、幼い頃から片時も離れる事なく、ずっと傍らに居続けていたデント。
何時しか、デントとナマエはサンヨウジムに共に暮らし、生活をするようになった。デント以上にナマエの事を心配し、大切に思う男性は居ないだろう。
「さぁ、もう休んだ方が良いよ」
『大丈夫だよ。もう少し、デントとお話してたい…』
「ナマエ…」
病弱な反面、デントと居る時は少々我侭な時がある。いつ体調を崩してしまうか分からない…そんな状況に、気が気でないデントを他所にどんなに具合が悪くなろうとも"デントとずっと一緒に居たい、片時も離れたくない"と心の中で思うナマエ。
それはデントも同じ気持ちには変わりないのだが、デントとしては休息の時間も必要だという考えがある。しかし、ナマエにとっては休息の時間よりもデントと一緒に過ごす時間の方が今の自分にとって必要だと思っているようだ。
「まったく…体調崩れても知らないよ?」
…知らない、なんてのは嘘。もし、ナマエが体調を崩した…その時は、きっと僕は必死になってナマエを助けようとするだろう。自分でも想像出来てしまうくらいだ。
『えー、デントの意地悪…』
「意地悪、かもしれないね」
自分で言っておいて、後から可笑しく思えたのか"クスクス"と含み笑いを浮かべるデント。だが、そんなデントとは逆に笑顔を見せないナマエ。何処か様子がおかしい。
「ナマエ…?」
ナマエの様子がおかしい事に気付いたデントは、直ぐにナマエの肩を抱き寄り添った。
『ん…大丈夫――…ッ!』
「え…ナマエ…?」
『大丈夫』なんて言いながら、僕の腕の中でぐったりとしているナマエ。何度、声を掛けても返事はなく、ぐったりとしたまま苦しそうな呼吸を繰り返している。どうやら、意識がないらしい。
「嘘、だろ…」
腕の中で苦しむナマエにデントは小刻みに震えながらも暫く微動だにする事が出来なかった。
(嘘だ、ナマエが倒れるなんて…。病弱だから、いつかは倒れる事はあるだろうって分かってはいたけど…いざ、自分の目の前でナマエが倒れると、どうして良いか分からない…)
「そ、そうだ…病院…!」
デントは血相を変え、ナマエを抱き抱えると部屋を飛び出し、ナマエを抱えたまま自身の脚で病院へ向おうとした。
(医者に診て貰えば、直ぐに良くなるはず――…!)
"ドタドタ"と急ぎ足で階段を降りるデント。店内に居る利用客の目なんて一切気にせず、サンヨウジムを飛び出そうとした――…その時だった。
「デント!ストップ!ナマエを何処に連れて行く気だ!?」
デントがナマエを抱えてジムを飛び出そうとするのを見たポッドが慌てて扉の前に立ち、デントの行動を抑止した。
「ポッド、そこを退いてくれ!」
「退かねェよ!つーか、落ち着けって!」
「ポッドの言う通りですよ、デント。少し落ち着いて下さい」
「コーン…」
「そのままの状態でナマエさんを病院へ連れて行くのは危険です。此処は主治医を呼ぶべきだと思いますが?」
冷静なコーンの言葉にデントは未だ苦しそうなナマエをジッと見つめた。
「よーし!俺、先生に電話掛けてくるぜ!」
「ええ、頼みましたよ」
的確で冷静な判断を下したコーンとは逆に、感情のままに行動してしまった自分を情けなく感じてしまったデントは扉の前でナマエを抱えたまま顔を俯かせていた。
「デント、大丈夫ですか?」
「ねぇ、コーン…」
「何ですか?」
「僕って無力だよね…いざという時にナマエを助けてあげられないなんてさ…」
「デント…」
「有難う、コーン…。コーンの御陰でナマエを危険に晒さなくて済んだ…」
「こういう時こそ、落ち着いて行動する事が大切なんですよ」
「そうだね…」
この後、直ぐに主治医が来てくれて、苦しそうだったナマエも今では布団の中で気持ち良さそうに眠っている。主治医曰く、日頃の疲れで体調が弱っていた事と、それに合わせて風邪を引き始めていた為に軽い発作が起こってしまったらしい。
「ゴメンね、ナマエ…僕一人じゃ君を助ける事が出来なかった…」
僕は気持ち良さそうに眠るナマエの頬に軽く指を添えて、そっと撫でた。
『ん…デン、ト…』
「あ、ナマエ…ゴメン、起こしちゃったね…」
『ううん、平気…』
頬に指を添えた途端に、ナマエが眠りから目覚めてしまった。ナマエの顔色は未だ少しだけ青白い。
『デント…』
「ん…?」
『有難う…』
「え…」
『助けてくれて…』
(…――違う、助けたのは僕じゃないよ。僕は助けるどころか危険に晒そうとしたんだ…)
「ナマエ、僕は…」
『嬉しかったよ…デントが必死で私を助けようとしてくれたこと…』
「え…どうして、その事を…」
『少しだけ意識が戻った時があって…その時にデントが私を抱えて階段を降りてたの知ってるんだ…』
「そう、だったんだ…」
あんな情けない姿をナマエに見られてしまうなんてな…本当に自分が情けなくて恥ずかしいよ。
『だから、有難う…』
「ううん、お礼なんて要らないよ…」
『それから、迷惑掛けちゃってゴメンね…』
「さっきも言ったけど、迷惑だなんて全然思ってないからね」
『ホントに…?』
「本当だよ。僕はナマエの事が大好きだから、この先もずっと一緒に居られるように…僕にはナマエを護る役目があるんだ」
『デント…』
「…ナマエが生きてくれていて本当に良かったよ」
『有難う、デント…』
傍 に 居 る よ
ナマエがどんなに病弱でも、ナマエはナマエだ…僕の愛しい最愛の人に変わりはない。
今は未だ、僕一人でナマエを護れそうにないけど、いつかは…何か起きた時に僕一人でナマエを救えるようになれますように…。
--END--
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