『ノボリさん、こんばんは!』

「ナマエ様、こんばんは」


陽が完全に沈んだ夜、ナマエはノボリの自宅を訪れていた。その姿は浴衣姿と夏らしい恰好だ。浴衣に合わせ髪もアップにしシンプルな簪が一本挿されている。



「浴衣姿、とてもお似合いですね」

『本当ですか?ノボリさんにそう言って貰えて嬉しいです…!』


ナマエの浴衣姿を褒めるノボリの姿も濃紺色の浴衣に身を包んでいる。普段と違うノボリの姿に見惚れてしまいそうなナマエ。


『ノボリさんも素敵です、』

「ありがとうございます。ですが、着慣れていない所為か少し違和感がありますね」

『ふふ、男の人だと余計に違和感ありそうですね』

「ナマエ様は大丈夫ですか?」

『はい、私は全然平気です!』


返事と同時にニコリと微笑んでみせれば、それに応えるようにノボリも微笑み返す。


「そろそろ始めましょうか」

『はい!』



今日、ノボリの自宅を訪れた理由は夏の風物詩でもある手持ち花火をする為だった。子供の頃に何度かした記憶はあるが大人なってからは今回が初めてで少しワクワクしていたナマエ。



人気の少ない近くの空き地まで歩いて向かう二人。辿り着くと座れそうな場所を探しては腰を下ろした。



『子供の頃以来なので何だかワクワクしちゃいます』

「私もです。子供の頃と言えど、殆どクダリばかりが花火を持っていましたけれどね…」

『ぷッ、クダリ君らしい』


少しだけ思い出を語りながら、準備していた花火セットを開封するノボリ。傍に点火用の蝋燭を一本設置しすればマッチを使い蝋燭に火を灯す。消火用のバケツにはしっかりと水が張られている。



「さぁ、準備は出来ましたよ。火には気を付けて下さいまし」

『ありがとうございます!どれにしようかな、』



最近の花火は昔とは違い色が何度も変化するらしい。どの花火を選ぼうか悩むナマエ。



「沢山ありますから悩んでしまいますね」

『うーん、じゃあ最初は此れで!』



ナマエが手に取ったのは三回色が変わる花火だった。蝋燭の火にそっと花火の点火部分を当てれば数秒後にシュワー、と音を立てながら色鮮やかな火花が暗闇を照らし始めた。



『ノボリさん、見て!凄く綺麗ですよ!』

「そうですね、とても綺麗です」

『あ、ほら!色が赤から黄色に変わりましたよ!』



久方振りの手持ち花火を前に興奮するナマエ。その姿はまるで子供の様だ。そんなナマエの姿に思わず表情が綻んでしまうノボリ。



『ノボリさんも早く!』

「はい、少々お待ち下さいまし」



ナマエに急かされれば、ノボリも花火を一本選び点火する。



『花火って凄く興奮しちゃいますね、綺麗だし楽しいし!』

「はい、」

『あ、そうだ…線香花火しましょう!先に落ちた方が負けですからね!』



終わった花火をバケツの中に入れてから線香花火の入った小袋を取り出すナマエ。二本取り出した内の一本をノボリに差し出した。



『はい、ノボリさん!』

「ありがとうございます」

『ノボリさんには負けないですよ〜』


ノボリとナマエは隣同士にしゃがみ込むと同時に蝋燭に線香花火の先を当て火を灯す。パチパチ、と線香花火独特の火花が散り始めては次第に火花は収まり、線香花火の先端に小さな火の玉が灯り続けた。



「緊張しますね」

『喋ったら落ちちゃいますよ…!』

「…し、失礼致しました」



お互いに集中すれば集中する程、手に力が入ってしまう。



「…そろそろ、落ちてしまいそうです」

『…――あ、』

「あ…、」



先に灯りが落ちてしまったのはナマエの方だった。ノボリの線香花火は未だに灯ったままだ。



『落ちちゃいました…』

「それでも長かったですよ」

『ノボリさんの勝ちです』

「おや、勝者には何か特別な事でもあるのですか?」



ノボリの言葉に少し考える素振りを見せるナマエ。



『うーん、じゃあ何かして欲しい事とかありますか?』

「して欲しい事ですか、そうですねぇ…」

『ひとつだけなら何でもしますよ!』



ナマエの言葉に今度はノボリが考える素振りを見せる。その間にノボリの線香花火は落ちてしまった。



「では、キスをして下さいまし」

『キ、キス…?!』

「何でもして下さるのでしょう?」

『そ、それはそうですけど…』

「では、お願い致します」



顔を真っ赤に紅潮させるナマエに可愛いな、と心の中で思いながらキスされるのを待つノボリ。自分からキスをしなければならない恥ずかしさに一度は顔を伏せてしまうナマエだったが、自分のから言い出した事だと顔を上げ、ゆっくりとノボリの口許に自らの口許を寄せた。



『…――んッ、』



柔らかな唇がノボリの薄い唇に一瞬だけ重なった。



「…もうお終いですか?」

『ちゃんとキスしました…!』



先程よりも更に紅潮しているナマエの表情。キスをしたのには間違いないが、ノボリは何処か不満気な様子。



「足りません、」

『え、…――んぅ!』



再び重ねられる唇。今度はノボリから重ねられた。唯重ねるのではなく、柔らかな唇の間から舌先を挿入しナマエの舌先と絡め合う。



『ふぁ、ンッ…――ッ!』



何とも言えない感覚が快感に変わり腰が抜けそうになるナマエ。幾度か角度を変えながら深い口付けを交わした。



「…――は、」

『はぁ…ノボリ、さん…ッ』



潤んだ瞳で此方を見つめてくるナマエに、また唇を重ねたくなる衝動に駆られそうになるノボリ。そんな衝動を抑えるかの様にナマエをギュッと抱き締めた。



「そんな瞳で見つめられては抑えが利かなくなりそうです」

『ふぇ…?』

「何故、ナマエ様はそんなに可愛らしいのですか」

『ノボリ、さん…』



ナマエを抱き締める腕に力が篭る。



『可愛い、ですか…?』

「ええ、とても」

『…恥ずかしいけど、凄く嬉しいです』



照れ臭そうに、はにかんで見せてはノボリの肩口に顔を埋める。大好きな彼に可愛いと言われては嬉しくも恥ずかしくなってしまうのは当然だ。



『また来年も花火しましょうね…』


肩口に顔を埋めたまま呟く様に言葉を紡ぐナマエ。


「はい、勿論でございます」

『ノボリさん、大好きです』



埋めていた顔を上げてはノボリに大好きと改めて伝えるナマエ。その言葉に堪らなくなってしまったのか、ノボリはもう一度だけナマエの唇に自らの唇を重ねた。



「私もナマエ様の事が大好きで、愛しております」





線 香 花 火





(…――この先もずっと、)




--END--

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