あの後、ノボリとナマエは街中にあるレストランへ足を運んだ。異性と食事をするのは初めての事でかなり緊張していたが、なるべく表に出さないように注意を払うナマエ。



「遠慮なさらず、お好きな物を召し上がって下さいまし」

『は、はい…何にしようかな、』



レストランなんて滅多に来ないナマエ。子供の頃に両親に連れられて来た思い出しか無かった。

目の前に置かれていたメニュー表を手に取りページを捲っていく。どれも美味しそうなメニューばかりだ。



『うーん…』

「悩まれていますね」

『あ、すみません…!どれも美味しそうで…』

「大丈夫ですよ、ゆっくり選ばれて下さいまし」

『ノボリさんはもう決められたんですか?』



いつの間にか閉じられているノボリ側のメニュー表。悩んでる内に決めてしまったのだろうか。



「私はスープとサラダで」

『え、それだけで大丈夫なんですか?』

「ええ、少食でして…」

『じゃあ、喫茶店とかの方が良かったんじゃ…』

「いいえ、私の事はお気になさらずに」



そう言ってノボリはナマエに微笑み掛けながら手元の冷水を一口流し込む。サラダとスープで本当に足りるのか、と思いながらナマエはパンケーキが載ったページを開く。



(やばい、凄く美味しそう…)



「パンケーキですか?」

『あ、いや…その、どうも糖分が足りなくて美味しそうだなぁって…疲れてるんですかね、あはは…』

「では糖分を摂らないといけませんね。パンケーキだけでは味気ないので、果実が乗ったパンケーキ等は如何ですか?」



開いていたページの真ん中を指差すノボリ。そこには贅沢に盛られた果実と果実ソースがたっぷり掛けられたパンケーキメニューがあった。これは間違いなく美味しいに決まっている。



『とっても美味しそうです…』

「では、此方のパンケーキに致しましょう」



メニューが決まれば、店内をラウンドしていた従業員をベルで呼び注文を伝えるノボリ。ただ注文しているだけなのに、それはまぁ紳士的で格好良かった。

ノボリの姿を無意識に眺めていると、注文を終えたノボリが此方に視線を向けている。一瞬目が合い少しだけ驚いてしまった。



「如何されました?」

『い、いえ!何でもありません…ごめんなさい、』



(一瞬目が合っただけなのに心臓が煩い…)



落ち着かないナマエの様子を不思議そうに見つめるノボリ。



『その、ノボリさんはいつも紳士的で格好良いなぁって思って…』

「え…」

『ああ、ごめんなさい!特に意味は無いんですけど、そう思ってしまったので…』



何を言ってるんだろう、私は。思っていた事を本人に伝えといて特に意味もないとか失礼過ぎる。なんて事を心の中で吐き捨てながら冷水の入ったグラスを掴み一気に飲み干すナマエ。



『…――ぷはッ、』



息継ぎをすれば、ノボリとまた目が合ってしまった。一気飲みなどレディとして如何なのか、最早手遅れか。



「あの、ナマエさん…」

『本当にごめんなさい。何かもう一杯一杯になっちゃって…』

「先程のお言葉ですが…」

『へ…?』

「格好良い、というのは誠なのでしょうか」



気の所為だろうか、ノボリさんの表情が少し照れている様に見える。いや、間違いなく照れている。



『え、あ…まぁ、本当ですけども…』

「・・・!」

『えと、それが何か…?』

「…嬉しゅうございます。その様なお言葉をナマエさんから掛けて頂けるとは思ってもいませんでした」



(喜んで、くれているのだろうか…?)



『あの、ノボリさん…?』

「ナマエさん、」

『は、はい…ッ』



突然、名だけを呼ばれドキッとしてしまう。今度は何を言われるのだろうか、とまた心臓が煩く主張してくる。



「私とお付き合いをしては頂けないでしょうか」

『は、え…?』



聞き間違いか、ノボリの口から付き合ってくれと言われた様な。いやまさか、そんなはずは…。



『付き合う…?』

「はい、私とお付き合いを…」

『私とノボリさんが…?』

「左様でございます」



(聞き間違いじゃなかった…)



「突然こんな事を言ってしまい申し訳ないと思っております。ですが、以前からナマエさんの事が気になっており、食事にお誘いした理由もそのひとつでして…」



これは告白と受け取って良いのだろうか。まさか、お互いに惹かれ合っていたなんて。此処は素直に自分の気持ちを言うべきなのか。



『…私、』

「はい…」

『私も入社してノボリさんと言葉を交わす様になってから、ノボリさんの事が気になる様になったんです。分からない事は嫌とも言わず分かるまで丁寧に教えて下さって、優しいなって…』



きっと今が気持ちを伝えるチャンスなんだろう、とナマエは膝の上で掌をギュッと握り締めながら言の葉を紡いでいく。



『だから、その…好きなんですかね、ノボリさんのこと』

「同じ、ですね」

『え…?』

「真面目だな、と思っておりました。私の言葉を真剣に聞いて理解をして下さって、私を頼ってくれているのだと自負しておりました」

『ノボリさん…』

「貴方様が声を掛けて下さる度に胸が高鳴りました。日が経つに連れてナマエさんを想う気持ちが強くなり、好きになっている事に気付いたのです」



私、だけじゃなかったんだ。同じ時期に少しずつ惹かれて恋して…何だか不思議な気分だな。両想いって本当にあるんだ…。



「ナマエさん、私と――…」

『ノボリさん、私なんかで良ければ是非お付き合いをさせて下さい』



ナマエの言葉に一瞬は驚いた表情を見せるノボリだったが、それは本当に一瞬で直ぐに彼なりの満面の笑みに変わる。



「喜んで、」



彼のその返事はとても短い言葉だったが、私にとってはとても重たく幸せを与えてくれる、そんな言葉だった。





好 き だ か ら





(…――こんなにも心臓が煩くてどうしようもないのは彼の事が好きだから、)




--END--

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