自宅とは別方向の通り慣れた道。今日はノボリさんのお宅で夕飯を一緒にと誘われていた。



『ノボリさん、もう帰ってるかなぁ…』



同じギアステーションで働くナマエだったが、ノボリとは部署が違う為に同時刻の退勤が出来ない。今日は特に何もなく残業もせずに済んだため定時で上がる事が出来た。

手ぶらはマズいと、向かうの途中に茶菓子を購入した。きっと疲れているであろう思い、と甘い物を選んだ。



『ちょっと早かったかな、』



ノボリの自宅に到着すれば、一度腕時計を見ては時刻を確認した。少し早いかな、と思いながらもインターホンを一度鳴らす。



「"はーい"」



少し経って、インターホンのスピーカーから男性の声が聴こえてきた。



『あ、こんばんは…ナマエです!』



インターホンのマイクに向かって名乗ると、パタパタと玄関の向こうから足音が聴こえ、ガチャリと扉が開かれた。



「ナマエさん、いらっしゃいまし」

『ノボリさん!良かった、先に帰られてたんですね』

「ええ、今日は運良く早く終わりましたので」

『そうなんですね』

「さぁ、中へどうぞ」

『…あ、はい!』



仕事も終わって、私服姿のノボリに見惚れていると手を引かれ部屋の中へ案内された。何度も招かれた事はあるけれど、やはり未だ慣れない。私服だって週に一回見れるか見れないかだった。



『お邪魔しまーす』

「適当に座って下さいまし」

『はい、ありがとうございます。相変わらず綺麗なお部屋ですね。…あ、そういえばクダリさんは未だ帰られてないんですか?』

「あー、クダリですか…今日は遅くなると言っておりましたよ」



キョロキョロと室内を見渡しながらソファーに腰を落ち着かせるナマエ。その隣にノボリが腰を下ろす。



『そうなんですか、珍しいですね。クダリさんがノボリさんより遅いなんて』

「…仕事が残っていて終わらないのでしょうね、」

『ふふ、なるほど。あ、そうだ…お夕飯の準備は?食材とかあります?』



ナマエは今日招かれた目的を一瞬忘れており、ハッとした表情でノボリに問い掛けた。



『足りない物があれば一緒に買い出しに行きますよ』

「そうですね、ナマエさんがそうおっしゃるなら…」

『よし、じゃあ行きましょう!』



今度はナマエがノボリの手を引きながらソファーから立ち上がる。



『お夕飯、何にします?』

「ナマエさんは何が食べたいですか?」

『んー、そうだなぁ…』



玄関に向かいながら口許に指を当て何が食べたいかなぁ、と考える素振を見せるナマエ。



『最近、暑いですしさっぱりした物が食べたいですね』



そう言っては玄関のドアノブに手を掛ける。









「…――ナマエさん?」




ガチャリ、と開かれた扉の先に立つ見慣れた男性の姿。




『へ…?』




ノボリが普段着ている黒のサヴウェイコート。目の前に立って居たのは間違いなくノボリだった。




『え、え…?何で、ノボリさんが…?』




背後にもノボリが居る、一体何が起こったのか突然の事に頭が付いていけないナマエ。すると、玄関先に立つノボリが溜め息を零しながら口を開いた。




「はぁ…ナマエさん、」

『え、はい…!』

「貴方の後ろに居るのはクダリですよ」

『え!?』




我が弟に呆れながら背後に指を差すノボリ。慌てて後ろを振り返ればニンマリと口角を上げて笑う同じ顔。



「もうバレちゃったかー!残念!これからナマエとデートが出来ると思ったのに、」

『ク、クダリさん…!だ、騙された…』

「ボクのことノボリ兄さんだって信じちゃって、ナマエを揶揄うのは楽しいなぁ」

『一生の不覚…』



悔しさとノボリへの申し訳無さが入り混じり、どんな表情をすれば良いのか分からず両手で顔を覆い隠すナマエ。



「ほら、良く思い出して?インターホン鳴らした時の返事!」

『返事…?…――あッ!』



ナマエは記憶を遡らせた。あの時返って来た返事は"はい"ではなく"はーい"だった。ノボリなら"はーい"などと言葉を伸ばしたりする事は滅多に無い。



「その時点でボクのことノボリ兄さんだって思い込んでるんじゃないかって思って」

『うぅ…』

「まったく、一体何を考えているのやら…」

『ノボリさん、ごめんなさい…』

「ナマエさんが謝る必要はありませんよ、謝るのは寧ろクダリの方です」



ノボリは落ち込むナマエの肩を持ち抱き寄せた。



「ナマエ、ゴメンネ」

『…クダリさん、』

「ん?なーに?」

『一週間くらい私に話し掛けないで下さい』

「ええ!何で、どうして!酷い!」

『酷いのはどっちですか!もー!ほんっと信じられないッ』



プスーッと頬を風船のように膨らませるナマエ。その姿が可愛く思えたのか、ノボリはクスクスと小さく笑ってみせた。



『ノボリ、さん…?』

「失礼、余りにもナマエさんが可愛らしかったもので」

『・・・ッ!』

「さて、遅くなってしまう前に夕飯の準備をしましょうか。食材も買って来てますから買い出しは不要です」

『流石はノボリさん!』

「罰としてクダリも手伝って下さいまし」

「えー…」



そう言って、ノボリはナマエを抱き寄せたまま玄関の扉をくぐった。この後、兄弟で何やら言い合いをしながらも無事に夕飯の準備も終わり、三人で卓を囲みながら夕食を愉しんだ。





双 子 っ て 、





「ナマエさん、」

『何ですか、ノボリさん』

「今度は騙されないように気を付けて下さいまし、」

『うぅ、ごめんなさい…でも二人とも本当に瓜二つでさっきみたいに真似とかされたら分からないです…』

「では合言葉を作りましょうか」

『合言葉?』



合言葉を、とノボリはナマエの耳元に口許を近付け囁いた。





「…――合言葉は"愛してる"」




--END--

back

×
- ナノ -