『さ、どうぞ!…と言っても、お邪魔してるのは私の方なんですけどね…』
「ううん、今日から此処がナマエさんの部屋になるんだから、僕達が無断で入る訳にはいかないよ」
デントは部屋に入ると、窓際に置かれたベッドへ腰を落ち着かせた。
君 を 護 る た め に
確かに見違えるほど部屋が綺麗になっている。これもポッドのお陰かと思うと少しだけモヤモヤするな…。自分の気持ちに気付くのが遅かったのが悪いんだけどね。
『デントさん』
「ん?どうしたの?」
『私が今此処に居る事自体、今でも信じられないんですけど…、ヤグルマの森から今まで本当に有難う御座いました』
ナマエはデントの隣に腰を下ろすと、デントに向かって頭だけを軽く下げた。
「どう致しまして。…あ、そうだ…ナマエさんにひとつだけ言ってない事があるんだ」
『え…?』
「ナマエさん、ポケモンソムリエって知ってる?」
『ソ、ソムリエ…?』
(ポ、ポケモンソムリエ…?初めて聴いたな、一体どんな事するんだろう?)
「ポケモンソムリエって言うのはね、ポケモンとトレーナーの相性を見たり、そのポケモンと友好を深める為にアドバイスをしたりする職業なんだ」
『へぇ…!凄い、初めて知りました!』
「イッシュ地方以外ではあまり知られていないからね」
『デントさんって何でも出来るんですね』
「何でもわけじゃないさ。…それで、もし良かったら…今度、ナマエさんのポケモンをテイストさせて貰えないかな?」
『私の…?』
「うん。それにナマエさんのポケモン、まだ知らないしね」
『あ…、そういえば…』
(まだ紹介してなかったんだっけ…。何たる失態…)
ナマエは床に置いていた鞄からモンスターボールをひとつ取り出すと、自身の膝に向かってポケモンを繰り出した。
「…――ポチャッ!」
モンスターボールから出て来たのはシンオウ地方で新米トレーナーが最初に貰うポケモン三匹のうちの一体、ペンギンポケモンのポッチャマだった。
『ゴメンね、ポッチャマ。ずっとボールに入れっぱなしで…』
「ポチャポチャッ」
半日振りにモンスターボールから出して貰い、ナマエの膝の上で嬉しそうに"ピョンピョン"跳ねるポッチャマ。
そんなポッチャマに向かって、ずっとボールに入れっぱなしの状態だった事を詫びるナマエ。ポッチャマは「気にしてないよ!」と言わんばかりに片手を左右に"ちょいちょい"と振っている。
『あ…、デントさん!この子が私のパートナーなんです』
「ポッチャマ!」
「へぇ、ポッチャマか。イッシュ地方では見ないポケモンだから会えて嬉しいよ」
「ポチャー?」
『ポッチャマ、この方は私の恩人でポッチャマの事を守ってくれた人なんだよ。だから、ポッチャマの恩人でもあるの。ちゃんと挨拶して?』
ポッチャマはナマエの説明を何となくしか理解出来ていない様子。ナマエに促されたポッチャマはナマエの膝の上に乗ったままデントに向かって"ペコリ"とお辞儀をした。
『よし、良い子』
「ポチャポチャ、ポーチャ!」
「確か、ポッチャマはプライドが高いポケモンって聞いた事があるんだけど…」
『です、』
「人と仲良くする事が難しいって聞いたけど、全然そんな風には見えないな」
『最初は大変だったんですよー?餌をあげても食べようとしてくれないし…』
「ポチャ?」
ナマエは膝の上で首を傾げるポッチャマを抱き上げると、ポッチャマと目線を合わせ困ったような表情を浮かべた。
こんなに可愛いポケモンなのに、凄くプライドが高くて…他人から世話を焼かれるのが嫌いなポケモン。勿論、最初は私にも懐いてくれなかった。私が幼い頃に水辺でお腹を空かせたポッチャマを偶然見つけて、無我夢中で家に連れ帰ったんだっけ。
だけど、ポッチャマは私の事なんか見向きもしてくれなくて…お腹を空かせているはずなのに出してあげたポケモンフードも食べようとしなかった。
そんなポッチャマに、私…怒鳴ったんだっけな。このまま何も食べないで飢え死にしてしまったら、どうしようって思って…。それでポッチャマの口にポケモンフードを無理矢理詰め込んだんだっけ…。
『ふふ、』
「ナマエ、さん…?」
『あ…、ゴメンなさい!何だか、急に昔の事を思い出しちゃって…』
「ポチャー?」
『ポッチャマもゴメンね』
「ポチャ!」
(このポッチャマはナマエさんのこと大好きなんだな…。見ていて凄く伝わってくる…)
「ピッタリのポケモンだと思うよ」
『え…?』
「ポチャ?」
(二人してハテナを浮かべて、何だか可愛いコンビだな…)
デントははナマエに抱き上げられているポッチャマの頭に手を伸ばし、手触りの良いポッチャマの産毛を優しく撫でた。まだデントに慣れていない所為なのか、ポッチャマは反射的に"キュッ"と目を閉じてしまった。
「ナマエさんとポッチャマ、凄く良い相性だと思うよ」
『良いって…?』
「ポケモンとトレーナー、互いを信頼し合う事は当たり前の事だけど…ナマエさんとポッチャマは普通の信頼関係以上の関係を築いてるんだなって思ったんだ」
『普通、以上…?』
「うん。でも、それは今僕が見ていて思った事だからね?もう少し、二人を様子を見させて貰ってからテイストしてあげるよ」
『あ、はい。お願いします』
「ポチャポチャッ!」
「それじゃ、僕はもう行くよ。あんまり女の子の部屋に長居するのも、ね…?今日はゆっくり身体を休めてね。また明日話そう」
デントはベッドから立ち上がると、最後にもう一度だけポッチャマの頭を撫でてから部屋の扉へ向かった。
「ポチャ、」
「おやすみ、ナマエさん。それからポッチャマもね」
「ポチャマ!」
『おやすみなさい、デントさん!』
…―――バタンッ
取り敢えずは大丈夫、かな…。二人きりの状態で、試しにどうなるかナマエさんの部屋を訪ねてみたけど暫くは平常で居られそうだ。何事もなければ上手くいくだろう。
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