「……!」
「ん?」
おばあちゃんに、家で採れたお野菜を求導師さまたちに持って行ってくれないかと頼まれて、教会までやって来た。少し怪しい天候を気にしつつ教会まで訪れ、求導師さまはいらっしゃるだろうかと思いながら教会のドアを開けようとした時、裏の方から男の人の声っぽいものが聴こえてきた。
たしか教会の裏には結構スペースがあって、求導師さまがお花やらお野菜やらを育てていると聞いたことがある。もしかしたら求導師さまかもしれないと思い、裏の方に足を運んだ。
「いた…」
「……、」
初めて来たそこには、小さいながらも立派な花壇と畑と、その前にしゃがみ込んでぶつぶつと呟く求導師さまの姿があった。時折ぶんぶんと頭を振っては溜息を付く求導師さまは、私に気が付いていないようだ。遠目から見ると中々……いや、かなりあやしい。
「求導師さまー!」
「っ!? あ、え、なまえ、さん?」
「はい、なまえです」
「えっと……その、どうしてここに」
もしかしたら、求導師さまは何かお悩みなのだろうか。何はともあれ声を掛けようと大きな声で彼を呼べば、ものすごく驚いた様で、肩を震わせ振り返った。
家で採れたお野菜持ってきました、と籠を見せるように持ち上げれば、にこりと笑っていつもすみません、と返してくれた。
「こんなにたくさん……重かったでしょう?」
「他ならぬ、教会とおばあちゃんの為ですから」
私は、そんなに熱心な眞魚教信者というわけではないけども、うちのお母さんやおばあちゃんは何かと教会に思い入れがあるようだ。
お野菜はちゃんと求導師さまの手に渡ったことだし、雨が降る前にお家に帰ろう。
「では求導師さま、私はこれで」
「えっ」
「えっ」
ぺこりとお辞儀をしてその場から立ち去ろうとすれば、求導師さまから驚きの声が上がり思わず私も聞き返してしまった。
「その、折角来てくれたのですから、お茶でも」
「ええと……嬉しいんですけど、天気が、あ」
「あ」
雨が降りそうですし、と続けようとした時、ぽつぽつと頬に当たる雫が。それは次第にざあざあと強くなり、求導師さまは慌てて私の手を引きながら教会の中へと入っていった。うお、ちょっとしか雨に当たってないと思ってたのに意外とびしょ濡れだ。
「なまえさん、大丈夫ですか?」
「はい。求導師さまもびしょ濡れですねぇ」
「なっ、何か、拭く物を!」
求導師さまは奥に行ってしまい、彼が戻ってくるまで、服をぎゅうと絞ればぽたぽたと雫が垂れる。教会の入り口が濡れてしまうが、まあ、仕方ないだろう。顔に張り付く前髪が鬱陶しい。ああ、こんなことなら傘くらい持ってくるべきだった。今更後悔しても遅いんだけれども。
「っくし」
「お待たせしましたなまえさんっ!」
「ありがとうございます」
大きめのバスタオルを渡されて、教会にはこんなものもあるのかぁと感心しつつ、頭から被って髪の毛をがしがしと拭けば、さっきよりはだいぶ水分は無くなった。しかし肌寒さは戻ることなく、再び小さくくしゃみをしたら、慌てた様に求導師さまはもう一度奥に下がっていった。と思ったら直ぐに戻ってきた。
「寒いですよね……どうか座って、」
手に持った二つのマグカップのうち一つを私に手渡して、聖堂の長椅子に座って隣をぽんぽんと叩きながら腰掛けるように促す求導師さま。指先に感じる温かさと紅茶の良い匂いにほっとして、彼の御言葉に甘えて隣に座らさせてもらった。
淹れてもらった紅茶に口を付けると、お腹の中からじんわりと温かくなった。
「っふふ、」
「? どうしました?」
「いや……不謹慎だと分かっているんですが、雨が降ったことが嬉しくて」
「それは、」
「なまえさんともう少し一緒に居れる口実が出来たな、と」
そう言いながら赤面する求導師さまに、どうしようもなく恥ずかしくなった。
そういうことは、口にしないでいただきたいものです。