※姉弟



「なあねーちゃん、まだ寝ないのか?」

 私の部屋に勝手に入って来て、勝手に私の布団でごろごろして、勝手に私の漫画を読んでいる恭也をぶん殴りたくなった。人が頑張って課題をやっているというのに寛ぎやがってこの野郎。
 というか恭也だって課題があるはずなのに。双子で同じクラスで同じ先生から教鞭を受けているのだ、そう思って聞いてみたら、

「俺が課題なんてやるわけないだろ?」

 なんて、ドヤ顔で言ってのけた。威張れることじゃないぞ馬鹿恭也。
 恭也なんかを気にしていたら数学の課題が終わりそうもないので、ヘッドホンを付けて無視することにした。恭也とお揃いで買った真っ赤なヘッドホンからは、アップテンポの曲が流れだす。日本語じゃ集中できないからと、ノリの良さだけで借りた洋楽は案の定何を言っているのか分からない。視界の端で何かが動いてるのが見えるけど気にしない。

 訳の分からない数式が並ぶノートは、途中寝かけたからか字が躍っている。これじゃあ役に立ちそうもないなあなんて溜息を吐いたら、いきなりヘッドホンを奪い取られた。
 犯人は一人しかいないから、後ろをじとりと睨みつけた。

「恭也、邪魔しないでよ」

「おー、俺の貸した奴聞いてくれてたんだなあ」

 しゃりしゃりと音の鳴るヘッドホンを耳に当てながら、にやにやと笑う恭也にいらっとする。

「もー……邪魔するなら出てってよ」

「うーんごめんなあ、ねーちゃん。でもほら、もう日付跨いでるじゃん?」

 な?と首を傾ける恭也に、思わずこくりと頷く。
 私の頬を包み込む恭也の手のひらが、ちょうど良い温度で瞼がどんどんとろんとしてきた。思い出したかのように溢れ出る眠気に、頭を振ってそれを飛ばそうとするが恭也の手がそれをさせてくれない。
 はなして、と僅かに首を左右に振ってみるも、恭也は離してくれそうもない。

 そうしてる内に、どんどん体に力が入らなくなってきて、大きな欠伸が出てしまう。同じタイミングで恭也も欠伸をするものだから、ちょっと可笑しくて笑い声が漏れてしまった。

「ふふ、」

「あ、笑ったな」

「きょーやのせいで、眠くなっちゃった、んだもん」

「俺のせいかよぉ、……なあ、久しぶりに一緒にねよ?」

 そう言って恭也は、狭い私のベッドにごろんと寝ころんだ。同時に私の腕も引っ張るものだから、私の体は彼の隣にぼすんと転がった。
 柔らかい布団に顔面を押し付けると、瞼が徐々に下がっていく。慣れた布団に、慣れた匂い。そして、久しぶりの片割れの居る寝床に、ちょっと嬉しくなったのは気のせいじゃない、と思う。
 横を見ると、同じように私に視線を向けようとしていた恭也と目が合って、どちらともなく笑い合う。課題は、この際、しょうがないということにしよう。明日先生に怒られるのも、恭也と一緒なら悪くはないかもしれない。怒られないのが一番だけ、ど。

「おやすみ、恭也」

「おやすみ、なまえ」

 二人分の重みでベッドから上がる悲鳴と、弟の微かな呼吸音に、幸せを感じながら視界を遮った。


君の隣は私のもの