「私のものなので、名前を書いてました」

 照れくさそうに笑う牧野さんに開いた口が塞がらない状態です。首のあたりに違和感を感じて目を覚ませば、此処にいるはずの無い牧野さんが何故か居て。
 何しに来たんですか、というかどうやって入って来たんです、と上手く働かない頭で問いかけると、先の言葉が返ってきた。そうか名前を、と納得しかけたところで、牧野さんの右手にあるマッ○ーが目に入る。キャップが外され、ペン先が私に向けられていることに気付き、慌てて枕元の鏡で首元を確認。いやいやないない、と思っていた私を誰か殴ってください。

「牧野、慶……」

 くっきりしっかりでかでかと(と言っても所詮は首なのでそれ程大きくは無い、と思いたい)黒の油性で書かれた牧野さんの名前にくらりと眩暈を覚えた。何してくれるんだ馬鹿野郎と怒鳴ろうと、牧野さんに視線を戻すとばちりと視線が絡み合う。何故そこで照れるんだ牧野さん。

「名前を書いておけばなくすこともとられることもありませんよね、なまえさん」

「いや、だからってこれは」

 所有物には名前を書かなくてはいけないと八尾さんに教わりました、と何の悪びれも無くのたまう牧野さん。これは、焚き付けたのは求導女さまと言うことでいいのだろうか……んん、いい年こいて純粋だからなぁ牧野さんは。そう思うと、今回の事は仕方ない、のか。幸い今は夏では無いので、タートルネックやマフラーで隠すことが出来る訳だし、顔じゃなくて良かったと思うべきだろうか。
 幸せそうに私の首筋を指でなぞる牧野さん。くすぐったくて身を捩れば、面白そうに擽る様に手を動かす。今の顔はちょっと宮田先生に似てるなあなんてくだらない事を考えていたら、先程まで寝ていたベッドにぼすりと押し倒された。

 天井をバックに、呆けた顔の牧野さんで視界が埋まる。牧野さん、と声を掛けると、じわじわと彼の顔が赤に染まっていく。

「だ、大丈夫です?」

「え、あ、」

「……おーい、牧野さーん」

「その、これは、」

「けーいくーん」

 名前を呼んだからか、過剰なまでに反応する牧野さんは慌てたように私の上から退こうとして、姿を消した。下から鈍い音と小さな悲鳴が聞こえ、ああ落ちたのかと納得。上半身を起こしてみれば、頭を擦る牧野さんの姿が。
 大丈夫ですかと声を掛ければ、なんとか……、と小さな返事が。調子に乗るからだと内心思っていると、牧野さんは尚も私の首に手を伸ばしてくる。

「そんなに嬉しいんですか?」

「はい! だって私のなまえさんですから」

 宮田さんにも、石田さんにも、八尾さんにだって譲れません。
 そう言って牧野さんは、自分の名前に重ねるように、ちゅうと音を立てて吸い付いた。
 



あげないよ



「あ、なまえさんも私に書いてくださっても、」

「や、遠慮します」

「……」

「……わかりましたよ、書きますよ」