宮田さんに会いたい。独り言の様に呟くなまえに、隣にいた牧野はどう反応して良いのか分からず、曖昧に微笑んだ。もう一度、同じ言葉を繰り返すなまえは、ごろりと長椅子の上に身を横たえた。その様子に、浮かべた笑みを若干崩す牧野。年頃の娘がはしたない。

「会いに、行ったらいいんじゃないですか」

 面倒臭いなあ、と内心思いながらも、求導師らしく優しく提案してみる。いや、さっさと教会から出ていってほしいとかそういう訳じゃなくて。あくまでも純粋に。宮田さんも喜ぶんじゃないですか、と続けて言えば、顔だけを牧野に向けてぐったりしたままなまえは口を開いた。

「仕事中に行ったら邪魔になるでしょう」

 私も一応仕事中なんですけどね!と言いたいところをぐっと我慢して飲み込む牧野。私の邪魔にはならないと思っているのか、それとも私の邪魔ならしてもいいと思ってるのか……どちらにしろ迷惑な話である。
 神に仕える者として、不入谷教会には牧野以外にもう一人、八尾という求導女が居るのだが、今は用事で神代家へと訪れている最中である。八尾さん早く帰ってきて、と何処までも他力本願の牧野である。

 一方、なまえはと言えば、宮田と顔だけはそっくりの牧野に会いに行けば少しは落ち着くかと思い教会に来たのだが……余計に宮田に会いたくなるボルテージが上がってしまうという結果となった。というか牧野さんまじ話し相手にすらならねえ使えねえなぁ八尾さんはよ帰ってこないかな、なんて考えてすらいた。大変失礼である。

「只今戻りました」

 所在無い空気が二人の間に流れ始めた時、理由は違えどなまえも牧野もその存在を求めていた八尾が教会に帰ってきた。助かったといわんばかりの笑顔で、おかえりなさい八尾さん、と彼女のもとに駆け寄る牧野。しかしその後ろにもう一人、人影があることに気付いてその足をぴたりと止めた。
 どうも、と不快そうに呟く己の片割れに、牧野は愛想笑いすら上手く出来ずに頬をひくりとつりあげてしまった。

 その声にいち早く反応したのは勿論なまえで。

「!! 宮田、さん……? 遂に幻聴まで聞こえるように……いや今のは牧野さ、いや無いな。私が宮田さんの声を聞き間違えるはずが無いなので宮田さん!」

 だらりとしていた体を一気に起こし、教会の入り口に視線をやったなまえは、お目当ての宮田の姿に目を輝かせた。もう幻覚でもいいや、宮田さんだひゃっほー!といった様子で宮田に駆け寄るなまえ。

「なまえ、」

「触れる! 本物の宮田さんだ……なんでここに?」

「俺の台詞だ」

 驚いた様な、呆れたような、微妙な顔をする宮田に、なまえは構わず腹に腕を回しぎゅうと抱き付く。ぐりぐりと頭を押し付ければ、宮田はぎこちなくなまえの髪を撫ぜる。
 急にいちゃつきだした二人に、八尾は慈愛の頬笑みを向け、牧野はさっと視線を逸らした。何が嬉しくて弟のでれっとした顔を拝まなくてはいけないのか。言っておくが宮田の表情は殆ど変っていない。些細な変化にも気付くのは流石双子と言ったところだろうか。

「……まあいいや、宮田さん宮田さん司郎さん!」

「、そんなに呼ぶな、耳が痛い」

 名前呼びに僅かに反応する宮田に、嬉しそうに笑うなまえ。
 そっと彼らから距離を置く牧野の肩に、八尾はぽんと手を乗せ微笑んだ。求導女の笑み、プライスレス。