牧野慶という人間は、牧野家の養子にされた時から、求導師としての教育をされる時から、誰かに何かに縋らなければたちまち崩れ落ちてしまう人間だった。だった、というよりは、その様に育てられた、と言った方が正しいのかもしれない。元々の性格が臆病だったからかもしれない。
 原因は何にせよ、牧野は、どうしようもなく頼りがいの無い男であった。


 牧野自身、求導師として村民に縋られる対象であった。
 毎日のように教会に来る村人を相手に祈りの言葉を捧げ、絶対的な信仰心を向けられる。牧野は、そんな視線を受ける度に無意識に眉尻を下げ、胸に下げているマナ字架をぎゅうと握りしめた。

「こんにちは、牧野さん」

 大きなマナ字架の前で膝を付き俯いていた牧野の耳に、女性の声が飛び込んだ。教会の入り口を振り返ると、逆光でその顔は見えにくいものの、牧野の支えの一部である彼女、なまえの姿がそこにあった。

「なまえさん……! こんにちは。今日も来てくれたんですね」

「もう日課ですよ、教会に来るの」

 嬉しそうな顔で駆け寄ってくる牧野に、なまえは少し恥ずかしそうに笑顔を向けた。
 なまえは先程の牧野と同じように、マナ字架の前で膝を付き両手のひらを組んで静かに祈りを捧げた。彼女の祈りが終わるのを、牧野は横で同じように膝を付いて待っていた。ちらりとなまえに視線を送っては照れた様に俯いた。

 なまえが祈り終えると、長椅子に二人並んで腰を掛け、他愛無い話をするのが、牧野となまえの日課であった。


 なまえは別に眞魚教の熱心な信者という訳ではない。散歩中にふらりと立ち寄った不入谷の教会で牧野と出会い、それ以来、何となく毎日教会に訪れるようになったのだ。

「もう直ぐ梅雨も明けますね」

「最近、蒸し暑くなってきましたから……牧野さん、倒れないでくださいね?」

「っ、大丈夫ですっ!」

 真っ黒で長袖といった法衣を指差し、くすくすと笑うなまえに、思わずかぁと頬を赤くする牧野。色んな意味で恥ずかしい。
 牧野の反応が面白かったのか、なまえは暫く笑いっぱなしだった。

「何も、そんなに、むきにならなくても、っふふ」

「いい加減止めてくださいよ……」

 項垂れる牧野に、目に浮かぶ涙を擦りながら軽く謝るなまえ。ため息を付きながらも、牧野は何処となく嬉しそうだった。

 幼少から求導師としての人生しか選択の余地が無かった牧野にとって、自分に接する人間は皆自分を求導師としてしか見ていなかった。故に、友達らしい友達が出来たためしが無かった。育ての親である八尾は彼に優しいものの、自分に求導師であることを強い、双子の弟である宮田とはまともに言葉すら交わしたことがなかった。
 そんな牧野に、初めて出来た友人と呼べる人間だったのだ、なまえは。

「牧野さん」

 なまえに役職でなく、名前で呼ばれると、ふと肩の荷が下りる様な気持ちになった。求導師ではなく、自分を牧野慶として見てくれる人はなまえだけだと、牧野はそう思い彼女に縋る。

「何ですか、なまえさん」

「何でもなーい」

 そう言って牧野の肩に寄りかかるなまえに、牧野もそっと、寄り添った。



友人というよりも、それは、