携帯のアラームで目が覚める。

「……なんじ?」

起きれないと困るから何十にもアラームをかけているので今が何時なのかわからない。
まだとても眠い。だって昨日は…


ハッとしてベッドから飛び出した。
携帯の時計を見たら表す時刻は7:44

「ちっ遅刻ーーーー!!!!」

8:10の電車に乗らないと間に合わない!家から駅はまあまあ近いけどやっぱりご飯は食べてられない!走らなきゃ!

私は今日も最低限の身だしなみだけ整えて家を飛び出し駅へ走り出した。




「はあ………はあ…」

走るのは得意ではないけど、毎日同じ道を走っていると、この道でのみ速くなれた気がする。

「間に合った…」

ぜーぜーと肩で息をしながら一番近くのドアから乗り込む。
同じ学校の生徒も多いのにあんまりにも息切れしているので皆じろじろ見てくる。は、恥ずかしい…


「…おや、大丈夫かい?」
「え…、渚先輩!」
「やあ、おはようなまえ。」

この声は、と顔を上げると、乗り込んだドアのすぐ横に渚先輩が壁に寄り掛かって立っていた。にっこり笑うのを同じ車両にいる女子生徒はきゃーきゃーとチラ見してくる。
…今日も素敵で何よりだわ。

「おはようございます!…この電車で会うの珍しいですね…。」
「なまえは毎朝この電車なのかい?」
「え…は、はい、まあ…」
「それにしてもギリギリだね。寝坊かい?夜更かしは体に良くないよ。」
「え、…だって、昨日だって渚先輩が…!あ、あのあと私一人で…!」
「昨日……?何の話だい?」
「…………いやなんでも」
「…ふふっ…そう?」
「…先輩はぐっすり寝れたようで」
「まあね。」
「…デスヨネー……」
「…なまえがいるなら僕もこれからこの電車で来ようかな。」
「えっ……で、でもこの電車は遅刻ギリギリの電車だし、や、やめた方が、」
「どうして?だってなまえはこの電車なんだろ?」
「や、まあ…そうなんですけど……。」
「それになまえが遅刻かどうかこの電車に乗ればすぐわかるし…ね」
「!」


それは……遅刻するなということか…!?
先輩はフッと笑うと近づいてきた。悲鳴を上げたい気持ちを抑え後退る。顔が近い…!


「これからは毎朝一緒に登校でもしようか。」
「や、えっと、あの、」
「駄目なのかい?」
「だ、駄目ってわけでは…」
「ふふ、そうだよね?」
「あの、ちょ、近い…」
「だってなまえは僕の…、」
「ちょっと、離れ…」
「恋人だもんね?」


いつの間にかどんどん後退りしていた私は、最後に肩をとん、と優しく押されるとガクッと後ろに下がり、入ってきたドアから電車を降りていた。


「…え?」


電車のドアが閉まる。ドアの向こうで先輩はとびきり素敵に微笑んでいらっしゃった。

かくして私が死に物狂いで間に合わせた電車は、呆然とした私を置いてあっさりと発車してしまうのであった。


行ってしまった電車の風を感じながら、まだぽかんとしてると携帯が鳴った。
メールだ。………………渚先輩?

『おはよう。良い朝だったね。昨日教えたホラーゲームはあの様子だとちゃんと一人で出来たようだね。怖かったかい?それなら何よりだよ。
今日のお昼休みも僕の所へ来るんだよ?命令だからね。僕の愛しい恋人、もとい、奴隷(笑)…待っているよ。』



「…………っあんっっの野郎〜〜………!」


(笑)ってなんだ!!ちくしょう!!
毎晩毎晩私が丁度寝そうになる頃電話かけてきて、無視しても何度も何度もかけてきて……
昨日はホラーゲームをインストールさせられて、途中までは電話しながらやってたのに「あとは一人で怖がりながら最後までやるんだよ、命令ね?おやすみ。」って勝手に電話切って、今度はこっちがかけ直しても出てくれないし!
びびりながら叫びながら一人で最後までやった。多分ちゃんとやらないと今日酷い目にあうと思って。気付いたら明け方だし数時間しか寝れないし…!寝坊もするわ!


なんでこんなことしてるのかっていうと私は渚先輩の恋人…という名の奴隷だから。

渚先輩の命令は絶対。渚先輩に嘘はつかない。
そういう約束。

ほんとの恋人なわけじゃないし、別に弱みを握られたわけでもない。やめたければやめれるけど…。


「はあ…」


ため息をつきながら次の電車を待った。完全に遅刻だ。
私は今日もおどおどと教室に入り、授業中は机に突っ伏してぐっすり寝て、昼休みはまた命令通り先輩のところへ向かうのだった。








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