「大っ体!僕を巻き込むほうがおかしいんだよ!僕は君らの保護者でなければストッパーでもないの!分かる!?ホントに君たちは入学式から・・」
闇医者を目指しているという頭のおかしな友人は文句を垂れた。喋るときには弾丸のように紡ぎ出される言葉の羅列に友人の隣を歩く天敵は今にも拳を振るいそうだ。
この男、平和島静雄から逃れる為に随分と走り回った。疲れ知らずか、コイツ。
共通の友人である岸谷新羅に連れられて俺たちは、教室へ今日も帰るよ何処までも。
第一章 -ぼくたちは、恋していく。-(2)
「――はい、では授業再開しますけども、」
この授業の担当が北駒でないだけマシだったが、臨時で入ってきたとかいうこの教師の気だるそうな声はやはり好きになれない。
既に先ほどの騒動など忘れてしまい、こっくりこっくり睡魔に抗っている生徒がいくらか見える。・・一人脱落者が増えた。
教師は眠っている生徒にも机の上に脚を置いて携帯を弄っている俺にも全く注意をしない。早く終わりたいのはお互い様か。
ちら、と視線を逸らすと、窓際の席が目に入る。二つの見知った顔はそれぞれ違う表情をしている。
一番後ろの席に座っている新羅はポーカーフェイスで黒板の汚い字をノートに写し取っている。
コイツとは中学からの付き合いだが、お互いよく付き合っていられるなと思うほどに俺も彼も歪んだ価値観を持っている。
新羅のツレであるあの首無しの運び屋には仕事を依頼することもあるが、新羅から聞かされるキチガイ話にはほとほとうんざりしている。
そして、その一つ前の席で頬杖をつき校庭の方を窓越しに見ている静雄。教科書通りの説明なんて興味ない風にボーッとしている。
こいつが一番やっかいだ。会ったその日から殺し合いをした、天敵以外の何物でもない関係。
馬鹿げた怪物並みの力は、あの大人しそうな顔からは微塵も感じさせられない。あの金髪も虚勢と受け取られてなんぼのものだろう。
「国民の権利第二十二条、あー、読んでくれるかな、えーと?平和・・島、君?」
急に名指しされ我に返る静雄。いい気味だ。慌てて教科書を開き索引を見る。目当てのページが見つかると、立ち上がって声を出す。
「あ、えっと、だっ第二十二条、『移住・移転及び職業選択の自由、恋愛の自由、外国移住及び国籍離脱の自由』・・・」
「はい、そうですね。これは昔この国「大日本帝国」が米帝国との戦争に降伏条件として要求された憲法改定例の一つです」
大日本帝国。それが我が国の正式名称。
かつてよりこの国はアジアでも名を馳せた軍事国家で、様々な弱小国、ヨーロッパの某国に手を出し勢力を増やしていった。
しかし調子に乗ったこの神国は、世界を束ねる米帝国にまでちょっかいを出し、ものの見事に玉砕された。
その傷跡として、原爆などの痕跡が現在も痛々しく残っているし、世界はそれを負の遺産として嘆きその地を訪れる。
はっきり言って、自業自得だと俺は思う。
「元あった憲法を少しいじっただけなんだけども、当時のものを改めて作り変えたわけだね、では、岸谷君かな、補足の部分を読んでくれるかな?」
そう言われて新羅は落ち着いて立ち上がった。
「はい、一、何人も「国家の意向に反しない限り」、移住、移転及び職業選択の自由を有する、二、何人も人種、信条、性別、社会的身分または門地問わず「恋愛または婚姻の自由」を有する、三、何人も、外国に移住し、または国籍を離脱する自由を侵されず、その逆もいずれも同じく侵されない、です」
フリーダム気質の自由の国らしいが、あんまりに甘すぎると思う。自由に特化しすぎじゃあないか?
確かにこの国は現在も俺でさえ目を剥くような莫大な賠償金をこつこつ払っていて、余裕なんてありはしないハズだが。
それに第五十八条の「朝食に紅茶かコーヒーを選択する権利」ってなんだよ。
「この憲法の中には「自由」という言葉がいくつもあります、その理由が分かる人は・・・」
起きている面々は周囲と顔を見合わせざわつき出す。例え俺の愛する人間だろうと、騒がしいのはあまり好きではない。新羅なんて答えが分かっているだろうに、それらの反応を見てへらへらしている。俺も同じだけど。
すると、そんな中発言があるということを示す挙手が上がった。
シズちゃん?
今までぼんやりと授業を聞いてもいなかった静雄がここに来て手を上げるなど。周りも驚きの目で沈黙した。
「あぁ、じゃあ平和島君」
はい、とゆっくり手を下ろすと、あの理不尽な暴力からは想像出来ないような淡々とした声で彼は言った。
「えと、確か外国が圧力かけてこの憲法を作って、差別化を無くすことで自分達が日本に入ってきても不自由なく過ごせるような計らいだって、・・本に書いてました」
ぱちぱちと、最初に拍手を送ったのは新羅。それに続く形で、教室が十数の拍手の音に包まれる。
なんか、気に食わない、シズちゃんのクセに。
「はい、その通りです、各国は日本を植民地、というほどではないにしろ、例えるなら別荘のような場所にしていずれは自分達が日本人だ、とでも言い出すつもりなんだろうね」
「え、それってやばいじゃん。」
「大丈夫なのこの国」
ざわざわとうろたえだす級友たちの声。
大丈夫なはずが無いだろう。世界は日本に逃げ場を求めているんだ。
裏で出回ってる動画を以前見たが、某国では地盤が崩れ大地が割れ、また別の場所では大津波が国を丸ごと飲み込んだという。
科学的に自分たちの国がそうなるのも近いと証明され、新しい住まいを探している。滑稽過ぎて溜め息が出る。
そうだな、この国も安全とは言われるが、ただでさえ地震が頻繁に起こっているこの国だ。
もう、長くない。
しかも数ある情報元から寄せられたネタの中に、「北国が対日本戦に向けて準備をしている」・・などの喜ばしいとは到底思えない情報がちらほらと見え始めた。
もうじき此処は攻められる。一応安全圏である親の現在の住処に妹たちと逃げてしまおうか。
俺の親は世界各国を回っていて、最近やっとヨーロッパのとある永世中立の小さな町に落ち着いたらしい。
俺も日本国籍を捨てて国外逃亡してしまおう。そんなことを前々から思っていた。
情報屋もグローバルな時代に突入するんだろう。世の中ネットがあれば生きていける。
でも、そんなことを考える度、いつも何故か脳裏を過ぎるんだ。
平和島静雄という存在が。
おかしい、何故あの単細胞のことを思う、俺はアイツをどうしたいんだ?
使用と思えばいつでも始末できたしサヨナラも出来た。なのにどうしてこの関係を保ったままでいた?
俺は静雄に、一体何を望んで、
キーンコーンカーンコーン。
授業終わりのチャイムが鳴る。
俺の考えは間抜けな機械音に一時強制終了させられた。