――――神さまってヤツを、信じるかい?
そう聞かれて、俺が答えるのは勿論「No」だ。
所詮そんなものはただの偶像崇拝で、苦しさのあまり古人が創った幻影であることなんて、ちょっと歴史の教科書を見ればすぐ分かる。
確かにこの国は自らを「神国日本」と呼んでいるけど、統治している天皇だって結局は人間だ。
俺は無神論者だから、この世で起こる奇跡ってモノもあるべき必然だと思っている。
調べてみれば、世界が今大変なことになっているのも知ることが出来るし、現在日本が何処かの国で戦争というものをしているのも今では誰もの常識だ。
それはなるべくしてなった、人間がとりなした結果。最初から決まっていたから驚くことも無い。
だからこそ、人は絶望することが出来るんだ。
抗うことが、出来ない代わりに。
だからこのどうしようもない焦燥に、背を向けることが出来るんだ。
第一章 -ぼくたちは、恋していく。-(1)
「―――で、あるからして――大日本帝国改定憲法は――――」
また、気の抜ける声の教師がテキスト通りの説明をしつこいくらい繰り返している。
チョークが奏でるテンポの狂った行進曲は、周りの生徒すべてに眠気を与える子守唄になっていた。
嗚呼、全く以って平和な午後だ。
遠い世界で戦争が起きていることなんて、本当は誰も知らないんじゃないか?ってくらい。
「次に国民の権利についての、えー、復習がてらだけどね、」
そう、戦争。現在日本は周りから群がる諸国列強に立ち向かう為日々奮戦しているのだとか。
理由は確か、ネット上の知人の確かな情報から言葉を借りると、世界は相当ヤバイらしい。
近頃起こる大したこと無い地震も、実は地球の裏側で大変なことになっているらしく、逃げ場を求めた外国は、未だ被害の少ない日本を欲しがった。
正直俺はその辺の国の情勢はどうでも良かったのでこれくらいのことしか知らないのだが。
国の機密情報に手を出すつもりもないし、それには結構危険な綱を渡ることになる。
俺は今のところは平穏な日常を求めて、このどうしようもなく退屈な授業を堪能しよう―――
「いぃざぁやぁあああっ」
当分、俺には日常なんてやってこないのかもしれない。
バン、と勢いよく開かれた教室の扉。地の底から這い上がってくるようなその声に誰もが驚きと恐れをなした表情で振り返る。
俺、折原臨也はありったけの皮肉を込めた、誰もに愛されるような爽やかスマイルで声の主の方を見た。
「やぁ、遅かったね。俺からのプレゼント、喜んでくれた?」
その先には染め上げた金の髪を乱し、泥で汚れた、ここ来神高校指定の制服を纏った、こちらを真っ直ぐに見る青年が佇んでいた。
顔全体に怒り一色の色を塗りたくったような表情から読み取れるように、その目は好意など微塵も感じられない、突き刺さる視線を俺に浴びせかけていた。
「やっぱり手前の仕業か臨也ァ!!てめっ、コレ汚れ落ちねぇぞコラァッッ!!!」
そう怒鳴って制服のあちこちに泥と共に付着した、生々しい血痕を見せる。嗚呼、皆ドン引きしてるな、絶対返り血だろうけど。試行錯誤してみたのだろう、水で擦ったような後がある。
がなり声がキンキン頭に響いて痛い。自分でプレゼントとか言っといてなんだけど、どれのことだろう。心当たりがありすぎて、どれがどれやら。
自分で墓穴を掘ることもないので、尋ねるのはやめにしておいた。
「ちょっとシズちゃん、言っておくけど授業中だよ?遅刻したんなら反省の態度を見せないと」
「・・・ッ!ふざけろよこの野郎ッ!!」
シズちゃん、というのは、この男―――平和島静雄に対して俺が付けた愛称だ。
その細い体とは裏腹に、とんでもなく厄介な怪力を秘めている静雄。最初は彼の力をいいように利用してやろうと近づいたが、・・その考え自体が間違いだった。
その力は俺の予想を遥かに凌駕して、俺の策を尽く覆す。天敵として対立する今は、静雄をどうやって抹殺するか、なんて出来もしない計画を練り上げては失敗している。
もう日課のように静雄にその辺のチンピラなどの刺客を差し向けて、暇潰しの嫌がらせ。俺は彼がコレをどう掻い潜ってどんなリアクションを見せるか、というのを考えるのが、実は楽しかったりする。
「まあでも、いつまでもここにいたらシズちゃんに殺されちゃうから、俺もう帰るねー」
俺は一日を学校で過ごしたとは思えないような少ない荷物をカバンに詰め込んで、いい終わらぬうちに窓を開けそこから「飛び降りた」。
絶句するような生徒もいれば、またか、と呆れる奴らもいる。静雄のコメカミに太い血管が浮き上がった。
「待ちやがれぇ、臨也ぁああッ!!!」
それに続けとばかりに同じく飛び降りた静雄。暫しの沈黙の後、教師が告げた一言。
「岸谷ぃ、お前、あいつら連れ戻して来い」
「・・・はい」
嗚呼、全く以って平和な午後だ。