まともな会話さえ無いものの、あれには一応「デート」とかいう浮ついた名前が付けられるべきものだったのだと思う。


傍から見れば仲の良い男子二人が外に遊びに出ているとか、事情を知らなければそう見えたのかもしれない。ある程度池袋に詳しければその二人が絶対に関わってはいけない危険人物であることが分かるのだが。


ついこの間まで毎日のように殺し合いの喧嘩をしていた自分達の関係が、最近改められるようになったということは今やこの町中の認識でもあるのだろう。


以前公衆の面前にてあの馬鹿の突拍子もない行為を人々に目撃されて、実行犯は大丈夫なんてことを言っていたものの、そんなはずがあるか。


いくら何でも、あれが噂だとか情報だとかの止まることのない大きな流れになって簡単に広まることくらいは分かってる。今回みたいな人から見れば信じられないような特殊なケースなら尚更だ。


恥とか以前にその時点で俺の人生が終わったようなものだが、無防備だった自分にも少しくらい責任があったのかもしれない。


だからと言ってアイツの行為を許せるはずも―――嗚呼、面倒だ。そんなことは思い出したくもないし、今更考えてどうこうなるわけじゃない。


つまりだ、男二人でろくな会話も無く外をぶらついて、ちょっと相手と離れてぼーっとしてたらどっかで見たことあるような顔の子供が二人寄って来て、すぐに帰っていったと思ったら、



気がついたら知らない場所にいた。






間章 -舞台裏で。-(2)







後ろから殴られて気絶した、それはない。俺の体の丈夫さなら自分が嫌と言うほど知っているだろう。


なら貧血とか、何かしら他の原因があるはずだ。そうじゃなければ、普通こんな風に「四肢を拘束」されて、こんな風に「実験台みたいな寝台」に寝かされているはずがないだろう。


辺りは暗い、密室の中で光源さえ見つからず、視線を動かしても周囲の状況を確認することさえままならない。分かるのは鼻をつく薬品らしき臭い。


さっきから持てるだけの力で自分を縛る拘束具を引き千切ろうと何度も試みているものの、普段から自販機やガードレールを簡単に引っこ抜くことが出来るこの力でもそれは出来そうにない。


というか、「持てるだけの力」ではないのかもしれない。確かに全力を出している、つもりだ。だが、目が覚めたその瞬間から、痛みさえないものの全身が痺れたように攣ってまともな感覚がない。


自分が横になっている寝台に埋め込まているのだろうこの手枷、これが今外されたところで俺は多分起き上がることさえ出来ないんじゃないか?


そんな思考を遮るように、外からの光が溢れた。望んでもいない展開と共に。



「もう目覚めたのかね」



暗闇に慣れた目に突然強い光が入って、視界が眩んだ。薄めた目を凝らし、相手のほうに顔を向ける。


口元を何かで覆っているのか、やけにくぐもった低い声。驚いた風に、しかし分かっていたかのような可笑しな声色だった。


おそらく中年代の男性だろう。明らかにその低い声はある程度年のいった成人男性のものだ。


男の向こうに見える外の光のお陰で少し当たりも照らされる。変な機械や、見慣れない設備が部屋の隅に置かれている。


だがそういえば、子供の頃、同じような雰囲気の機器を怪我をして入院するたびに何度か病院で見かけたことはあったかもしれない。廊下を通ると、たまに目に入った手術室の奥。


病院?それにしては何もかも違うこの空気。冷房もかかっておらず、全身を生温い空気が撫でる。暑さだけでなく、嫌な汗が伝った。


「手前か、俺をこんな場所に閉じ込めたのは・・・」


徐々にもとの視力を取りもどしてきた目で、相手を思い切り睨みつける。白衣を着ているらしいその男は、たじろぎもせずおどけて言った。


「馬鹿を言うんじゃない、私のようなか弱い成人男性に、活発さがとりえの青年の中でも特に君のような屈強な精神と強靭な肉体を兼ね備える未成年をどうにかできると思っているのかね?安心したまえ、確かに私は君の拘束を指示した張本人であり事の元凶でもあるが、断じて、神に誓って実行犯ではない」


よくそこまで舌が回るな、と呆れ半分で片眉を下げ、なぜか同じような人種に会ったことがある気がした。兎にも角にもこの男は堂々と自分を元凶であると自称したのだ。本当だとしてももう少し言い方というものがあるだろう。


「何にせよ手前のせいってことだよな・・・さっさとコレ外せ、真っ先にぶん殴る」


「生憎その要求には応えられん、その特注拘束具は例え麻酔を打っていても依然として人並み以上の力を発揮出来る君の行動を制限する為のものなのだからね、その拘束を解いて君が私に拳を振るうとしよう、いくら感覚が鈍っていようと私の骨を折る程度のことはたやすいだろう、つまり落ち着きたまえ」


さっきから並べているべらべらと長ったらしい御託は結局何が言いたいのかはっきりしない。はっきりした物言いのほうが好きな自分にとっては苛立ちを増幅させるだけだった。


そんな気分の変化を察知したのか、道化のようなその男は言葉の数さえ多いものの、今度は毅然とした態度で告げた。


「まあ、そう憤ることはない。池袋の喧嘩人形として名高い君を何の目的もなくこのような一般人が立ち入る機会の無さそうな場所に連れてきたのは他でもないのだよ、とあるこの国の行く先を決めることになるであろう重要かつ崇高な理由があってのことなのだ」


「・・理由だ?何が言いてえ」


テレビなんて殆どみないが、この男の身振り手振りの偉そうな態度の説明は、なんだか政治家か何かの演説によく似ていた。


腹は立つし言っていることの大半は意味の分からないものばかりだが、何故か話に引き込まれる。さっさと終わらせて欲しい反面、釈然としないこの状況を早く片付けて欲しかった。


「要するにだね、」


やっと一息ついて、ほんの数秒だけ間を空けた、わざとらしいほどに。



「国の為に戦ってくれないかね、君」



声を出す間も無く、部屋の中に数人の白衣の男達が入ってきた。抗議の言葉を叫ぼうとするが、耳に自分の声は届かない。喉の奥から叫び声どころか音の一つだって発した感覚がない。


あれ、そもそも俺は今なんて言ったんだっけ。ぐわんと脳みそが揺れるかのようで、視界は逆にクリアに見えた。鮮明な世界には、注射器を持つ眼鏡の男。感嘆するように声をあげる壮年の男。でも何を言っているんだろう、聞き取れない。針が体内に入り込む。異物が侵入してくる。俺は何を今叫んでいるんだろう。これは痛いものだったっけ。そうか、そうだ。これはいたいのか―――。




「っああぁぁああ゛あアあぁあァアアああ!!!」




血の流れと共に体内を巡る痛み。何に対してどう痛いかなんて分からない。ただ「それ」は血管から肌を突き破るように激しく進むのだ。これ以上ないくらいに目を剥く、周りには何人もの男達がいた。うれしそうだった。うれしそうだった。


感情の昂りを隠さないまま、一人が何かを持ってきた。それが何なのか知らない。刃物で胸を裂かれた。メスだろう。すぐに塞がる。痛くなんてない。心臓のほうが痛い。いたい、いたいいいたい。何度も切られてようやく開いたそこにそれを詰め込んだ。何かなんて分からない。嗚呼、何か入ってきた、そんなことどうでもいい。はやくこのいたいのどうにかして、あ、も、どうでも、












「まさか、本当に実現するとは・・・」


「とりあえず、空想論が机上論として成立した訳だ」


「今、上に連絡を」


「何にせよ、これで、この国は大きく進歩するということだよ」



もう、どうでもよかった。







「―――いざ、や」



自分で発した声さえも、自分で聞き取れないほどに。


もう、なにもかも。








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