「放課後、図書室に来てください」


机の上に放置したままだった教科書に入っていた便箋には、それだけの一文が丸っこい字で綴られていた。





―堂々巡り―






自分だってそこまで馬鹿ではないのだ、この手紙が指している意味くらいは分かる。だが書いた相手がどんな人だろうとその気持ちに応えられないのは分かってるし、何よりも。


「・・・物好きだよな」


誰に向かって言うでもなく、一人呟く静雄。脱色したせいで痛んだ頭をかきむしって盛大に舌打ちしても、誰からの返事も聞こえなかった。


時折擦れ違う生徒たちはそんな自分に対し何を勘違いしたのか悲鳴にも似た声をあげられ走り去られる。そのことに苛立ちはしたが、その判断が間違っていないのだ。自分を見たら、早々に逃げてくれたらいい。さもなくば手当たり次第やつあたりしてしまいそうだから。


自分は人を傷つけることしか出来ないのだから、この手紙の主がどんな用件で自分を呼んだところで、結局結末は同じだ。


もし今自分が想像している送り主の用が本当に想像通りだったとして、どうせならば送り主が特定の一人だったら良かったのに、と頭の片隅で思う。


しかしそれは決して認めたくない本音でもある。静雄はその相手を思い出して腹立たしげに舌打ちした。


忌々しい、忌々しい。


何故自分があの男のために一喜一憂せねばならないのか、しかも一方的に。考える度に静雄の表情は険しくなっていった。


勿論、可能性的にはそんな馬鹿なことがあるか、と苦笑混じりに割り切って、目的地の扉を開く。


それなりに蔵書の数も豊富な部屋だ。窓が開いているのか、グラウンドで練習中の野球部のやかましい声が聞こえる。あまりここを利用したことの無い静雄だが、流石に司書の人間もいないのに鍵が開いていたことに違和感は感じた。


送り主が開けたのだろうか、たまたま担当の者がいないだけなのか。どちらにせよ嵌められたということを除けば誰かがここで待っているはずなのだ。静雄は自分より背の高い本棚の林を進んでいった。


窓から入る声はその先から聞こえている。必然的に、そちらに目を向け、耳を傾けることになる。真っ白いカーテン、壁に密着した低い棚。窓に背を向け、天の羽衣を纏うようにカーテンを背景にした黒一色。


やっぱりか、と目先の青年を睨みつける。にやりと口端を吊り上げ、折原臨也は愉快そうに笑った。


「やあシズちゃん、何でこんなところにいるんだい?」


わざとらしく芝居がかった口調で尋ねる臨也に、静雄の怒りは徐々に募っていった。しらばっくれるな、と口にする気も起きなかった。結局自分はこの男にまんまと嵌められたのだ。


そんなに自分の思い通りに事が進んだのが楽しかったのか。こちらを見つめるニヒルな笑みが、理解できなくて気味が悪かった。


「まさかラブレターかと思った?馬鹿だねえ、自分が誰かに好いてもらえるような人間だとでも思ってたの?」


一々癪に障る言い方で、それでいて人の心を性格に抉る狂言。そろそろ殴ってもいいかと拳を固く握り締めると、何を思ったか臨也は静雄のほうへ一歩一歩踏み出した。


静雄と臨也の瞳が真っ直ぐにかち合った。身長差のせいで静雄が見下ろす形になるが、どんどん近付く距離に自然と身体は強張った。


「でもね、シズちゃん」


臨也の左手が静雄の頬に添えられた。俺は、と鼻先が触れ合いそうなほど近くで囁かれ、その吐息が唇に当たる。


触れている手は冷たいのに、嫌に暖かく感じる。分かっているのに、臨也の手を振り解かずになされるがまま、強く目を瞑った。


顔はみるみるうちに火照って、鏡を見なくても真っ赤になっているのは分かる。それに気付いて、しまったと後悔する。この熱が臨也に伝わってしまう。


だが何秒経ったのか分からずとも、先程から臨也は全く動かない。ただ静雄の顔に手を当てただけで、目を閉じている静雄は臨也がどういうつもりなのか見えていない。


薄く瞼を開き様子を窺おうとすると、臨也の人差し指が見えた。


額を弾かれて反射的にまた目を閉じてしまう静雄。心の底から可笑しそうに声をあげて笑う臨也。


「まさか、真に受けた?」


「手前ッ」と抗議の声をあげるとまるで反省の色は無い口調で臨也は、


「何、キスされると思った?ある訳無いじゃん、在り得ない」


こちらが限界まで怒ることを期待するように揶揄する。


「シズちゃんってさ、こういうのに弱いよね」


バイバイ、と別れを告げるように捨てゼリフを吐き、そのまま逃げるように駆けて行く姿は、悪戯を成功させた子供みたいだった。悪びれるつもりの毛頭無い背を一人見送って、静雄は自分が入ってきた道筋を振り返った。


窓に背中を預けて、肩を落とすと同時にその場に腰を下ろす。脱力したら起き上がる力も抜けていったのか、無気力に大きく息を吐き出す。


死ぬほど悔しい、そんなことは無いと思いたい。


でも、



―――何で俺、あんな奴のこと好きなのかな。



グラウンドから、運動部らしい元気の良すぎるかけ声が響き渡る。窓から吹いた風は、白いカーテンを小さく揺らしていた。






―堂々巡り―






頭の中に回る想いは、気付いてもらうべきですか。


壊れてしまう関係なら、貴方から、どうぞ。










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