折角受かった高校を中退して、軍隊なんてものに入隊した俺は一年ばかしの派遣を乗り越え、結局この国に戻ってきた。
俺を含めてろくに銃も握ったことのないガキにいきなり「本番」とか、由緒あるこの大日本帝国は大丈夫なのかとか思いながら故郷の土というかコンクリートを踏んだのだが、思ってても口にするんじゃなかった、口にしてねーけど。不幸か天罰か、本当に大丈夫じゃなかった。
親父の左官屋手伝いながら学生やってた頃が懐かしい、つーかそれも放っぽり出して戦場経験してきたんだから今更帰れるわけもないか。家のためにあんな血生臭いところに首突き出してんだから、俺の給料受け取ってりゃいいんだが。二等兵にも満たねえ素人でもそれなりに稼いでるんだから、家族の腹の足し位にはなってるだろうに、まさか「息子に養われるには早い」とか言ってつき返してないだろうなあの親。
流石にそれは考えたくないとして、一応お国を支える組織とか言うんだから入隊の為の試験とか、せめて一年の研修期間みたいなものでも設けてるものかと思ってたら、俺に待ってたのは同じく同時期に入隊した十数名とのそりゃあもうデンジャラスな海外旅行だった。
勿論南の島でバカンスとかそんな楽しいもんじゃない。平和ボケしてた「元」一学生にとって、母国の兵隊さんが国の外で何やってたかなんて想像するに難くなかったが、それでもそんな、つい最近まで青春真っ只中だった俺がちょっと中退して仕官したくらいでそんな。
いきなりあんな血飛沫舞う戦場に送り込まれるとか、普通ありえねえだろ。
間章 -舞台裏で。-(1)
送り込まれた先で上官と思われるおっさんに手榴弾やらなにやら渡されて、「これ敵に投げつけてこい」とか命令されたり「敵情視察してこい」だの人を人としてみてないような扱い受けて、本当に今こうして生きてるのが不思議なくらいだが、世の中そんなにうまくいくことはないのか、俺と同時期に入ってきたガキとかおっさんとかの十数人は、一ヶ月、一週間経たねえうちに半分も残らなかった。
明日は我が身以前に、今日を無事に過ごせるかも分からない前線に放り込まれて、安心とか出来るはずもない日々を乗り越えられたのだから、きっと俺は凄いのかも知れない。主人公補正とか掛かってるのかもしれないとか、アホみたいなこと考えないとやってられなかった。
おまけに上官に向かって「これって何の戦いですか」的なことを聞いてみたら「んなもん俺が聞きてぇよ」とのことだそうで、大体上の指示に従って行動してるから余計なことは考えなくて済むんだと。はっ倒してやりたくなった。
撤退命令が出たら傷の癒える間も無く次にまわされるから、またかと思って萎えてたり、この場から一瞬でも離れられると思って油断してたら即流れ弾が飛んでくる。それが俺の中のジンクス。
そりゃまあ戦場なんて殺される為の場所で、その覚悟があって自分から志願したんだから、もう後戻りできねえし。
でも肝心な「人を殺す」覚悟が最初のうちは出来なかったから、戸惑うこともそりゃあったよ。同期の奴らはそれが出来なくて頭ごと吹っ飛んだのだから。
小学校くらいのときに命は大切に、なんてことを常識の範囲で教わったのは覚えてるが、生憎あそこがそんな場所じゃねえことは一回目でよく分かった。
実家に残してきた家族に申し訳ねーなと思いつつ、こうして生き延びることに成功したのだから褒めて欲しい。
祖国に帰って来ても、家に帰れるわけじゃねーんだからぬか喜びもいいところだ。留守の間に東京は半壊、別に俺がいたところで助かりゃしねーけど。
正直基地に入るのはまだあんまり慣れてなかった。それは俺と一緒に駆り出された生き残りの奴らにも言えることだし。
一週間くらい宿舎で生活してると、本当にこの間までの自分が嘘みたいに思えるほど平和でだらけた一日ばかりで、一気に緊張も解けてしまう。当然訓練とかもあってそれなりにキツイスケジュールなのだが。
次に出撃命令が出たらどう考えても死ぬな、落ち着いてそう確信できる自分が気味悪くなることにも慣れた。最初に遺書だって書かされた。その意味が今でも分からないような奴なんてもう流石にいないだろう。
俺たちが今までやってたのが、ちょっとした小競り合いだと知ったとき、本当に遺書書いといて正解だと思った。一年前はまだ公に自衛軍が「あーいうこと」してるとは一般に聞かされてなかったし。
昨日の朝礼で正式に開戦が決まったことを知らされた。まだ始まってなかったのかよ、という率直な意見を漏らす奴もいれば、やっとかよ、と呟く中尉のおっさんもいた。
そんな中で、二等兵同士のまるで信憑性のない話を小耳に挟む。というか無理矢理教えられた。
世間を騒がせる東京大空襲の再来、そこで初めて実戦投入され、その桁外れの実力を見せ付けて以降、各地の敵対勢力を蹴散らしてきた最新型の殺戮兵器が自衛軍に存在するらしい。
東京が襲撃された際、何にも属さないその兵器は空軍よりも早くに現場に到着、池袋の被害が他のどの地域よりも薄かったのはソレが現れたお陰とも言われている。
空軍の奴らが到着した頃にはあらかた片付いていて、自衛軍が来たことを確認するとソレはまた別の地域へ飛び去っていったらしい。飛び去ったということは空軍の兵器ではないのか。
その手の噂には興味ないが、もし実在するのならどんな姿をしているのか見てみたい気もする。
そんなことを考えながら次の訓練に遅れないよう廊下を歩く。最近になってやっと道順を覚えてきたところだから対して変化のない風景にも気を配らなければ。と分かってはいるがやはりさっき聞かされた話が気になってしまう。
曲がり角から走ってくる足音にも気付かないなんて、ここが戦場なら真っ先に死んでるタイプだろ、俺。
「ッうお・・!」
ぶつかったのは人であるはずなのに、まるでダンプカーに跳ねられたような強い衝撃に、それなりに体格のいい俺が吹っ飛ばされた。
頭を思い切り壁に打ち付けて、悶絶する。手で押さえたところで痛みが治まるわけじゃないのに。
「・・・大丈夫か?」
俺にぶつかったダンプカーがこっちに手を差し伸べる。素直にその手を取ってみると、意外に細くて白い腕。何より、死体みたいに冷たい掌。
全体的に痩せ型で、本当にぶつかったのはこいつか?と思い相手の顔を見て、絶句した。
「・・・平和島静雄?」
池袋最強と名高き同級生。周囲に己の力を警戒させるようなぎらつく金の髪。整っているものの不機嫌そうで隙のない精悍な顔。
自分の知っている喧嘩人形が、目の前に。
「え・・・んあ、誰だっけ」
全く記憶にないように、頭を掻く静雄。覚えてなくても当然か、向こうとは直接面識がないのだから。
だが、そんな奴が何故こんなところに。
「悪い、ちょっと第三会議室ってどっちにあるか分かるか?」
第三会議室。自衛軍東京本部であるこの基地では、度々お偉いさんが集まって重要な会議をするらしい。
主に作戦会議に使われるあの部屋には、清掃員を除けば一部の人間しか入れない。俺のようなひよっこが入室することはまずありえない場所だ。
「あ、おう。とりあえず宿舎を抜けた先に進んでって・・・」
一応各部屋への道筋は暗記してある。いつどんな指示が出されるかも分からないから。しかし当の静雄は俺の説明があまり理解出来ていないらしく、眉間に皺を寄せるだけだった。
そんなに難しいこともないのだが、俺の説明の仕方が悪かったのかなと相手の様子を窺っていると、静雄はおずおずと切り出した。
「えーっと、・・・もし暇だったら、お前連れて行ってくれねーか?」
何でこんな事になったんだ、迷子の池袋最強の男を送る羽目になるとか、どんな悪いことすればこんな事になるんだ。
正直言って会議室までの道程は覚えているが、実際向かったことはない。あの辺は上官だらけで探検する気も起きやしないし、自分がその中にいるのは大分場違いな気がする。
道間違えるとか、下手すりゃ殺されるか?俺。
そんな場所にこいつはどうして、と疑問に思っていると、逆に尋ねられた。
「なあ、俺とお前って会ったことあるっけ」
多分面識もないのに自分の名前を知ってたのが引っかかってたのだろう。有名人が何を今更、とも思うが、正直に答えることにしておいた。
「あー、俺、門田。一年のときまで来神だったんだが・・・覚えてねーよな」
それで納得いったのか、少し静雄の警戒が解けたように見えた。
「・・まあ、良いようには聞いてねぇよな」
中学の頃から、自動喧嘩人形のことは耳にしていた。都市伝説程度で真に受けていなかったし、そんな人間がいて溜まるかと笑い飛ばしたりもしていた。その実態を目撃するまでは。
自動販売機が乱舞するなど。生身の人間がいとも簡単にガードレールを引っこ抜く姿など。信じられるはずがないだろう。
来神の入学式で、初日からその馬鹿げた力を目撃することが出来た。なんつー学校に入っちまったんだ、と後悔が二、三割。残りは言わずもがなだが、ただただ目を疑うばかりだった。
「お前も、軍に来てたんだな」
そう言うと、少し俯いて「・・・ああ」お前は?と聞き返してくる。
「いや、軍人ってそれなりに高給だろ?ちょっとでも家計を救ってくれたらってな・・」
そんなことを話してるうちに無事会議室前まで着いたようで、体中の力が抜けるかのように安堵の息を吐いた。
だが、ドアの向こうから低い声が聞こえてくる。何か議論をしているようで、とても入ることの出来る雰囲気ではない。
(あれ?会議中・・・)
だがそれでも構わず中に入ろうとドアに向かって進む静雄に、「おい、入るのか?」と尋ねようとするが、言い切る前に扉を開き、静雄は振り返った。
中に居た中年、壮年といったところの男達は静雄に気付きこちらを見る。中のピリピリとした空気がこちらに伝わってきて、気圧されそうになる。
静雄はそんなもの全く気にせずに、俺の方を振り向いた。
「ありがとな、門田」
案内してくれて。暗い部屋の迫力と、静雄の言葉。何故か、嫌な汗が流れた。生唾を飲み込めば、更に心臓が早鐘を打つ。
「もう、迷わねえから」
話に聞いていた喧嘩人形は、話とはまるで不釣合いで、それでいてよく似合う「心」からの笑顔を浮かべた。
心から俺に感謝しているように礼を告げ、会議室に入ってドアを閉めた。あんなものに心があるのか、と首を傾げたくなったが、「人」なのだから当然か。
だが、何も言えない自分をよそに閉じられた扉。近寄りがたいというより、はっきりと向こうから拒絶されている、何故かそんな印象だった。