自分を酷く嫌うように設定した静雄は、忠実に、臨也に対して反発した。


だがそれも悪態をつき、臨也の言葉を無視するという程度だった。


俺のことを見れば、迷わず殴りかかるくらいに、出来るだけ嫌ってくれ。臨也はそう命令した。


まだ、足りない。


何処までも、歪んでいる。そう自覚せざるを得ない自身の欲にどうしても笑いが込み上げてくる。


そんなマイナスからのスタートを切りたいという自分の考えは、この人形には理解できないのだろう。





―糸の無いコッペリア―/第三幕






「君は、俺に危害だけは加えないんだね」


静雄は臨也が部屋に入ってくるのを見ると途端に不機嫌な顔になった。


特にすることがなければ、この部屋で待機するように最初設定しておいた。その辺りは変更していないので静雄はソファに座り背からのびるコードから電力を供給している。


臨也は静雄の肩を抱き、身を捩って離れようとする彼の身体を両腕で包む。


やめろ、離せと訴えるが、強く押し退けることはしない。この辺りが、「人」と「所有物」の違いかと臨也は目を細めた。


そのことを尋ねると、静雄は口悪く簡潔に答えた。アンドロイドが主人に手を上げることは元々のプログラムにより抑制されているのだと、出来ないのだと静雄は言った。


「それに、こうして俺に質問されれば分からないこと以外必ず答えてしまうっていうのも、マスターの特権みたいなものだよね」


すかしたような態度で静雄の髪を撫で、その顔を自分のほうへ向ける。秘書には彼が臨也を嫌うようになってからも度々このような姿を見られている。彼女自身愛情については人と180度違う価値観を抱いており、雇い主の異常な感覚を表面上理解している。しかし今回ばかりは優秀な秘書であろうと臨也の考えを察しかねるらしく、会えば冷ややかな視線が突き刺さる。


静雄は眉間に縦皺を刻み、殺意を剥き出しにした目が臨也を捉えている。その瞳は、「嫌」という文字をそのまま具現化したような、ナイフさながらのぎらつきを見せていた。








「臨也ってさ、ちゃんと話してるように見えて実は言ってること支離滅裂だよね」


高校を卒業して以来だろうか、この友人の部屋に訪れたのは。臨也はさぞ高額なのだろう座り心地の良いソファにもたれかかり、周囲をざっと見渡した。


首のない運び屋に仕事を依頼する際のほんの気紛れついで、やって来た友人のマンション。家具の配置は昔と大して変わらないが、旧友の服装が最近よく見るようになった白衣で少し違和感があった。若手の研修医に見えてもおかしくないその格好は、自分が大学にいた頃にたまに顔を出してきた当時の白衣と変わらない。昔から言っていた「闇医者」というアウトローな職に就くという夢を叶えてみせ、悪びれもせず構内にやって来ては会話をした。彼の同居人への依頼や、世間話をすることが何度かあった。ただ、部屋にお邪魔させていただく、という機会はなく、彼の白衣をこの室内で見るのは初めてだった。


高校時代の制服は、前にまだとって置いていると本人が話していた。今それを着ても顔立ちがほぼ変わっていない彼、岸谷新羅が高校生の中に混じって浮くことはないだろう。


しかし私服も白衣で外に出るのも白衣とは、と改めて新羅の奇人振りを笑った。


「自分の事を棚に上げるなよ、この人間フェチ」


変わらぬ笑顔に悪意こそ感じないものの自分が小馬鹿にされているのは分かる。今ばかりは人のことは言えない臨也は肩を竦めて新羅を見た。


客人に気を使う様子など微塵も感じない空気に、なぜか居心地の悪さを感じはしなかった。つけたままの薄いテレビのモニターは、派手な光とともに騒がしい笑い声を発している。


ほんの気紛れついでで、世間話でもするように静雄の存在を教えた。いくら妖精と同居していて、その上その彼女を心から愛しているほどの変人でも、突然「アンドロイド」などという単語を出されては驚いてもしょうがない。


「しかも同性・・っていうのかな?の機械相手に愛してる?」


普段は新羅のほうが自らの惚気を惜しげもなく披露して、臨也を疲労させていたものの、流石に戸惑いを隠せなかった。


「何、一目惚れして無理矢理手に入れたくせにいざ手元に置いたら愛想尽きちゃったってこと?」


「そうじゃない、人として愛したいんだよ」


だからそれがいまいち分からないんだよ。新羅は嘆息した。


「臨也の性癖について言及する気は毛頭ないけど、一つだけ言わせてもらうとすれば、君は一体何がしたいの?好き合ってるのに一生嫌いでいて欲しい、でも愛してくれって矛盾以前の問題だよ?」


二つ言ってるじゃないか、というくだらない反論は胸の内に留めておいた。臨也も自分が言っていることの理屈が通っていないことには気付いている。新羅相手に分かって貰おうとも思っていないが、結局言いたいのは何だ、と聞かれれば困るのが自分だ。そんな本音など露知らず、案の定新羅は言い放った。


「とどのつまり臨也って、物凄いマゾヒストってことだよね」


飲み物か何かを口にしていれば噴き出してしまったであろう酷く心外な発言に目を見開く。全く悪気があるのかどうか掴めない眼前の友人に頭を痛くするものの、一応話を聞いた上での新羅の結論はそういうことらしい。


「ああ、言い方が悪かったかな、一言で表せばそういうことかなって」


「・・・まあそう受け取ってもしょうがないさ」


苦々しげに強張った笑みを浮かべる臨也。液晶の中から聞こえるバラエティー番組の大きなBGMはさして気にならなかったが、ここにきて初めて新羅が「テレビを消そうか」と切り出して自分の近くにあったリモコンを手渡した。


音が消える。それだけでまるで別の場所のように空気の流れが変わり、自然と臨也の目は細まった。


「よく言えば、臨也はデータ云々よりちゃんと相手に振り向いてもらいたいってことだよね」


「君は人の気持ちを代弁するのが上手いよ」


褒め言葉と判断したのか、少しはにかむ新羅。臨也としては、自分にも理解しがたい感情を見透かされ、あまり気分がよい訳ではなかったのだが。


「人を見透かすのは君の専売特許だからね」


新羅の笑い声だけが広い室内に響く。「コーヒーでも飲むかい?」という誘いを丁重に断り、臨也はコートを羽織り立ち上がった。


元々の用意されたパラメータで満足したくなかったのか、そんな二択の問いかけにすらまともに応えられないのは、全てを知っているフリをしている自分のぼろが出るのを恐れているからだろうか。


「また、何かあったら報告しようか?」


皮肉交じりに嘲れば、願い下げだと返される。玄関を出れば、まだ寒い外の風が暖房で温められた己の身体を冷やすだろう。


ここからは、自身の問題だ、と割り切って考える。背後の新羅へ振り返らずに手を振った。やはり冷え込む帰り道を歩いていくその様は、およそ情報屋には似つかわしくない姿だった。


さて、何から始めようか。







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