信じられないが、確かについ先日、東京は空襲にあったのだ。


辛うじて普及しているメディアは、その話題で持ちきりだ。数十年前と違ってこの国は近代的に、情報社会として発達している。


ディスプレイに映るのは主に東京都の中心地の崩壊。同じようでどれも違う、痛々しい、かつて街であったもの。


都心にはもうコンクリートと判別できない焼け焦げた瓦礫の下で、埋もれ嘆き苦しむ人間の阿鼻叫喚。


そんな様でさえ、変わらず愛することの出来るこの性癖はどうすることも出来ないので、処置を施すことはしないのだが。


それにより、一日で百万人を越える被害が出た。そのうち死者は分かっているだけで十数万人。


多くの愛すべき人間、建物が破壊されながらも、自衛軍の決死の活躍により最悪の被害は免れたという。


短い時間でこれだけの情報が出回っているのだから、生存者は聖人、目撃者は仏、報道は大明神、マスメディア様々だ。政治の主要都市以外の被害が薄かったのが幸いしたのだろうか。


どちらにせよこれがこの「戦争」で大日本帝国初の被害なのだ。首都である東京が最初の攻撃なら別に予想出来てもおかしくなかったはずだ。


そして、詳細が無くとも、池袋がいつもどおり平凡に、高校の授業を行えるほどに被害が少なかったのは、


静雄がいたからだ。






第四章 -最後の日々-(2)







俺の身近な知り合いで、大きな被害にあった者はあまりいなかった。そのせいかあまり実感が湧かないのだ。


少し前まで爆撃機が空を飛んでいた街で、休校にならなかったのが不思議なくらいだ。いくら被害が殆ど皆無の状態だからといって、当たり前のように授業があるのはどうなんだろうか。


当然欠席者も数名いて、緊急の集会と教師からの注意事項などが主で、終われば何をするでもなく、自習のついでにおまけのように割り当てられた数学の午前中までのものだった。退学届けなんて出す暇など無く、俺は考えるだけだった。


あの時の静雄の姿を見てそりゃあ気が動転しない方がおかしい。何か言えた訳ではないが。


俺の読みが正しければ今回攻めてきたのは確実に北軍だ。軍事国家である北国の連邦は、元々米国とは敵対関係にあった。


数日前に日本と米が同盟を結び、軍隊を派遣するなどの約束が取り付けられた。それは北への敵意をはっきり見せ付け、宣戦布告したことにも繋がる。


政府は政治の水面下で既に開戦の意志を固めていたようだが、一部のお偉いさんや俺のような者と違って、普通で一般の国民たちにとっては衝撃だったろう。


当然近いうちに発表もある。その際驚きや不安、恐怖で揺れる人間たちの表情を見ることが出来るのが面白そうだと思っている自分に嫌気がさす。


そして、日本の首都へ襲来した数々の戦闘機。撃破されて街に落ちてきたそれの破片には堂々と白いペンキで北国の言語が記されていた。


これから同じような攻撃は何度も来るだろう。この国から俺は逃げ遅れた。


あまりに現実味の無い出来事も、現実に対する俺の免疫が曖昧なせいでどうにも夢か現か判別できなくなっている。


だがそれは現実という姿でどこまでも自分達を追いかけてくる。実際に妹たちの通う小学校が半壊して、一ヶ月近い休みをもらっている。


転校の手続きをする手間が省けたねなどと暢気に笑っている二人だが、今の日本の状況を知りたくないとでも思っているのか、最近一切テレビを見なくなった。まあ幾つかの局も被害を受けているし、普段あいつらが見ているような番組は当然特別番組の、現状を伝える最新情報へ切り替わっているのだから見ようとしなくても不思議ではないし、俺の考えすぎか。


小学校に入学した頃からか、きっかけには心当たりしかなくとも、二人の行動がおかしくなり始めた。俺の影響以外の何物でもないだろう。おかげで扱いがたい性格になりやがって、保護者の身にもなって欲しい。


学校側から新たな受け入れ先が決まるまで連絡が無いのは手を抜いているのか離せないのか、それよりも親のもとでの生活のことを先に考えるべきか。


いいや、もっと先に考えるべき事があるだろう?


池袋の危機に立ち向かったといえば聞こえはいいが、機械的に目標を破壊し、幾多の人の命を奪っていたのは、紛れも無いあの「静雄」だ。


あの後何度夢と思い込もうとしたか、いくら自分の周りが望むべき非現実で渦巻いていようと、あんな「現実」を受け入れられるほどに狂ってはいない。いっそ清々しく「オカルト」と公言してしまってもいいくらいに、そんな馬鹿げた話があるかと笑い飛ばしてしまいたかった。


今まで彼の暴力の中で一度も死人が出なかったのが不思議なほどの力を持つ静雄だが、一時の怒りや不快感などでなく、明確な殺意を持って人を傷つけたのは俺くらいのはずだ。


苛立ちから「殺す」という言葉を発していたことは数え切れないが、怒りが通り過ぎればちゃんと後悔もする。言うなれば沸点が低く力があるだけの「普通」の人間だ。


静雄が生まれつきあんな能力を持っていた訳も無し、本人がそういう身体に「された」と言っていたのだから、やはりシネマから消えた後、何かされたのだろう。普通の人間の身体から当たり前みたいに金属の羽が生えてたまるか。


日本の科学はそれほどまでに進んでいたんだなと感心している場合でも、突然すぎる急展開に後込みしている場合でもない。


事態は、俺たちが屋上で話したことほど、甘いものではなかった。


軍から直接命令が降りるということは、バックに国家レベルの絶対権力が存在するのは間違いない。身体を弄られて超人並みの力を得るなど、何処の世界のショッカー本部だ。


元々静雄は超人みたいなものだったという事実はこの際無視して。


あの日見たのが紛れもなく違うことのない静雄本人、その真実が無かったことになれば良かったのに。


ただ俺は、静雄から感じた血の臭いとその肌の冷たさを忘れたかった。



『何か俺、国家の最終兵器になっちまったんだとよ』



あんなにも、あっさりと言うものだから、軽く見ていた訳でもないのに笑ってしまったじゃないか。


何が大丈夫だ。大丈夫なはずが無いだろう、そう憤って怒鳴ってしまえば良かったのか。


どの道解決なんてしていない。もう何時間も前からあの静雄について調べているのに、まるでその実態を掴めていない。


違法な行為で政府のコンピュータを覗こうかとも思ったが、危険な綱を渡ることになる。今は特に警戒態勢を解ける状態ではない。いつ敵国が覗いているかも分からないというのに、油断しきって胡坐を掻いているいる政府が存在して堪るか。


誰だってあんなことは夢だと思いたい。しかしあるのは紛れも無い現実だ。何度自問自答すれば気が済むのか、大体そのリアルに一番直面しているのは静雄自身のはずだろうが?


別れ際に、見せられたあの力強い笑みは本当に本心か、疑ってしまいたくなる。大丈夫な訳が無いと断言してしまいたい。


そもそも大丈夫ってどういう意味なんだ、丈夫なだけでどうなるんだと聞いてやろう、大丈夫という言葉で大丈夫を信じることの出来る保障は何所にある。


何でも知っているフリをして、何も知らないのは俺だけだと、自覚してしまいたくなった。


事実、俺に何が出来る。帰宅してから部屋にこもってパソコンと睨めっこして、それで何か一つでも打開策は出たというのか。


ついこの間まで殺したいほど嫌っていた相手を好きになった。そして想いを告げて結ばれて、そんな何所にでもは無いハッピーエンドで良かったはずだ。色々とありすぎて、方向性を見失いがちな関係も、もう少しでうまくいきそうだった。だのに、


何所で間違ってしまったのか?


避けられなかった運命も、何所かで回避できるきっかけは存在したはずだ。逆に考えれば、きっかけがあったからこんなことになってしまったのだ。


起こってしまったことに対し、今更防ぎようがあったなどと考えてもどうしようもないということは、よく分かっていた。だが、考えて、改めて、絶望しそうになった。


何故よりによって静雄が選ばれたか、なんて。そんなもの、考えるまでも無いことを、今になって思い出す。


あの、「圧倒的なまでに人間離れした力」だ。


静雄もそのことには気付いているだろう。今日だって、「実験に耐えられるのが、自分だけだった」と自ら口にしていたのに。


そして、避けられるわけが無かったと案の定肩を落とし、ディスプレイとまた向き合って先程受信したE-メールを開いた。


どれもこれも空襲の実態や状況について知りたいというものばかりで、普段のような社会の闇を闊歩する人々の欲しがる情報は実に手持ち無沙汰でもあり、だからと言って放置するわけにもいかず知っている限りのことを返した。


当然、静雄のこと以外。


返ってきた返事を見ると、どうにも満足はしてくれなかったようで、一応力及ばなかったことを詫びておいた。


そこで、ふと思い出したのは、静雄の交換日記の返事のことだ。


すっかり蚊帳の外にしていた。受け取ったまま帰りの道中で開く気にもなれず、帰宅するなりそれを机の隅に放っておいたまま調べ物を始めてしまったのだから。


手を伸ばして、その大学ノートを取って開いた。一ページ目の静雄のそれは、何度読み返しても飽き足らないくらいに微笑ましく、喜ばしい。平仮名が多くて、大きくて汚い字。何より大切な文字の羅列が静雄という人物を教えてくれる。


二ページ目の自分の文章は読み飛ばし、隣の新しい文字に目を移した。


一ページが埋まるほどの量に少し驚いたが、俺は順にそれらを読んでいく。


それから俺は。


そして、そうした。


だから、どうした。


「―――シズちゃん」


思い立ったが吉日、そんな言葉があるが、それとは少し違うのかもしれない。


ノートを閉じて、机の上に置いた。そして息をつく間も感じさせずに、俺は立ち上がってこの暑い日に制服のままコートを羽織り、財布も持たずに家を飛び出した。


気がつけばもう、夕方。今日以上の凶日なんてあるのだろうか。


テレビのニュースもせめて、朝の星座占いくらいはいつもどおりやってくれたら良かったのに。


夕刊の番組表は、今の俺の頭の中みたいに真っ白だった。




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