机に入っていたのは、可愛らしいラッピングが施された箱や袋。


先に登校して来ていた新羅は、「他のクラスの女子が三、四人来て入れてったよ」と茶化すように教えたくれた。


甘いものは嫌いではない。寧ろ好物だ。だが、何で自分の机に入れたのか、そもそも本当に自分宛のものなのか。


何でだと思う、と新羅に尋ねかけると、眼鏡のレンズの奥の目をぱちくりさせて、ヘラリと笑った。


「そりゃあ、静雄が意外とモテるからだよ」





―見当違いFourteen.―





ああ、そういえば今日はバレンタインだったな、と思い出し納得する。


しかし、何故自分なのかとそれだけが疑問となって浮かび上がる。


静雄は、その人並外れた力さえ持っていなければ、苛立たせることが無ければ、基本的に大人しく、整った顔立ちをしている為、密かに異性からの人気もある。


それでも当の静雄にはチョコレートを貰う理由など見当も付かず、ただこれは自分が受け取るべきものなのか困惑するだけだった。


「どうせ静雄にあげたものなんだから、食べちゃえばいいんじゃない?」


「そうか?」


気楽に言う友人だが、やはり返すべきなのではと静雄は箱を開けようともしない。


もしかしたら人違いかもしれないし、仮に自分宛だったとしても、チョコレートなんて貰うようなことはしていないし、お返しだって出来ない。


一応小さな袋を手に取り、ズボンのポケットへ入れた。放置したままというのも気恥ずかしく、静雄は入る限りの二つをそこへしまった。


「メッセージとかは無いの?」


そう言う新羅に躊躇いつつも机の箱のリボンを解き、水玉の包装紙を取り払って箱を開封した。


中にはデコレーションされた数個のトリュフチョコが入っており、一緒に淡いピンク色の小さなメッセージカードが添付されていた。


すると、それは第三者に取り出される。


「『平和島君のこと、ちょっと前から気になってました、良かったら食べてください』・・だって。名前も無いよ、何考えてるんだろうねこの女子」


それは静雄の大嫌いな天敵の声。


開いた手の中から手紙がひらひらと舞い降りた。そのままチョコレートの箱を取り上げて、静雄に嫌みたらしい笑顔を向ける。


「返しやがれ!」


「何ムキになってるのさ、どうせ迷ってたんでしょ?返す相手が分からないんじゃ、しょうがないよね」


臨也の手から箱を取り返そうと腕を伸ばすも、身を翻されあっさりとかわされる。


そのまま臨也は窓を開け、思い切りそれを放り投げた。


「・・ッテメエ!」


出遅れて、箱を取ることが出来ず、それは地面に叩きつけられた。中身は散乱し、食べられることもなくなったチョコレート。


「チョコくらいでそんなに怒らないでよ、酷いなあ」


本当に酷いのはどっちだ、新羅は胸中で嘆き、肩を落とした。また厄介なことになる前に、避難しておいたほうが得策かと二人の顔を窺う。


当然静雄は怒っている。戸惑ってはいたものの、折角自分にくれたプレゼントをあんな無残な姿にされたなら、誰だって腹が立つだろう。


臨也が捏ね続けている理屈に、いい加減血管がはちきれそうなほどにその目は怒りと嫌悪で輝いている。


その臨也は、



「・・・チョコレートくらいで、はしゃぐなよ」



その言葉には、はっきりと怒りに酷似した感情が込められていた。


「・・はしゃいでねーよ」


静雄も臨也の様子を不審に思い、意味が分からない言われように愛想も無く返事をした。


臨也は何故かばつの悪そうな顔で舌打ちし、そのまま背を向けて教室を去っていった。こちらの様子を外野で見ていた級友達は、臨也が向かってくると自然に道を開け、途端に口を閉じる。


姿が見えなくなるまでポカンと口を開け、呆けてしまった静雄は、我に返ると再び腹の中で煮えくり返る怒りを体外へ放出するように、猛った。


「待ちやがれ、臨也ぁ!!」


その様を傍観していた新羅は、外に投げ出された可哀想なチョコレートを眺め、独りごちる。


「食べ物は大切にね・・・」


そう言いつつも、既に愛しい同居人からの待ち遠しい贈り物を想い、彼は表情を緩ませ含み笑っていた。





多分こっちに来たはずだ。そう判断しやって来たのは校舎の屋上。意外に風は強い、反射的に目を瞑る静雄。


片目を薄く開くと、目の前には見慣れた黒。


「ついて来ないでよ」


風に音に紛れ込むように、不機嫌そうな声は静雄の耳に届いた。


「お前が逃げるからだろ」


拳を力強く握り、素っ気無く吐き捨てた。


ますます臨也の表情は険しくなっていく。その理由など見当も付かず、首を傾げた静雄。


「だからさっきから何が言いてえんだよ、お前は」


同じく、静雄の苛立ちも募っていく。物事をはっきりと言わないこの男のこういう部分が嫌いだ。


臨也は、しばらくの沈黙の後、渋々口を開いた。


「・・・気に食わなかったんだよ」


「は?」


何が、と問うも反応は無く、向こうも答える気は無いのだろうと静雄は答えを諦め、考えた。


臨也の言いたくない理由、拗ねた子供のように口を噤む、答えたくない訳。


あまり回らない頭が、やがて一つの結論を導き出した。


「ほらよ」


静雄はポケットに入れたままだった袋を一つ、臨也に軽く投げつけた。


受け取ったものの、何が起きたか分かっていない、驚いた臨也の表情は、あまり見ることは出来ないものだった。


「・・何、これ?」


訝しげに眉を顰めた臨也に対して静雄は、


「何か分かんねーけどよ、それやる」


欲しかったんだろ?と当たり前のように言ってのけた静雄。


「・・あのねえ、俺は」


「どうせ返そうかと思ってたし、お前チョコ食いたかったんだろ?一石二鳥じゃねえか」


一石二鳥は違うのでは、とも思うが。臨也の反論を遮って、「悔しかったらまず性格を何とかしろ」と皮肉に笑う静雄。


珍しく言いくるめられた臨也は、機嫌の悪いまま早足でその場を去って行った。


本当は、ただチョコレートが欲しかったわけではない。そんなものは女達からいつだって受け取っていた。


だが、それよりも腹立たしかったのは。


「・・・シズちゃんの癖に、何様だ」


行き着いた結論は、一方通行且つ行き止まりの味気ない道だった。








「何だアイツ・・」


つかつかと靴音が遠ざかっていく。相変わらず奴の思考は理解出来ない。やっぱり違ったのだろうか。


どっと疲れが出て、このまま授業もサボってしまおうかと腰を下ろすと、左側の尻ポケットに何か当たったような感触。


そうだ、思い出して静雄は小さな紙袋を取り出した。


もう一つ入れたままにしていた。赤の上に真っ白いストライプの柄。同じ白のリボンを外すと、中にはチョコレートではなく飴玉が。


苺味なのだろう、薄いピンク色の飴が何個かで、メッセージなど送り主の名前が書いてあるというようには見えなかった。


女子の考えの方が分かんねえや。晴れた寒空を見上げ、口の中に鮮やかな丸を一つ放った。


「甘ぇ・・・」


思ったよりもあまりに甘味が強くて、余りは家で家族と消費しよう、そう思った、ある、冬の日。







(続?)







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