静雄と名付けたアンドロイドとの生活を始めて、一週間が経った。


秘書の波江は彼を見て、「趣味が悪い」と毒を吐いたが、特に命令が無ければ至って大人しく、部屋の隅に座っている静雄に最近は慣れてきたようだ。


人に言われなければ行動が出来ない、心などない、意思の無い人形。


そんなものを心から欲しいと思った自分は、確かに趣味が悪いな。


美しく造られただけのそれに、心を奪われたと言っては、笑われるのだろうか。


臨也は、書類越しに静雄の姿を目に映し、自分自身を鼻で笑った。





―糸の無いコッペリア―/第二幕





「臨也は、何の仕事をしていたんだ?」


今日の分の資料をまとめ上げて、USBメモリを抜き取ったパソコンを閉じると、静雄は立ち上がってソファまで近付いた。


自分がそう言い聞かせていた。仕事が終われば、話し相手になるようにと。


従順に命令に従い、臨也の足元に座って表情のない顔を向ける静雄。臨也はソファの方へ移り、我が子を慈しむ親のように微笑んだ。


「うん、顧客リストの整理とか、色々だよ」


「昨日もそう言っていた」


新しいことをもっと知りたいという、純真無垢な子供のように目を輝かせ、会話「らしきもの」を成立させている静雄。彼の語彙は所詮データ内のものでしかないから、新たな知識を蓄えることが必要なのだろうか。


つまり、自分の好きなように教育、もとい調教の出来るという、実に趣味が悪い仕上がりなのだ。


「シズちゃんは、凄く可愛いね」


はぐらかすように手を伸ばし、静雄の髪を愛撫した。それでも瞳を閉じることは無く、臨也を見つめて微動だに反応を見せはしなかった。


そういう風に、設定したからだ。


静雄を起動した日、彼は当たり前のように自ら性的な玩具として行動した。


予想はしていたが、臨也はどうしてもその行為を許すことは出来なかった。卑しいだけの娼婦と同じで、自らを省みない扱いに、どこか嫌気がさした。


それでも静雄を美しいと思うし、例え身体は男でも、欲情だってする。だが、こんな彼を望んではいない。


そこに彼の意思が無いというのに、コンピュータの設定だけで抵抗もせず抱かれるなど、それこそただの人形だから。


臨也は、静雄が人となることを最も望んでいた。


「君が好きだよ」


そう告げると、静雄は至極当然に「俺もだ」と答えるのだ。いつも、同じ台詞を。


でもそれはプログラムの筋書きであって、故意に臨也を愛しているから出た言葉ではない。


「やっぱり、今の君だけは俺は愛せないよ」


「俺を好きなのに、か?」


首を傾げると、キシ、と少しだけ関節の擦れる音がした。彼には辻褄の合わない風に聞こえたのかもしれない。


臨也が欲しがっているものを、静雄が持っていないから。


「君は、人じゃないからね」


ああ、俺はお前の人形だ。静雄はさらりと分かりきった事実だけを繰り返す。


同じ問答が、今まで幾つリフレインされただろう。


静雄は、「主」である人間を愛している。そう造られたからだ。


臨也が静雄の所有権をだれかに移せば、今度はその誰かを愛するのだろう。


あの男から奪い取っても、これでは本当に手に入れたことにはならない。


臨也が静雄に「君を愛せない」と言っても、そうかと理解して頷くだけ。愛して欲しいとは口に出来ない、するつもりも、「つもり」という単語さえ彼には無い。


既成事実があれば、彼は動いていられる。結局それだけの玩具なのだから、意固地にならなくてもいいものを、臨也はどうしても、「人である静雄」を愛したいと無いもの強請りをしている。


高望みとはまた違う、高いも低いも、そんな望みは無いのだから。



心は無いのか、と尋ねると、決まってそんなプログラムは俺の中には存在しないと口にする。


君を愛したい、と告げると、決まってそれは伽の相手をすることかと聞いてくる。


出来の悪い人形、と罵ると、決まって悪い、すまないと謝るだけ。



口付けようとすれば、黙って目を閉じる彼に、いつまでも手は出せない。


これは合意であって合意ではない。きっと自分の方が出来の悪い主人なのだろう。


強引に静雄を奪い取り、起動したかと思えば俺は君を愛せない、だけど君を愛してる、コンピュータの頭には難しい哲学でしかないだろう。


「ねえ、俺を愛してよ」


「愛してる」


そうじゃない、そうではない。


「俺を嫌ってくれ」


「設定の変更か?」


嗚呼もういっそ、そうしてしまえばいいのかもしれない。


「俺のことを見れば、迷わず殴りかかるくらいに、出来るだけ嫌ってくれ」


具体的に、尚且つ簡潔に、注文は入る。


それ以降の変更は、絶対に無いよ。


「分かった」


いつか聞いた機械音。部屋中に響くのはデータをセーブする静雄の鼓動。


やがて瞳を閉じ、再び開けばそこに今までの従順で忠実な奴隷の姿は見当たらなかった。


「おはよう」


宿ったのは、これ異常ない憎々しげな嫌悪の光。


「黙れ」


うるせえ、死ね、殺す。


先程の大人しげな彼ではない、ピリピリとした殺気は、正に本物。


確かに高性能だ、自然と笑みが零れた。


これだったのかもしれない。この低い望みが、正解だったのかもしれない。


睨みつく静雄に、両腕を広げ高らかに宣言した。



「君に、愛させてみせるよ」








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