「あーあ・・・今日はまた一段と荒れたねー・・・・・」


事務所兼自宅の、新宿に位置する高級マンションの一室。素人が見ても値が張ると一目で分かるその部屋は、溢れんばかりの酒の臭いで充満しており、臨也は眉を顰めた。


散らばっている酒瓶はどれも高値のものばかりで、明らかにアルコールの度合いが高そうな甘ったるい空気に気分が悪くなる。


それらは全て今宵の聖夜に自分が恋人の為用意したとっておきであったが、封をきられて飲み残しが床を汚している以外、肝心の中身は全て空になっている。


ボトルの要塞の先には、黒の革張りのソファに腰掛けて寝息を立てる、恋人の姿。


赤らんだ顔は酒に侵食されていて、口元からは穏やかな寝息と共に部屋中に広がる林檎酒の甘い匂いがする。


この日、自分の部屋で待っていてくれと合鍵を渡したのは紛れも無い臨也自身だ。


本当なら今日のスケジュールは八時までに仕事の取引を終え、自宅で静雄と過ごすというものだった。


師走の25日という特別な夜明けを二人で迎えるはずが、思いのほか長引いてしまった契約のせいで約束の時間をとうに過ぎ、もう時計の針は一時を過ぎてしまっている。


八時に俺の家に来て、その時間を静雄が守っていたならば、自分は大遅刻をしてしまったことになる。


いくら人より沸点の低い静雄が相手だとして、これでは彼が温厚な人間であったとしても相当怒らせてしまっただろう。


案の定室内の家具はぐちゃぐちゃで、大きな窓も廃墟のようにひび割れている。苛立ちの矛先はこの部屋に向けるしかなかったのだから。


「全く・・」


どれほどの悪事を働けば、クリスマスに家を半壊させられるなどという天罰が下るのか。


待たせてしまったことには勿論反省している、だがこちらもそんなつもりは無かったのだ。


自分が悪かったなどとは頑なに認めずに、気だるそうに散らばった酒の残骸を拾い始めた臨也。


こっちだって面倒な仕事に一区切りつけて疲れているのだ、と責任逃れする。どうなる訳でもないのに。


軽いボトルを手に取ってからよく考えると、別に明日にでも全て波江に任せてしまっていいか、と思いつく。


放置されて随分と冷たくなったそれをテーブルの上に置き、静雄の座っている隣に腰掛ける。


眠ったまま握り締めている瓶を見ると、僅かに中が残っている。飲んでいる途中で眠気に負けてしまったのか。


口元は酒で少し濡れていて、先ほどまで飲みながら待っていてくれたんだな、とポケットからハンカチを取り出す。


真っ黒の布で服に零れた酒のあとを拭き取ってやって、半ば強引に握られていた酒瓶を取り上げる。


残り少ないそれを自分の口に流し込むと、やはり毒の様な甘さに仄かな林檎の香りを感じた。


上がった体温を分け与えるみたいに、静雄の唇を舐める。同じ味がほんの少しだけ物足りなかった。


「ん・・・いざ、や」


開かれた瞳はとろんとした光。また閉じられて、白い瞼に再びキスをする。


頬に指を当て、今度は確かめ合うような深いキス。すうっと首筋まで撫で付けてやると上ずった甘い声が漏れた。


口腔で絡み合う舌は、少し表面がざらついていて、猫みたいだった。そして混ざる唾液は薄まった林檎に静雄自身の水音を響かせる。


部屋の惨状など関係ないように、酷く淫靡な二つの陰は白という白を黒く塗り潰す。


ゆっくりと唇を離すと、口の端に二人をつなぐ唾液のアーチがかかって途切れた。


もう一度だけ、と顔を近づけるが静雄が顔を背けたことで断念する。


「わりぃ・・・」


火照った頭でも、これだけ暴れれば多少冷えるらしい。


迷惑ならもう帰るから、と立ち上がろうとした体は酔いのせいでふらついてしまう。


よろけた静雄をとっさに抱き締めて、「何でそうなるの」と耳元で囁く。


顔の赤みは、酔っているだけではないだろう。蚊の鳴くような声で「遅かった・・」と訴えかけられると、流石に臨也も罪悪感が芽生える。


「待たせてゴメン」


きつく強く抱き締めると、首に手を回される。腕も背も温かく、心地よさを全身で浴びる思いだった。


でも片付けは朝にしておこう、そう伝えると訝しげに頷かれる。


これがプレゼントでも悪くないチョイスかもしれない。折角空いたスケジュールなのだから。


「泊まっていけって言ってるんだけど」




Apple Ate Princess.




物語の王子様とはまるでほど遠いけど、必ず迎えに行くよ。


地の果てまで、どこまでも。







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