それは、つみき崩しのようなものだ。



KEEP OUT OF SHAPE



折角積み重ねたカタチを、満足のいくところまで達した途端に倒し崩す。

それにより、自分の成果を一瞬にして無かったことにするという空虚な気持ちと、同時に己の働いた「軌跡」というものを塗り潰す、ある種の快楽を得られるのだ。

ドミノなどもそうだろう。慎重に、懇切丁寧に並べていった板を最終的に倒してしまうのは何故だか分かる?

結局俺は、達成感を無に変える、それを力を持ったと錯覚するような感覚がたまらないのだろう。


出会った時から積み上げてきたのだ。慎重に慎重に。

心も体も俺色に染め上げて、最後に手を離す。すっぱりと、何も無かったように。

そのときの絶望した表情といったらなんだろう、想像するだけでゾクゾクする。

そしてキミはなんて言うんだろうね。泣いて縋って懇願して、もしくは怒り狂ってどうこうするか?

君が傷つく顔が見たくって、鼓動はいつも鳴りっぱなしだったんだ。

割れ物を扱うように手を握って、綿で包むように柔らかな笑みを送って。

裏切られたときの君を嘲笑う為だけの行動原理。

それに基づいて接してきた、


「つもりだったんだけどなあ・・」


黒いコートで全身が覆われた青年は、自分の背を踏みつけて鬼のような形相を浮かべる男を見て、溜め息をついた。

「なーにゴチャゴチャ言ってんだ、いーざーやー」

間延びした呼称にはおよそ愛嬌など感じられず、彼を見つめる、否、見据える瞳のぎらぎらした光が、男の昂ぶる感情を何より表していた。

口元さえ笑っているものの、金糸のように染まった髪の、バーテン服を纏った男は地を這う蛇のような低い声で「唸った」。

「手前の考えなんてお見通しなんだよぉ、どーせ裏があるんだろってなぁ」

「・・・ま、一時は恋仲みたいな関係になった間柄じゃない、見逃してよ」

額に少量の汗を浮かべながらも、減らず口を叩きながら青年は男を見上げる。

「あー、一時は惑わされたかもなぁ、でもよ、騙されたって改めて自覚しても・・・」

そこでバーテンダー風の男は青年を踏みつけていた足を上げ、

「腹が立つんだよっ!!」

勢い良く叩き付けた。

何かが拉げるような音がした。男は踏みつけた地面を見て、舌打ちした。

「避けてんじゃねーよ・・!」

そこで足という錘に押さえつけられて伏せていた青年は、そこから姿を消していた。その錘が外された一瞬の隙に転がって、踏みつけの射程位置から外れたのだ。

足の動作一つに「射程」などという修飾語を付けるのも可笑しいが、確かに「それ」には「それ」ほどの威力があったのだ。

まるで砲弾でも打ち込まれたかのように、そのアスファルトの地面は、へこんでいた。

「臨也ーーっっ!!」

力強く振りかぶった拳は、青年が身を翻したことによって空を切った。

バランスを崩した男の体が転びそうになったところを、青年が掴んだ腕によって回避される。

「――――っ!」

体勢を立て直した男は、青年に捉えられた自分の腕を見て、目を見開いた。

先ほどまでの怒り一色のものではない、青年が分析するに、激情に入り混じったそれは、混乱、焦り、不安、驚き、戸惑い。

そして、

「っあ・・」

「なんで、そんな顔するのさ・・――シズちゃん」

彼、平和島静雄は弱々しく、青年、折原臨也の手を振り解こうとするも、力が出ない。

特別に薬や小細工を使ったわけではない、だが、臨也の色素の薄い眼光に捉われて、意識的にか無意識的にか力を揮う事をやめてしまった。

「分かってたんでしょ?俺の言葉も体も心さえも、嘘で塗り固められてたこと」

更に追い討ちをかけると、静雄は眉を八の字に歪め、唇をきゅっと結んだ。

ああ、今にも泣き出しそうな面だ。臨也は目を細めると、とどめの一言を突き刺した。

「分かってた上で、俺に抱き締められてキスされて乱されて絆されて、何もかも俺を受け入れていたんでしょう?」

反論しようと口を開くも声も言葉も涙さえも出なかった。

辛うじて静雄が息を吸った途端、臨也はその唇に噛みついた。

「――ふっ・・ん・・・!」

普段の彼からは考えられぬような甘い声が漏れる。そして、口づけた方の臨也も、彼らしからぬ優しい触れ方だった。

触れ合ったまま二人の視線が重なり合う。

映し出された互いの顔は、所詮背景でしかない。

数秒間塞がれた唇は、まるで数時間は触れ合っていたかのように暖かい感触を残していた。

静雄は途中から息を止めていたらしく、離れた瞬間ゆっくりと熱い息を吐いた。

臨也は彼の火照った顔を舐めるようにじっと見て、それから静雄を抱き寄せた。

「なにす・・っ」

「好きだよ」

ぴしゃりと吐き捨てるような告白は、静雄の鼓膜に木霊する。

「君が世界で一番大切だよ、傷つけたくない、君を誰よりも愛してる」

「・・ほんとにっ?」

これが池袋の喧嘩人形と呼ばれた男の姿だろうか。雨に濡れた子犬のように震える目で疑問符を投げかける姿はただの幼子だ。

「本当さ、神に誓って。ずっと好きだよ」

しがみ付かれた体のほうが小さかった。体格のいい静雄の背を撫でて。そうやってたっぷりの「飴」を与えてやるのだ。

無神論者の臨也が「神に誓う」など、天地がひっくり返ってもありえないことだが。

静雄に対し積み上げてきた溢れんばかりの飴の鞭。そしてつい先ほど、しっかりとコーティングしたつみきの山をそのまま倒し、置き直した。

激しい動揺をひた隠す静雄を溶かしていくのは簡単だった。あまりに簡単すぎて怖いくらいに。

そして置き場所を敢えて間違え、前よりもバランスの悪くなった一つの塔。

その塔自身も全く気づかぬうちに、一つ一つ落ちていく。

一つ失念しているんじゃないのかい?俺が誰より嘘つきだって。

壊すだけなら赤ん坊にも出来る。でも、これだから人間は面白い。

築き上げ、そして壊し、その繰り返し、愉快で軽薄でたまらないたまらない。

さあ、この化け物を退治してあげましょう。紅茶でも飲みながら、ゆったりゆたりのらりくらりと。

足場はどんどん腐り果てていって、いつの間にか落ちてしまう。

そろそろ積むのも飽きてしまった。終わらせよう。

気付く時がいずれ来るのだ、自分が何より愚かな存在に魅せられてしまっていたことに。

さて、次はどんな遊びをしようかな、育てゲーみたいに根気のいるものはもういいや。

シズちゃんに硫酸でもかけてみようか。結果が目に見えて分かる分幾ばくかマシかもしれない。

ああでも最初のうちだけだろうな、後半になるに連れて反応が薄くなるのがオチだ。

まあ、まずは目先の山を崩していこう。

最後に笑うのは、君だ。

積み重ねられた歪なドミノ。

崩れ落ちるその刹那を、君は知らない。



KEEP OUT OF SHAPE




ありふれた綺麗なものなんていらない。

一度限りの、君の醜く歪んだ顔を、一目魅せて。







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