(捏造・残酷な表現があります)







「南米に洪水か・・」


この手のニュースは今ではさほど珍しくない。被害が出て当たり前、世界は現在そんな状況下に置かれていた。


しかし、世界を率いる大国家、米帝国と同盟を結んだ大日本帝国としては、あまり心中穏やかではない。敵対関係にある北国は、何やら不穏な動きを見せている。


いい加減、潮時だろうか。


「シズちゃん・・・」


俺はお決まりの黒い学ランの袖に腕を通し、パソコンの電源をオフにした。






第三章 -無くしてしまえば。-(3)






二人で街に遊びに行った翌日。静雄は何事も無かったかのようにいつもの場所に来ていた。


あの日静雄は、俺がシネマのチケットを購入しに行っている間にいなくなってしまった。


何所を探しても見つからず、もしかしたらあまりにつまらないので、飽きて帰ってしまったのではないか。


静雄の携帯に電話するも、繋がらない。怒らせてしまったのか、気に入らないことがあったのか。


ならば明日学校で謝ろう。もっと会話のバリエーションも増やして、静雄を楽しませてあげよう。


そう決意し、待ち合わせ場所に向かえば、静雄の方が先に来ており、平然とした顔で挨拶をしてきた。


そのときの静雄が、やけに綺麗な笑顔をだったのを覚えている。元々整った顔をしていたことや、今までのぎこちなさを差し引いても、それはそれは優しげな、そして儚げな表情で。


そのせいもあって、昨日のことを尋ねるタイミングを掴み損ねてしまった。俺は何も言えないまま、二人会話など一切無く静かに登校した。


しかし、何所となく元気が無いように思えたのは、気のせいではなさそうで。



最近は時期的に、大学受験を控えたクラスメートらの存在から、自習時間も多い。


進学を希望していない為、極端に荷物の少ない静雄も俺も、鞄を持ってくるのも億劫だと教科書類を全て学校に置いてしまっていて、手ぶらなのもあまり気にならなかった。



思えば、その時点で気付くべきだったかもしれない。



「もしかしたら、昨日は気分が悪くなって帰っちゃったとかじゃない?」


友人はありがちな可能性を口にした。だが、在り得ないことでもないだろう。


その僅かな可能性の根拠を裏づけるかのように、静雄は普段以上に授業を鬱々と過ごし、二限目が始まる頃には早退していた。


気が付けばふらっと教室を出ていて、声をかける間さえなく、静雄は何処かへ行ってしまったのだ。


追いかけようと廊下へ出るが、その時新羅が俺の肩に手を置いて制止した。彼曰く、顔色がかなり悪かった、少し休ませてあげたいと。


「話をするにもせめて一度家で寝かせてあげるべきだ」


闇医者志望としての見解か、いや、見るからに授業を傍聴している彼は、素人目でも具合が悪そうに見えた。


俺が話しかけても、静雄を疲れさせるだけ、か。この友人もまともなことを口にする時がある。


俺は放課後、いの一番に静雄の自宅に向かった。調べるのはさして難しいことでもない、自らの情報網を駆使する必要も無く、新羅に尋ねれば簡単に知ることが出来た。


どこにでもある一軒の家を見て、静雄が本当に普通の家庭で育ってきたんだなと、改めて実感が湧いた。


ごく普通の家族の中で成長し、生まれつきの体質のせいであそこまで畏怖と羨望の目を向けられるようになった彼。


本当なら、俺のような存在と関わることだって無かったかもしれない。


俺がそんなことを思いながら、平和島家のインターホンを押そうとすると、


「あの、うちに何か・・・」


声のした方を振り向くと、それは一人の少年だった。艶やかな黒髪に、思考が読めない闇のように黒い瞳。それと反比例して白い肌は、不健康さよりもまるで唐渡りの陶器のような美しさを見せていた。


自分から見ても、美少年と言わざるを得ない。顔立ちは整っているがどこか幼く、多分中学生くらいだろう。


それに、平和島家を「うち」と言ったのならば、普通に考えれば彼はこの家に住んでいる、静雄の家族ということになる。


いつか聞いたことのある、静雄の弟だろうか。そう思ってよく見れば顔立ちと雰囲気も、何処となく静雄に似ている。


「えーと、弟くんかな、俺は静雄くんの友達なんだけど、お兄さんどうしてる?」


内心の焦りを隠し、にこやかに話しかけると、相手は少し警戒を解いたのか、口調が柔らかくなる。


「兄の友達・・兄貴だったら昨日から帰って来ていませんけど・・・・」


「昨日から?」


静雄が帰って来ていない?つまりあの後映画館から静雄は家に帰っていないということか?


退屈であのまま勝手に行ってしまったとしても、家に帰らない理由はない。


近頃は、荷物を持っていなくても不自然ではなかったから、気付くことが出来なかったのだ。


なら、今日早退した静雄は何処へ帰ったというんだ。


まさか何かあったのか、だが、あの池袋最強に限って。


「ありがとう、それじゃっ」


俺は少年に軽く会釈し、静雄の家を後にした。気がつくと足は自然に街の方へと向かっていた。


静雄との喧嘩で、奴の執念深い怒りから逃げる時も、ここまで早く走れなかっただろう。


そこに静雄がいるとも分からないのに、大きく腕を振ってコンクリートを踏みしめた。


そうだ、こんな時こそ、自分の力を使わないでどうする。


俺は人込みを掻き分けるように進めていた両足を止めて、徐に携帯を取り出した。


ネット上で池袋関連のコミュニティを探せば、首都の街だけあってそれなりの数がある。そして、あれだけ有名人として通っている静雄を中から探すのは決して難しくない。


金髪の背の高い来神高校の制服を来た高校生。それだけ特徴があれば誰かが覚えているはずだ。


平和島静雄で検索すれば、その行動など嫌でも分かる。まるで街全体から監視されているようで、あまり気味のいいものではない。


目に付いたのは、あの日のあの時間帯の目撃情報。


それは「平和島静雄、闇討ちに倒れるか?」というタイトルに、ひとつの写真が貼付されたものだった。


そこに写る静雄は、背後から何者かに羽交い絞めにされて、口元に布を押し当てられている。


確かに背景はあの時のシネマ内で、これは誰がどう見ても静雄だ。そのスレッドについたコメントは、どれもガセだろう、合成じゃないのかと信憑性は低いと捉えており、エスカレートしたそれらの意見に荒されてまともに見ていられない状態だった。


しかし、もしもこれが本当だとしたら、静雄は。


静雄の敗北を望む不良共か、それとも新手の拉致事件か。どちらにせよ静雄は今危機的な状況にある。


静雄の力を過信すれば、今回も何事もなく帰ってくるなどと言えるだろう。だが、昨日何があったとしても、今日自分から行く必要がどうしてあるというのか。


この布にはクロロホルムか、それに順ずる薬物、麻酔効果のあるものを染み込ませているのだろう。


それなら一時的とはいえ静雄は反撃することが出来ない、何をされたとして不思議ではない。


何故、静雄は早退した?何故、家に帰らなかった?


まずい、一刻も早く見つけ出さなくては。



そう思い顔をあげると同時に、どこかから鈍く連続した音が聞こえてきた。


これは羽音だろうか、しかもいつか聞いたことがある。だが、細部で何かが違う。


それは俺の真上から聞こえてきた。周囲の人々も気がついたらしく、上を一斉に向いた。


俺も釣られるように空を見た。すると青い夏空の彼方から、黒い影が疎らに近付いてくる。


以前、校庭で見た自国の防衛線ではない。明らかに機種が違うし、自衛軍のものよりも、あれは遥かに大きい戦闘機だ。


あっという間にこの地域の上空に現れ、黒い物体を次々に落としていった。


あまりに非現実的過ぎて、皆まともな判断を誰も下せないままその光景を眺めていた。



だから、灰色のビル郡が角から爆発するまで、豪快な音を立てて崩れ落ちるまで、誰もその場を動けなかったのだろう。



行き交う悲鳴、逃げ惑う人々、飛来する爆弾。


俺も同じようにそこから立ち去るべきだった、だが、立ち竦むわけでもなく、その情景から俺は目を離せなかった。


すると、遠くの空から何か、あれらの爆撃機と比べても幾ばくか小さい光が、池袋の上空へ飛んできた。


なんだ、あれは。あれも自分達に危害を加えるため作られた、兵器の一つなのだろうか。


でも、あの光はこちらに爆弾など落とさなかった。寧ろこの街を攻撃する戦闘機を攻撃し、一つ一つ迅速に落としていく。


あれは自衛軍の新兵器なのだろうか。絶望に満ちた人々も、空を見上げ歓喜の声をあげている。


待て、落としていく?


そうだ、こっちに落ちてくる。破壊された強大な戦闘機の破片は、真下にあるファストフード店に墜落する。


通行人も慌てて逃げ出すが、俺は一瞬の判断に躊躇してしまった。


俺にぶつかることこそ無かったが、大きな羽が地に落ちた瞬間に、勢い良く砂埃が舞い、地面が揺れた。


衝撃で小石が跳ね、俺の頬を掠めた。痛みは傷口の深さと反し、じんじんと鋭く流血は止まらない。


落下地点に近寄ると、そこには墜落した戦闘機の操縦士のものだったであろう、散りばめられた五臓六腑。コップの水を零したみたいに、破裂した心臓から弾けた赤い液体。


死体を見るのは別段初めてではないが、その残酷な姿は気分が悪くなってもしょうがないものだ。


鉄と重油の混ざった臭い、込み上げる吐き気、煙る視界。


その時、あの小さな光が降ってきた。しかも、かなり近い。小さなそれは、轟音と共に飛来した。


俺は光の落ちた方向へ歩き出した。自分の好奇心がこれほど憎いと思ったことは無い。だが、普通の神経をしていても、大抵の奴なら気になるだろう?


徐々に視界も晴れてきて、俺はその姿を見て、驚愕した。


自分の好奇心が、憎くて堪らない。


空で空襲からこの町を守っていた瞬く光、それは。




「シズ・・・ちゃん?」




金の髪を強風に靡かせて、返り血と真っ黒い油に汚した制服をまとって、そこまでならばまだ頭もついていける。


だが、その肩からは、服の袖を突き破り、本来人間ならば腕があるその部位に、ショットガンのような細長い「それ」が生えていた。


背中には歪な鉄の板羽が伸び、輪郭を辿るように刻まれた溝からは、淡い青緑色の光が漏れている。


だらりと提げられた補充用であろう銃弾の束に、敵の攻撃が掠りでもしたか、所々破れて劣化した上着。


背中から背中へ繋がる彩りの無い太さのばらばらなコードは、まるで何かを取り込んでいる最中のように、生き物のように蠢いている。


肌に滲んでいた血は、俺がかつてナイフでつけることも出来なかった傷口から。それも見る間に塞がって、否、「修復」していく。


右肩の装備の先端が、ばちばちと鋭い光を放っており、それは近寄りがたく、それでいて反骨的な雰囲気が溢れている。


こちらを見た静雄は、がしゃんと腕に位置する武器を鳴らし、呆けた表情で呟いた。


「悪ぃ、臨也・・・・」



俺、こんな体になっちまった。



いつの間にか静雄の身体はいつもの人間のものに戻っており、ぼんやりとその瞳は水晶体の上で俺を移し、彼のその名前の通りに、静かに、静かに泣いた。


無意識のうちに歩み寄り、俺は静雄の体を抱き締めた。


身長差から、どうしても俺が抱きつくような形になってしまうが、静雄は俺にそのまま身を委ねた。


鉄の臭い、血の臭い。鼻をさす重油の臭い、冷たい体。目尻から流れるそれも、本当に涙かどうか分からない。


体温だけでなく、一目で分かった「人」ではない異形の姿。俺も、何も言わず涙を零した。


嗚呼、これではまるで。


もう何も、言いたくはない。






抱き締めた静雄の心臓は、音がしなかった。










最終兵器静雄。








――――ぼくたちは、恋していく。










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