いつも変なイザ兄があんなに面白い顔をしたんだから、きっと何かあるに決まってる。


もし本当に綺麗な彼女が出来たのなら、私たちに隠れてそんなのずるい。


違ってたとしても、なんにせよイザ兄の最近の態度がおかしかったんだから、何かあるのは間違いない。


これは「尾行」なんだよ、クル姉。


こんなに面白そうなお休み、楽しまないほうが損だよ?






第三章 -無くしてしまえば。-(2)






町は人で溢れているから、流されそうで一人を追いかけるのにも一苦労だ。


何度も見失いそうになってしまうけど、やっぱり夏にあの真っ黒いコートはよく目立つから、探し当てるのはそれほど難しくない。


イザ兄のお気に入りのあの目印は、よく見れば生地も薄くなってるけど、どうしても暑くないのかなと深く詮索してしまう。


家には同じようなのが何着も揃えてあるから、こだわりはあってもセンス自体がないんだ。


そんなことをクル姉に言ったら、あれでセンスがあると思ってるから放っといてあげてと小突かれた。


それにしてもイザ兄は少し小走り気味で、信号待ちの度に幾度となく時計を気にしてるから、誰かと待ち合わせしてるんだ。


彼女とデートの線がますます怪しくなってきたね、そう言って笑ったら、クル姉も少し笑って頷いた。



「シズちゃん!」



イザ兄は、誰かの姿を見つけてそっちに駆けていった。練習以上の笑顔で。


私達も向こうの様子が見れるように近寄った。何か隠れられるものはないかな、と見渡すと、丁度近くに大きな塊を見つけた。


確かこの近くには芸術劇場があったから、これも展示品か何かなのかなと聞くと、クル姉は自信無さ気に「・・・おぶじぇ?」と答えた。


「おぶじぇ」の陰に隠れて二人を窺う。イザ兄の傍には、この町の誰もがよく知っている人物。


「へいわじま、しずおさん?」


「うそ・・」


あの金髪も顔も身長も、池袋では有名な彼以外の何物でもなかった。


イザ兄と喧嘩している姿はよく見るし、その仲の悪さはイザ兄の家族じゃなくても知ってる。


そういえば今日も朝に「シズちゃん」がどうとか言っていたけど、私もクル姉も、予想できるはずも無いじゃないか。


直接に静雄さんと話したことは無いけど、この町に住んでいれば名前くらいは聞くし、その強さも何度も目にしてる。


イザ兄の大嫌いなあの人が、なんでイザ兄と待ち合わせてるの?


私達は顔を見合わせる、その間に向こうは何処かへ歩いていってしまう、しかも、手をつないで。


「い、いこうっクル姉!」


「分かってる・・!」


事態が飲み込めないまま、二人の後を追った。こっちだって、手をつないで。


あの静雄さんが、イザ兄の彼女?


彼女じゃなくて、彼氏?


まさかぁ、そんなのあるわけないじゃん。


その否定も、また目の前で否定されることになる。






「二人が恋人どーしなのはわかったけどさぁ・・なんか固いよね?」


「確かに・・・・」


あのまま静雄さんとイザ兄は、私たちがついて来ているとも知らず、大通りのほうへ歩いていった。


本日のデートプランは、無難にCDショップに入って店内を回ったり、服を見たり、見ているこっちが飽きてくるほどありきたりなものだった。


その間もまるで恋人らしい会話が無いし、移動する際に手を握るだけで実際の友達との付き合いよりもギクシャクしている。


「私だってクル姉や、綺麗な女の子が好きだからさ、イザ兄の恋人が男の人だって構わないけどね、何あれ、小学生だってもっと進んでるよね?」


お昼になると、イザ兄達はサンシャイン通りにある一軒のお店に入っていった。


入り口からして一風変わったそこは、私達も以前に何度かイザ兄に連れて来てもらったことがあるお寿司屋さんだった。


イザ兄達が奥の方の座敷に座ったのを確認すると、私達はカラフルな暖簾をくぐって、入り口から見て手前の向こうからは見えない微妙な位置のカウンターに座る。


「・・ん?折原臨也の妹じゃねえか、兄貴ならあっちに・・・」


私達に気付いた外国人の板前さんがイザ兄の方を見るので、慌てて首を振った。


「あっ、ダメダメ!私達、今イザ兄を「尾行」してるの、気付かれちゃダメなんだって!」


「舞流、うるさい・・・」


板前さんは目を丸くして、一度イザ兄達の方を向いた。普段中の悪い二人が一緒にいるので珍しそうな顔をして、それから納得したように顎に指を当てて頷く。


「あぁ、まあ子供の遊びには格好の玩具だな・・・とりあえず、他の客の迷惑になるようなことはするな、分かったか?」


それだけ注意して、目の前に熱いお茶の入った湯飲みを出される。


本当は元気よく返事をしたほうが良いのだろうけど、この距離で騒いだら、流石に気付かれてしまうので、小声で「はーい・・」と返事をした。クル姉になった気分だ。


空気を読まずに黒人の背の高い店員さんが朗らかに注文を聞いてくるので、事情を伝えるととても楽しそうな顔でリアクションを返してくれた。


ダッタラ気付かれタラまずいヨ、でも鱈おいしいヨと脈絡無く振られる話題に、お小遣いを確認する。


イザ兄達に気付かれないように協力してくれるんだったら、注文してもいいよ、ということで私達は初めて鱈の握りを口にすることになった。


「オー、イザヤとシズオ、仲良くなったノー?」


問いかけてくる彼に「それを今調べてるんだよ」とお寿司を頬張りながら答える。クル姉はお行儀が悪いと私のほっぺに付いたご飯粒を一つ一つ取っていく。


「でもなんか二人とも緊張してるのかな、全然楽しそうじゃないんだよ」


口の中の物を飲み込んで、一口温くなったお茶を飲んだ。店員さんによると、これは「あがり」と言うらしい。外国人なのになんで私よりも知ってるのと尋ねてみたい。


「日本人みんなシャイ、二人トモ照れてるんダヨ、きっとソー」


凄いなー、何でも分かるんだ、と私達は小さく拍手した。


高校生にもなって相手と話せなくなるくらい恥ずかしいものなんだろうか。


そう聞くと、クル姉は「人それぞれ・・」とお寿司の最後の一つを口にした。


「おい、あいつらそろそろ出るぜ」


色の白い板前さんは、二人の席を親指で指した。そろそろ行かなくては。


おいしかったよ、また来るね、そう言ってお代を払う。ここでは「おあいそ」と言うんだと教えてもらった。またひとつ私達は頭がよくなった。


一足先に出て、店から少し離れた場所に移動し、そこから様子を窺う。しばらくすると二人が出てきた。


相変わらず無愛想に手をつなぐイザ兄。静雄さんも少し躊躇いがちにその手を握り返した。


「今思ったんだけどさ、イザ兄って、いろんな女の人と付き合ってた割にはさ・・」


「結構、初心・・?」


本当は分かっていたことだけど、クル姉が口に出した真実に、溜まらず吹き出してしまう。


追わなくていいの?と腕を引っ張られるけど面白いものはしょうがない、お腹を抱えて笑い出してしまう。


数分間笑いは止まらなかったけど、あの二人を追う足は止めない。


そう考えてみると、鏡を見て挨拶の練習をしていたイザ兄も、好きな人の手を握るのに精一杯なイザ兄も、死ぬほど強力な弱みを握ったことになる。


すると今度はイザ兄が好きになった静雄さんが一体どんな人なのか気になってくる。


噂通りの池袋で最強の高校生なら、何でイザ兄の恋人なんてやっているんだろう。


イザ兄が興味を一身にそそぐ程、そんなに魅力のある人物なのだろうか。


やがて、TOKYOHANDも過ぎ去り、シネマサンシャインへ赴いた二人は、大きな看板の下、混雑する人通りの中へ吸い込まれていった。


というより、池袋の有名人である二人に気付いた人は沢山で、二人が手をつないでいることまでは気付かなくても、驚いた人たちはわれ先にと蜘蛛の子を散らすように離れていった。


その隙に潜り込むように二人を追跡する。あんな人込みの中では、思うように動けないもの。


イザ兄はチケットを買いにいく。そこら中に貼られた宣伝ポスターに、私が目移りしてしまいそうな中に、静雄さんは一人待たされていた。


私達は顔を見合わせて、静雄さんの方へ歩き出す。


静雄さんの服の裾を引っ張って、こちらを振り向かせると、何だ?という表情で静雄さんは私たちを見た。


「静雄さん・・・」


「イザ兄のこと、よろしくねっ」


驚いたような困ったような、状況が把握出来ていない静雄さんが口を開く前に私達は退散した。


顔をよく見てみたかったのもあるけど、それだけ言いたくて、静雄さんから見えないところで私達は笑い合った。


イザ兄意外にセンスあったよね、などと他愛も無く喋る。


あの人は、イザ兄の知り合いにしてはいい人そうだったから、多分大丈夫だと思う。


格好いいっていうか、結構綺麗な人だった。そう言ったらクル姉も同意してくれた。


本当にあの人が最近までイザ兄に自販機とか標識とか投げつけてたんだろうか。


「でも、とにかくさぁ」


「いい人そう、だったね・・」


時計を見ると、そろそろ帰らないと家に着く頃には好きなドラマの再放送が始まってしまう時間。


帰ろっか、私達は手をつなぐ。そして、静雄さんのいた方を振り返った。



「「・・あれ?」」



―――もう、イザ兄が戻ってきたからかな。


静雄さん、もう行っちゃったんだろうか。そこに彼の姿は無かった。


そして、私達はその日、大きなミステイクを選択した。





「シズ、ちゃん?」



イザ兄は、その時静雄さんに会うことは出来なかった。







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