朝からイザ兄の様子がおかしい。いつものいちまんばいくらい。
・・たぶん、頭のねじがとれちゃったとか。
それだよ、クル姉天才。だって変だもん、さっきからかがみばっかり見てるんだよ。
・・これから、だれかに会う?
え、それって―――――
第三章 -無くしてしまえば。-(1)
私達の兄は「にんげん」が大好きだ。そんなものにうつつを抜かして一向に妹である私や舞流の相手をしてくれない。
私も舞流も兄さんのことが大好きだけど、寂しいとは思わない。私には舞流がいるし、舞流にも私がいるから。
私達は双子なのだから、一緒にいることは当たり前、二人でいるから二人になれるんだ。
私達の性格も見た目も、二人で適当に決めてしまった。だけど二人が一緒にいれば完璧な「にんげん」になれる。
臨也兄さんは、いつか完璧な私達を見てくれるのかな。
「やっぱり、コレができたんじゃないかなぁ・・!」
小指をつき立てて私に見せた妹は、テーブル越しに体を前のめりにして私の鼻とぶつかるくらいに顔を近付けてくる。
折角の牛乳がコップごと倒れて零れてしまった。あとで机を拭いておかないと。
「コレって・・恋人?」
そう尋ねると舞流は顔を赤くして、興奮しながら熱く語る。
「そう!だってあのイザ兄があんなに取り乱してるんだよ!今日はデートにでも行くのかな!!」
「前にも、女の人とはいっぱい付き合ってた・・・」
反論するつもりも無いが、兄さんが女の人とよく歩いてたのは知っていた。
いつ見ても、違う女の人を連れていたからそれほど好きでもなかったんだと思うけど。
可愛い女の子が周りにいっぱいいて、ちょっと羨ましいなとは思った。
確かに、最近は見なかった、かな。
「本当に好きな子が出来たんだって!どんな人かな、可愛いのかな!」
「落ち着いて」
耳元で大きな声を出されるのは流石にうるさいから手で口を押さえる。
兄さんが舞流が言うほどに動揺するくらいなのだったら、今度こそ真剣な「おつきあい」なのだろうか。
この前いきなり母さん父さんのところに行く、なんて言い出したから、どうせ別れちゃうんだろうけど。
別れちゃうのに、「おつきあい」するのだろうか。
もがもごと尚も喋り続ける妹が何を言っているのかは分からなかったので「静かにして」とお願いする。
頷いたにも関わらず、離した途端に「ねえねえクル姉は・・」と話しかけてくるものだから、その手を引いて席を立った。
牛乳はさっと布巾で軽く拭き取ったけど、多分臭いが残ってしまうだろう。後でちゃんと掃除もしよう。
「臨也兄さんは・・?」
「せんめんじょ。気持ち悪いくらい髪の毛いじってた」
「そう」
声をかけるまでも無く、舞流は私についてくる。歩くたびにそのおさげが揺れて可愛らしかった。
洗面所の扉をゆっくり静かに開ける。それでも反応が無かったので、兄さんには珍しく私たちに気がついてないんだと安心した。
怖いもの見たさで中の様子を覗いてみる。私の頭の上に舞流が頭を乗せてきて、少し重い。
そこには確かに兄さんがいて、しきりに鏡に向けて何かを言っている。何を言っているんだろうと耳を澄ませてみると、
「シズちゃん、お待たせ!元気かい?」
片手をあげて笑うも、納得のいかなかったような顔で首を傾げ、もう一度鏡を見る兄さん。
そっか、お友達少ないし、鏡とお話してるのか。
「元気かい、は違うよな・・・でもやっぱり何か足りない気が・・・」
「いきなり後ろから抱き締めるのはどぉ?」
今まで見たことが無いくらい大きな溜め息を吐いて、鏡の中の自分の顔を見つめ続けている兄さんに、遂に声をかけてしまう舞流。
すると兄さんは素で気付いてなかったのか、舞流の声で顔を真っ赤にして振り返る。
「な、なに見てるんだよ、帰れ帰れ」
「だってイザ兄今日ずっと変だよ!見てて面白いんだもん!」
「変・・」
反論すると、兄さんは露骨に嫌そうな顔をする。でも指摘されるとすぐにまた鏡を見だして、
「そうか、変か・・・・」
兄さんが変なのは今更だけど、やっぱり今日は特におかしい気がする。
怒りもせずに鏡に向かって唸っている兄さんが面白かったようで、服が皺になるのも気にせずに舞流は床に笑い転がる。
「すっごくへんっ!やっぱり彼女が出来たんだ!!」
「あっ」
口を滑らせてしまう舞流に、兄さんは驚いて目を真円にする。取り乱したみたいに私達の間を通って洗面所を出て行ってしまった。
そのまま椅子にかけてあった上着を羽織ってハンカチをポケットに入れると、兄さんは外に出た。
追いかけよう、どちらからともつかずに私達はパーカーを着て、お気に入りの鞄を提げて、兄さんの後を辿った。
こんなに面白そうなこと、他に無いよね。
うん、そうね。
いいお休みになるよね。
きっと、そうね。
きっと。