駄目もとで訪れた待ち合わせ場所には、静雄が立っていた。


てっきり先日のことで俺のことなど関係ない、という風に普段の道を行くのだとばかり思っていた俺は、まずそこに安堵した。


しかし実は内心怒っていて、俺を抹殺する為に待ち伏せていたのでは、という可能性があることに気付く。


心中こそ穏やかでなかった俺に、静雄が告げた一言、


「・・来ないかと思ってた」





第二章 -ハジマリ。-(3)






あの一件が嘘だったかのように何事も無く登校した俺達。


相も変わらず会話こそ無かったものの、静雄は別段怒っている風でもなく、唯一の変化といえば下を向いて歩かなくなったことぐらいだ。


教室に着けばあっさりと自分の席についてしまう。それは当たり前なのだが、窓際に位置する静雄の席は同時に新羅のひとつ前の席にあたる。


二人が挨拶をするまではまあ良しとする。しかし静雄は後ろを向いたまま、何か新羅と話し込んでいる。


内容が気になってしまうのは、俺の性分のせいもあるが、それだけではない。


これは嫉妬なのだろうか。別に二人は友人同士だと理解しているし、何らおかしいことは無い。


だが恋人に対するこの独占欲にも似た感情は、静雄のような短気さを持ち合わせていなくても、なぜか無性に俺を苛立たせる。


馬鹿みたいなのは承知で、俺は二人のもとへ。


「ねえ、さっきから何話してるの」


ぶっきらぼうな口調で問い詰めた。だが新羅は待ってましたと言わんばかりに、


「ほら、やっぱり来た」


と静雄の肩にぽん、と手を置く。


対する静雄は急にうろたえ始めどうしようどうしようと慌てて新羅の顔を見たり落ち着かない。


「安心しなよ、僕がセルティ一筋だって知ってるでしょ?・・・ね、静雄、臨也に渡したいものがあるんだよね?」


「バッ、馬鹿・・!いきなり・・」


本当にこの友人は食えない奴だな、と見透かされている自分を嫌悪する。


でも「渡したいもの」?その言葉が気がかりで「何?シズちゃん」と俺は静雄に問いかけた。


静雄は目線を彷徨わせ、やがて堪忍したように鞄から何かを取り出した。


近くのコンビニのレジ袋に入ったそれは、一冊の大学ノート。


「・・・あと、頼む新羅」


唇を結び、そのまま自分の机に突っ伏してしまった静雄。耳まで赤く染まって見える彼に嘆息し、新羅は静雄の気持ちを代弁する。


「了解・・、あのね臨也、静雄は臨也と離れ離れになるまでの間まででいいから、交換日記がしたいんだってさ」


呆れた色の見えるその台詞の中に混ざっていた単語に、思わず耳を疑った。


交換日記?死語以外の何物でもない名詞に思わず吹き出してしまう。


笑ってしまった俺に、「悪いかよ!」と思い切り怒鳴る静雄。新羅も耐え切れなくなったのか笑い出す始末。


「ごめ、シズちゃんがそんな・・!交換日記って・・・っ」


彼は何処の大正時代からやってきたのだろうかと腹を抱える。今時女子でもやらないだろう、普通は。


しかしこの調子で笑い続ければ静雄の鉄拳が飛んでくるだろうと察知し、新羅は呼吸を整えてから弁明する。


「静雄はね、照れちゃって臨也に言いたいことが言えないから、どうすれば良いのかセルティに相談したんだよね」


「で・・・その結果が、「コレ」かい?」


静雄と運び屋が仲がいいのは知っていたが、まさかそんな俗に言う「恋バナ」などというものをするほどの親しさに驚きを通り越して呆れて笑うことも出来なかった。


一体何処の中学生だと聞いてやりたくなったが、よく考えてみると静雄は彼女に自分たちの関係を打ち明けているということになる。


そこまではこのお喋りな友人のツレなのだから知っていても当然だし、ありえるだろう。


だが、まさか静雄が人に相談するほどに俺のことで悩んでくれていた、ということに驚いた。


「セルティの発想だと思えばこれも可愛らしさの一つだと思えてくるよ」


幸せそうに笑いやがって。だがそれはそれで、静雄の気持ちを考えてみると、交換日記という結論もなかなかの案に思えてきたし、何よりも、唯一の「恋人」らしい行動と考えてもいいかもしれない。


「い、嫌ならいいんだよ、忘れろよ」


どうせもうすぐ君の傍からいなくなってしまう俺と、短い思い出を伝え合いたかった。


そう捉えてもいいのかい?


静雄の手がノートを掴もうとする。俺はその前に袋ごとそれを取り上げて、静雄に笑いかけた。


「ま、暇潰し程度にはなりそうだね」


ひねくれた俺の返事に、静雄はやっと俺の顔を直視する。


結局顔を逸らされたわけだが、その仏頂面がどことなく嬉しそうに見えたのは俺だけだろうか。


なんだ、ちゃんと思われているじゃないか、俺は。


俺たちの交換日記の一ページ目を開くと、「あ、帰ってから開けろよ!」と静雄の制止が入るが、とても待ってはいられない。


この胸の高まりは、未開の地へ赴く冒険家宛らに、綴られた文章に俺は目を通す。


ああ・・という静雄の羞恥の相俟った悲痛の声。


三行だけ、校正して何度も消した後が見える最初のページに上書きされた言葉。



いざや、これ読んでるってことはオーケーしてくれたってことだよな。ありがとう。


たぶんだから、ホントにそうなのか分かんねーけど、ホントにどうなのかは分かんねーけど、


オレ、いざやのこと、たぶん好きだ。



「返せ!もういいから見るな!」


何が何でも取り返そうと静雄は俺に殴りかかる。しかし大振りのその攻撃は読めているわけで。


「やなこった、大体なんで平仮名なのさ、漢字分からなかった?」


静雄の拳は教室の壁にひびを入れる。それすらお構い無しに、俺に向かって狭い教室を駆ける。


当然他の生徒もいる中で、教室は静雄を抑え付けない限りものの10分で廃墟と化すだろう。


何事かと思って見物に来る命知らずもいれば、逃げ場を求め教室から出て行くクラスメートもいる。中でも新羅は廊下に避難して見世物を楽しむように傍観している。


ギャラリーに見せるために暴れているわけではない。しょうがなく立ち止まり、一撃をかわして俺は言う。


「だってシズちゃん、」


君が書いたんだから、今度は俺の番でしょう?






Dear.シズちゃん


俺の名前は臨也なんだから、面倒くさがらずにちゃんと書いてね。


ボロボロになった教室は気にしなくていいよ、ちゃんと俺が後始末しておいたから。


あの日のことはごめんね。恥ずかしかったよね、シズちゃんの気持ちを考えるべきだった。


俺たちが付き合ってるって噂はある程度広まっちゃってはいるけど、これ以上浸透することが無いように手は打っておいたから、安心してね。


次の休日、どこかに遊びに行こう。最後にたくさんいい思い出を残そう。


今までの二人が嘘だったんじゃないかってくらい、いい思い出を。


P.S.


俺も好きだよ、シズちゃんのこと。









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