久しぶりに訪れた親友は、どうやら元気がない様子だった。


一部しか記憶は残っていないものの、長い間生きてきた私でさえ、新羅の話を聞いたときは心底驚いた。


よりにもよって、アイツとは。別に同性愛に反対な訳でもないし、彼が好きになった相手なのだから自分が口を出す権利も無い。


でも、なんにせよ良いことだと私は思う。


喧嘩人形、否、この平和島静雄という人間も、ちゃんと恋をするのだ。





第二章 -ハジマリ。-(2)





「なんか、突然押しかけちゃってゴメンな、セルティ・・・」


遠慮がちに謝る静雄は、机に置かれたアイスコーヒーにガムシロップを入れ、先程からストローでかき回し続けている。


気を利かせたつもりなのか、静雄を連れてくるなり「お茶請けでも買ってくるよ」と席を外し、外に出て行った新羅だったが、確かにあいつがいたのでは静雄も更に話し辛かったかも知れない。


『いや、どうせ今日は仕事も終わって暇だったから』


喋ることの出来ない私はPDAにそう打ち込み、画面を静雄が見やすい向きにした。


ありがとう、と笑って静雄はやっとストローに口を付ける。


静雄は普段あまり笑顔を見せない。本人の性格はあの気の短さと反比例して大人しいものなのだが、周囲の一言一言に反応してしまい、その力を振るうせいで誤解されがちだ。


だから私のように言葉を話せなかったり、その力で傷付けられない者、扱いに慣れている者など、彼の周りにいる人間は自ずと限られている。


「多分新羅から聞いてると思うけどさ・・俺、臨也と付き合うことになったんだ」


私は黙って頷く。そのことは新羅に大体の成り行きと共に教えられたが、口を挟んでしまっては話の腰を折ることになるだろう。


折原臨也は、若くして情報屋という職業についており、私自身、奴の仕事関連で何度か動いたことがある。


しかしその人間性は歪んでいる。


私はどうしても、臨也が純粋に静雄を愛して交際を申し込んだようには思えなかった。


無粋かもしれないが、今までの二人の関係を考えてみれば臨也が静雄を利用している、という可能性を切って離すことは出来ない。


もしかすれば単なる暇潰しや、静雄への嫌がらせということもあるのかもしれないし、私はそんな裏が存在するのでは、と疑ってしまう。


でも静雄はどこまでも嬉しそうに、子供のように嬉々として照れながらも話してくれた。


「俺も本当は臨也の言葉なんて信じてないんだ、好きだって言うのもでまかせかもしれない」


それでもいいんだ、といつの間にか大人のような表情で、静雄はまたコーヒーを啜った。


「俺は、それでも誰かに愛されたかったんだと思う、嘘でもいいから、誰かに傍にいて欲しかったんだと思うんだ」


例えその誰かがアイツでも、好きだと言ってくれるのなら受け入れる。


私は、その言葉に胸を締め付けられるような気持ちになった。


平和島静雄は、愛されることに飢えている。


これほどに孤独な彼を、それを知った上で利用しようとしているのなら、愛していると嘯くのなら、私は臨也を許すことは出来ないだろう。


『静雄は、臨也のことを好きなのか?』


尋ねると、困ったように首を傾げ、一言「分からない」と告げた。


「今まであんなに大嫌いだったのに、今は一緒にいたいと思うんだ。これが好きな気持ちなのかは分からないけどさ・・別にいいんだ、好きかどうかなんて」


まるで、鏡を見ているようだ。


私も、「愛している」と言ってくれる新羅を、素直に嬉しいと感じることが出来る。なのに、自分の気持ちさえ分からない。


新羅に対して抱く感情を、人間の言う「愛情」かどうか判断することが出来ない。


でも、傍にいてくれれば嬉しい、会話するのが楽しい、まともな人間でないことは分かっているが、それでも新羅を嫌うことは出来そうにない。


静雄も、こんな気持ちなのか。


「俺を恐れずに、接してくれるだけで、俺は凄く嬉しいんだ。相手が俺を嫌いでも、俺は・・・」


静雄は俯いてしまった。ここまで話してくれるのは、私を信用してくれる証拠だろうか。


しかし、急にその表情が暗くなるのが分かった。雰囲気で、ここからが本題なんだろうと察せた。


「だけど、昨日アイツと喧嘩しちまったんだ・・・」


小さな声で、溜め息の代わりに呟かれる。理由を聞くと、顔を真っ赤にして、躊躇いつつも教えてくれた。


「・・・かっ、帰り道で、アイツがいきなり俺に、恥ずかしいこと平気でしてきて・・それで、思いっ切りぶん殴っちまって・・・・」


これ以上はとても話せないという風に、アイスコーヒーを飲み干した。


推測するに、多分原因自体は臨也のせいなのだろうが、静雄もまだ恋愛になれていないからこその動揺があったのだろう。


あれこれ考えてみてもしょうがないので、静雄の気持ちが落ち着くまで待ってやろうと敢えて何も聞かないでいると、


「俺、人を好きになったの初めてじゃないんだ、ガキの頃に何回か、恋したことだってある・・・・」


静雄は人並みはずれた力さえ持っていなければ、誰より普通の人間だ。


人なのだから、恋だってするだろう。純朴で、誰かを傷つけるのを恐れて、人の輪に入れない、それだけで。


「中学の頃に、憧れてた先輩がいたんだ。・・・・でも、最低な別れ方しちまって、それっきりで・・」


この辺りには、あまり触れて欲しくないのだろうか。少し気になったが、横槍は刺さず無い耳を傾ける。


「俺は、臨也に好きになってもらう資格なんて無いんだ。幾ら今までの仲が最悪でも、好きだって言ってくれるアイツを信じられない・・」


カラン、とさっきまでコーヒーの入っていたグラスの中の氷が溶けて、崩れる音がする。


無理矢理に静雄は笑顔を作る。白い歯を見せて、さも大丈夫そうな顔をした。


「ごめんな、話逸れちまった」


気にするな、続けてくれ。そうタイピングした文章は、静雄にとって何の役に立てただろうか。


「それで、一方的に喧嘩して、顔合わせ辛くてさ・・それに、アイツといたらまともに喋れなくなっちまって・・・・」


先程の話題とは一転して、微笑ましい悩みだな、と思ってしまう自分は酷いだろうか。


池袋最強を謳われる彼が、恋愛でこんなにもしどろもどろしてしまっている。


「それに、臨也の奴、もうすぐ日本から出て行っちまうんだ。何か一つでも、思い出作ってやりたいのに・・・・」


『日本を出る?』


思わずオウム返ししてしまう。


「あ、ああ・・。最近日本は危なくなってきたからって・・・・」


最近日本では頻繁に大きな地震が起きる。沿岸の地域ではそれほど大きなものではないが、津波がたまに起きるらしい。


今までも地形から、よく日本には地震が起きていたが、近頃は平気で死人が出てきたり、国民の恐怖を煽っている。


そして、先日大日本帝国は米帝国に同盟を持ちかけられているようだ。味方にすれば心強いものの、一方で米帝国と敵対する諸国を敵に回すと反発の声も聞こえている。


それに同盟を結ぶと言っても、日本が米帝国に意見できるほどの力を持っているはずも無く、使い走りのように利用されて、掌を返されるというのが目に見える。


日本に希望は無い。それが、私と新羅の見解だ。


新羅は以前私に言った。「近いうち、父さんのところに行こう」と。


私だって、自分を解剖したあの男、岸谷森厳の世話には出来るだけかかりたくない。


だが、もう決定したことで、変える訳にもいかない。何より新羅が危険な目にあうかもしれない国だ。


私だって多少の難ならば逃れることが出来るかもしれないが、災害や国家レベルの争いで無事にいられる確証も無い。


気がかりなのは私の首。このまま日本を離れれば、折角掴んだ手がかりを無下に手放すことになる。


だがそんなことも言っていられないし、森厳の元ならば米帝国でもきっと居場所があるだろう。


『臨也も、国外に逃亡するのか』


自分で納得した。あの男ならそれもおかしくない。安全圏で情勢を傍観するつもりか。


「確かそんなこと、言ってたと思う・・」


静雄に「好きだ」と告げておいて、自分は振り回すように離れるというのか。


いや、ここで腹を立ててもしょうがないだろう。私達だって同じようなもので、状況からしてそうせざるを得ない。


「アイツがもし本気だったら、きっと自己満足で言ったんだと思う。なのに俺が受け入れちまったから、困らせてるかもしれない」


これじゃ日本から出るにも出られないよな、静雄は頬を掻いて苦笑する。


「だからこのままの関係で離れるなんて出来ない、でも、面と向かって謝れねえんだ・・・」


それが、ここに来た本当の理由か。まあ確かに新羅じゃ話にならないだろうな、と肩を竦めた。


静雄はきっと、今まで臨也とあれほどに険悪な仲で、今更どう接したらいいのか分からないのだろう。


臨也の顔を見て話せないのなら、どうしたものか。私はヘルメットの口元に指を当て、少し考えてみた。


―――ああ、いい手本がここにいるじゃないか。


『ちょっと待っていてくれ』


私は静雄に断ってから、席を立った。


寝室のドアを開け、目当てのものを探す。


――――確かこの辺りに、よし、あった。


「それ」を手にして静雄の元へ戻る。私が入ってくるのを見ると、おかえり、と笑う。


静雄は飲み乾したアイスコーヒーのグラスをキッチンで洗っていた。別にいいのにとPDAを見せるが、「いや、やりたかったから」とスポンジを泡立たせる。


蛇口から流れ出る水でグラスを磨いた真っ白い泡を洗い落とす。


濯ぎ終わったグラスを乾燥機に置くと、かけてあったタオルで手を拭いて、


「で、どうしたんだ?」


問う静雄は再び椅子に座る。私も同じく腰掛けて持ってきた一冊のノートを机の上に置いた。


『新羅の日記だ』


答える私に「そんなモン持って来て大丈夫か?」と尋ねながらも手にとって、ページを捲り出す。


退いてくれなければいいが。


「・・六月三十日。今日もセルティは可愛かった。仕事が忙しいのは知ってるけど、やっぱりご飯は一緒に食べたいな・・・?」


七月一日。今日もセルティは可憐で愛らしかった。日本にいるうちに二人で海に行きたいな。大人っぽい水着も当然似合うけど、思い切ってスクール水着を着てもらうのはどうだろうかと想像してみる。・・そんなマニアックな衣装も平気で似合ってしまうセルティが可愛くてしょうがない。ちなみに→の行の血痕は僕の鼻血なのであしからず七月二日セルティが可愛すぎて生きるのが辛い今日はセルティがセルティセルティ・・・・――――


「・・なんていうか、その」


見てはいけないものを見てしまったような表情で日記を閉じる。そんな顔しないでくれ、こっちがいたたまれなくなる。


『いや、内容は忘れてくれていい』


返された日記を受け取って、机の隅に追いやる。「よく一緒に暮らせるよな」とお茶を濁されるが、咳払いをしたつもりで私は静雄に、


『でも、新羅は新羅で口に出せないようなことや言い辛いこともある』


意外と、文章なら素直になれるんだよ。


そこまで打ち込むと、自分は恥ずかしいことを言ってるんだろうな、と自覚して、可笑しくなった。


「ありがとう、セルティ」


今日見た中で、一番穏やかな笑顔だ。やっぱり静雄は、自分で納得出来ていないだけで、本当に臨也が好きなんだろうな、と思えた。


これから二人がどうなっていくのか分からないが、私は応援したいと思う。


そんなことを決意していると、鍵を開ける音がして、新羅が帰ってきたんだと分かる。


「静雄ー、まだいるー?プリン買ってきたけど・・・」


「食べる!」


すぐに立ち上がって新羅の元へ駆け出す静雄。やはりまだ、色気より食い気かな。


私はこっそりと新羅の日記を戻しにいく。返してくるとそこにはプリンを美味しそうに頬張る静雄と新羅がいて、


「何やってたの、セルティ?」


いいや、なんでも。そう答えると、新羅はそっか、と笑う。


一瞬、同居人は暗い表情をしたように見えた。しかし私と目が合うと、またいつもの屈託の無い笑みを浮かべて、「セルティもどう?」とプリンを差し出す。


食べれないの知ってるだろ、新羅に歩み寄って頭を小突いた。


気のせい、だよな。


その様子を、静雄は楽しそうに眺めていた。









「ほう・・確かにその好条件で、面白いかもしれませんな」


何かに顔を覆われたようにくぐもって聞こえた声は、その空間に響いて揺れる。


「しかし未だ耐えられる被検体は現れていないのだよ・・・」


返事を返したのは、先程のものよりも少ししゃがれている。


考え込むのは、白に全身を覆われた男。やがて、何かを思いついたように顔をあげる。


「それならば、私の知っている中で、面白い体をした「人間」を紹介しましょう」


落ち着いた声の中に、僅かな感情の昂ぶりが、見え隠れした。








人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -