思えば、初めてあったときから何かおかしかったんだ。


始業式、出会ったその日から殺しあった。もうその時点で随分と突飛な話だ。


確かに彼の存在を知り、利用してやろうとして近寄ったのは事実だ。実際ちょっかいをかけた。


しかしヤツの力は想像以上で、何より俺の予想をひっくり返し、俺の持たない何もかもを持っていて。


だからといって、ここまで執着してきた俺はなんだ?


俺の計画をおじゃんにした平和島静雄は、今や俺の唯一の弱点でさえある。いや、あのどうしようもない妹たちも入るから唯一という訳でもないか。


ヤツを抹殺するべく手配したチンピラを用意したのも、それなりに手間がかかったはずだ。


ヤツが怒るのは決まって俺が何かをしたときだけで、擦れ違ったときはただこちらを睨みつけてきたぐらいのものだ。


放って置けば本当に人畜無害な化け物。それを何故、どうやっても利用など出来ないと分かっていながら自分は薮蛇になるようなことばかりをした?


辻褄が合わないじゃないか、だって俺はあの男が死ぬほど嫌いで、関わろうなどとこれっぽっちも思ってはいなくて。


顔をあわせれば、どうしても屈服させたい衝動に駆られて、思い通りにならなくて苛立って。


目を閉じればあの顔が浮かび上がって、最近では新羅に「臨也は静雄のことしか喋らないね」なんて言われて即座に否定したけど、


・・・ちょっと待て?落ち着け冷静になれ自分。


これでは、


これではまるで、


「中学生の初恋みたいじゃないか・・・」




第一章 -ぼくたちは、恋していく。-(3)




言っておいて自分に鳥肌が立つどころか、羞恥に顔が真っ赤になるのが分かった。きゅっと唇を結んでどかっと情けなく頬杖を突いた。


「え?中学生がどうしたの?臨也」


その言葉にはっと正気に返る。目の前には黒いフレームのメガネをかけた友人。


「な、なんでもないよ、で、何の話だっけ?」


そうだ、今気付いたことなんて忘れろ、俺。これはただの気の迷いであって、そんなことがあっていいはずがない。


新羅は不思議そうな顔を一瞬だけ見せたが、すぐにいつもの笑みを浮かべて、嬉々とした声で喋り出す。


「そう、さっきの授業で言っていたでしょ?「国民の権利」の章!」


嗚呼、そういえばそんなことを言っていたかもしれない。


第二十二条、『移住・移転及び職業選択の自由、恋愛の自由、外国移住及び国籍離脱の自由』。


「で、それがどうかしたのかい?大体、君よくあんな授業真面目に聞いていられるねえ」


半分嫌味のつもりで言ってみたのだが、おしゃべりかつ変態的なこの友人は知ってか知らずか、


「いやぁ、臨也だってまともに授業受けてないのに何であんなにテストで高得点バンバン出せるのかな?カンニングでもしてる?まさか徹夜で勉強・・いや、無いな」


失礼な、と反論しようにも、していないものはしょうがない。


「テストなんてパターンでしょ?新羅が言ったらジョークにもならないよ万年主席のクセに。・・で、何だっけ?」


全く、コイツと話すとよく話題がずれる。


思い出したように表情を切り替えると、黙っていれば様になる面をふやけさせて、それはもう玩具を手にした子供、というかまたたびを前にした猫のように興奮した態度で語り出す。


「うん、何人も人種、信条、性別、社会的身分または門地問わず「恋愛または婚姻の自由」を有するの項!僕はもう十八超えたじゃない?だからあとセルティの戸籍さえあればいつでも役所に婚姻届を提出するつもりなんだけど、どれだけ手を尽くしてもセルティの戸籍を作る方法が無くってね・・そもそも仮に今用意できたからってその時点で社会的にセルティは0歳ってことになるから、僕は三十四まで待たなきゃいけないけど、それくらい愛のパワーがあれば我慢出来るって・・・って、臨也、聞いてる?」


「ん、あー聞いてる聞いてる」


適当に相槌を打っておく。しかし、あの運び屋はやっぱり女なんだろうか。男にしては線が細すぎる。


それに、男だったとしても、法的に認められてるんだからどの道関係ないことだね。


「臨也、君が今何考えてるか当ててあげるよ、言っとくけどセルティは女の子だよ?隠してるわけでもないのに何で皆セルティを理解できないんだろう・・」


・・この同級生は、変なところで妙に鋭い。教室の照明を反射して光ったレンズが目に痛くなる。


「運び屋の話はいいけど、最近のこの国は大分面倒なことになってるよ?どうするのさ君たちは」


そう、恋だの愛だのほざいていても、現在この平成社会は戦時中なのだ。


弱いながらも頻繁に起こる地震。日本国土の明け渡しを迫ってくる各国列強。


本当に、楽しみな反面、世界の破滅をこの目にしてみたいながら恐れも有す俺がいる。


「・・時機を見て、セルティと一緒に父さんのところに行くつもりだよ。非常に不本意ながらだけどね」


彼の父さん、岸谷新羅の父こと岸谷森厳は、性格こそ新羅さえも及ばない変質的なものだが、確かあの世界きっての大会社ネブラに務めていて、


・・いや、考えたくない。アレの変態ぶりは息子じゃなくても知っている。


「・・・でも、運び屋のことはネブラに色々言われるんじゃないのかい?ただでさえアイツは君やあの辺のいい研究対象じゃないか」


新羅と会話をするときは、どうにも「セルティ」の存在は切っても切れないらしい。


前に何度か彼女の「仕事っぷり」を拝見させてもらったことがあるが、アレは何て言うのかな、とんでもない。


俺は人間と何ら結びつかないその辺りには興味も無いけど、科学で証明できないようなとんでもない力があるのが分かる。それも、研究者たちにとっては馳走のような格好のカモであるのだろう。


「だったら僕はセルティと地の果てまでも逃げていくよ、僕は彼女といられればそれでいいからね」


その「彼女」が聞いたら泣いて喜びそう・・でもないかな、多分互いに好き合ってるんだろうけど、運び屋自身が新羅に距離を置いているような感じがする。


でも、俺もそんなロマンティックなことを考えるお年頃でもないからなぁ。惚気を聞かされる身にもなれっていうんだ。


「で、臨也は、静雄とのことはどうするの?」


「―――は?」


いきなり振られた話題に、脳が追いつかなかった。頭を支えていた腕が思わず外れる。


まさか心の声でも出ていたか?いや、俺がそんなヘマするはずが無い。やはりコイツは読心術でも得ているのか。


答えは間も無く彼の口から聞かされた。


「もしかして、気付いてないとでも思ってたの?こんな事言うの蛇足だと思うけど、君たち出会った時から意識しあってたじゃない」


なんてことだ、嘘だと思いたい。


頭を抱えて大きく息をつく俺の姿を見て、どこまでも分かった気でいる友人は呆れたように言い放った。


「嘘でしょ?まさかまさか、やっと自覚した?」


的を射過ぎているその言葉に、どうしようもなく自己嫌悪する。


ちらりと窓際の席で眠りこけている喧嘩人形を見る。


心地よさそうな風に吹かれてすやすやと眠っているその姿。次が移動教室とも知らないで。


本当に、俺は何がしたいんだ―――


「ところで新羅。俺、ちょっと今日早退するね」


「今更だね、寧ろ最後まで残ってるほうが珍しいじゃない、君」


俺はカバンを手に取ると教室のドアを開いて廊下へ飛び出す。何故か分からないけど、こんな高揚は久しぶりだ。


先が無いことは分かっているのに、それでも人というのはどこまでも突き進む。


面白い面白い。喉の奥で突き抜ける風が軋む。


軽やかとはお世辞にもいえない足取りで駆け抜ける。何故自分は今走っている?


分からない、分からなくていい。


「素直じゃないなー」


そんな友人の呟きは耳に届かなかった。




校舎の外に出ると、強い日差しが照りつけた。脇に植えられた緑の木々がざわざわとそよぎ踊る。


一際強い風が、開くように凪いだ。それは、夏特有の生温いものなどで無く、例えば、そう。空間を「裂いた」ような。


ブオン、と、上空から気味の悪い声が聞こえた。


連続するその羽音に、俺は空を見た。それはとても、夏空の爽やかさとは程遠いもので。


清涼な青を塗り潰す、真っ黒な戦闘機の群れ。我らがお国を守ってくださる守護神「自衛軍」のものだろう。


お仕事お疲れ様。そう胸中で投げかけた自分自身に笑いが込みあがった。


どうせ国境の警備とか偽って、元気に植民地を広げに行くんだろう。少しでも領土を増やしておかなければ大変だからね。


今回はあの辺りのあの国かな、と目星は付いているが、頑なにそれらを公表しない政府の動きを見るのも面白い。


学ランのポケットから取り出したのは、プライベート用の真っ黒い携帯電話。


履歴画面を最後のほうにスクロールして、辿りついた一つの番号を選択した。


呼び出し音がなった後、国際電話に切り替わる。


「・・・もしもし、母さん?俺。もう少ししたら九瑠璃と舞琉連れてそっち行くかも」


それだけ言うと、向こうが言ってくることも聞かずに一方的に通話を終了する。携帯を閉じるとカバンを開き、一番奥に突っ込んだ。


鼻を突いたのは、不規則な酸素の匂い。


両腕を広げて息を吸い込んだ。こうやって肺の隅々を満たしていく。


人工的な陰りを見せたその空に向かって一言、



「シズちゃんの、バ――――――――――カ!!」



吐き出した気持ちに対し、遠くから自分の名を叫ぶ天敵の声が聞こえた。


青い夏。ルビを打ったら人はそれを後の祭りと呼ぶ。







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