「は、ぁ、なんれ…」

大きく目を見開いた大尉の前で大股開いて勃起している俺。
どうしてこんな事になっているんだろう。確か皆で食事をとっていて、それからどうなったっけ?
熱に浮かされた頭ではまともにものが考えられない。しかしこの状況が異常だという事だけは理解できた。

「な、やめろ!貴様、俺をどうするつもりだ!」

「まあまあ」

呆然と立ち尽くしている大尉を武闘家が後ろから羽交い締めにし、ベッドの側へと連れてくる。大尉がジタバタと暴れ大声で叫ぶも、武闘家はがっちり押さえ込んで離さなかった。信じられないものを見る、嫌悪感混じりの瞳が俺を見下ろす。
いつもなら傷つくはずの冷たい視線がこの時ばかりは俺の身体を熱くさせた。

「ほら勇者、おねだりして大尉に可愛い所を見せて差し上げてください。今回私達は何もしてあげられませんよ」

そう耳元で囁く賢者に髪の毛を優しく撫でられ、甘い痺れが背筋を伝う。

「むりぃ…らって、そんな、う゛ぅ…」

解放する事のできない熱と疼きが全身を駆けめぐる。
早く触られたい。出したい。けれどここでそんな事をしてはいけない。これ以上大尉に淫らな自分を見られたくない。
溶けたはずの理性が欲望と闘っている。どう見ても劣勢の理性を懸命に繋ぎ止め、俺は賢者と武闘家に首を振って見せた。

「い、一体、何を企んでいる?こ、このような事…!」

「企むって…言ったでしょう?勇者の実力をお見せしようとしているだけです」

「実力だと?こんな…汚らわしい!娼婦の真似事がこいつの才能だとでも言うのか!」

先が読めない不安と憤りで青くなったり赤くなったりする大尉の顔。余裕たっぷりの笑みを浮かべる賢者に詰め寄られ怖じ気づく大尉は、武闘家に羽交い締めにされ動けないまま股間が俺の顔の前までくる位置に移動させられた。

「…あなたもすぐにわかりますよ。ほーら、勇者。大尉様のがほしいでしょう?」

賢者の甘く心地よい声が俺の中で響き、満たしていく。それは不思議な感覚だった。魔法にかけられたかのように賢者にすべてを支配された気分になるり、「征服されたい」そんな欲求が身体の奥底からふつふつと沸いて出てくるのだ。
顔を歪めて俺を罵倒する大尉の輪郭がぼやけていく。拘束の呪文を解かれ、賢者に背筋をするりと撫でられた瞬間、俺はぷつりと何かが切れる音を聞いた。

「なっ、貴様、やめろっ!ぅ、ぐ、」

ベルトを外す事さえ焦れったい。俺はむしゃぶりつくように大尉の股間に顔を埋め、萎えきったペニスを口に含む。

「はふ、ん、むずむずするっこれほしい、舐めたい、」

「っ、やめ、ろ…」

口の中で大尉のペニスが小さく脈打つ。散々悪態を吐いていたあの大尉が感じているのが嬉しくなって、俺は夢中でペニスに舌を這わせた。
根本から先っぽまでを舐め上げ、鈴口に吸いつく。竿を唇で擦りながら時折裏筋を刺激し、上目遣いに大尉を見やれば眉間に皺を寄せた熱っぽい顔と目が合い身体が熱くなる。

「ん゛、ぅ、大尉、きもちい?」

「クソ、クソ…やめてくれ、何で俺は、」

男相手に勃起しているんだ。
そんな言葉にならない大尉の気持ちが伝わってくる。俺にしゃぶられ興奮している自分を認めたくないようで、快楽に小さく呻きながらも何とか自分を律しようとしている大尉。
流石は軍人、早々に屈した俺とは精神力が違う。

「なーいい加減面倒になってきたんだけど。拘束魔法使えよ」

「駄目ですよ。ここで魔法なんて使っちゃったら面白味がないでしょう?」

理性が性欲に負ける瞬間が良いんですよ。退屈そうな顔で文句を言う武闘家に微笑みかける賢者。

「…それもそうだな」

抵抗こそしなくなったものの全身を強ばらせている大尉を見て、武闘家はにんまりと笑った。

「ッ、ッ、うぐ、」

今や大尉のペニスは完全に勃ち上がっている。俺はというと、ペニスで口内を擦られる感覚に夢中になっていた。亀頭を喉に押し当てると無理矢理されているようでゾクゾクする。今まで気付かなかったけれど、俺ってマゾなのかもしれない。
喉奥まで銜え、口の中を大尉のペニスで一杯にしている俺を見る大尉の目に一瞬欲望の炎が点ったのを俺は見逃さなかった。

「ぷは、大尉ぃ…もっと、喉突いてッずぼずぼって、口の中犯して…っ」

「っ、何て事を言うんだ…」

「おやおや、はしたないですよ勇者。悪い子ですね」

「ごめ、ごめんなさ、でも、ちんぽ欲しッ」

一旦銜えるのを止め、大尉のペニスに頬を擦りつけながら懇願すると、大尉は顔を真っ赤にして口をぱくぱくさせる。言葉とは裏腹に質量を増したペニスが可笑しくて笑みを浮かべると、大尉の喉が小さく上下した。

「すげー気持ちいいんだよ勇者の喉。柔らかい粘膜がぐねぐねってさあ。奥に突っ込むとぎゅっと締まって堪んねーの」

大尉の耳元で武闘家が囁く。大尉の瞳は揺れていて、誘いに乗るか否か葛藤しているのが良くわかる。
俺は早く突っ込んでほしくて、口を開け舌を出すと唾液でぬるついた口の中を大尉に見せつけた。大尉はそんな俺を見て再びごくりと唾液を飲み込むと、手のひらで顔を覆い叫ぶ。

「ああもう、クソ!貴様のせいだからな!」

「んぐッッ!?ふ、ぅ゛、ぐんん゛…!」

ずぼぉっと大尉の猛った硬いペニスが喉に突き入れられる。大尉は俺の頭を両手で掴むと、ガツガツと腰を振り出した。
えずきそうになるのを必死で堪え、ペニスが動く度に漏れるぶぽぶぽという音を聞いていると下半身がじんわり疼いてくる。

犯されている。今日会ったばかりの男に、それも俺のことを馬鹿にした大嫌いな男に犯されている。

普段の俺ならこんな事で悦ぶなんて有り得ない話で。しかしこの時は支配され乱暴に扱われる事が気持ち良くて仕方がなかった。

「ぶぷ、ぉ、え゛、ぐぅう…ん゛、」

雄のにおいが鼻に突き抜ける。大尉の快楽に耐える顔と荒い吐息を聞いているだけでペニスからカウパーがだらだらと零れ落ち、ベッドにシミを作った。
喉を亀頭でぐりぐりされて、苦しいはずなのにイきそうになる。

「ぁ、出…る、」

小さく呻くようにそう言った大尉が滅茶苦茶に腰を打ち付け始める。
眉根を寄せ目元を赤らめた大尉の顔が妙に扇情的で、俺は背筋を戦慄かせながらごりごり口内を擦られる快感に酔いしれていた。

「ふ、ぅ゛う、ぐっぅ!」

「……く、ぅ、」

より一層深いところまで突かれた瞬間、大尉は俺の喉にびゅくびゅくと熱い飛沫を飛ばした。青臭くとろみのある液体が喉の粘膜にまとわりついて、俺は思わず噎せる。

「ぅ、げ、ゲホ、ごほっ!ぐ…、はぁ、はぁ」

「っす、すまん。平気か?」

射精し少し冷静さを取り戻したのだろう、自分から喉の奥に出したくせにオロオロする大尉。
俺は大尉に見せつけるように口を開き、舌に精液を絡めて見せた。唾液と精液とが混ざり合って口の端から垂れていく様を、瞬きもせずに見入っている大尉が可笑しくて俺はくすりと笑う。

「大尉のせーし」

冷やかすようにそう言って、ごくりと口の中のものを嚥下した俺を見つめる大尉の顔は、茹で蛸のように真っ赤だった。

「…まるでインキュバスだ」

「可愛いでしょう?好きにしていいんですよ?」

賢者の甘美な誘惑に翻弄され、考え込むように一点を見つめている大尉。いつのまにか武闘家は大尉から離れ、賢者と共に俺の痴態を眺めている。今、大尉を押さえつけるものは何もない。誘いに乗ろうと、ここから逃げだそうと自由なのだ。

「ほら、勇者。次はどうされたいんですか?」

「イきたいっお尻も、あつい、賢者ぁ、」

「私におねだりしても無駄ですよー大尉に言ってください。ああ、でも手伝いくらいならしてあげましょうね」

賢者は俺の頬に唇を擦り寄せてそう言うと、勃ちっぱなしのペニスから溢れ出るカウパーでびしょびしょに濡れそぼった俺のアナルへと手を伸ばした。

「ん、ひ、賢者っ」

円を描くように縁をなぞられ、じんわりとした快感に逆にもどかしくなる。何とか中への刺激を得ようと腰を動かせば指は離れていき、自分の指でかき回そうとすると優しく窘められる。先程から微妙な刺激ばかり与えられ、イけないもどかしさに悶え苦しんでいる俺は恥も外聞もなく泣き喚いた。

「て、手伝うって言ったのに…っ、ぇぐ、も、やだ、おれ、変になるっ!」

「勇者。誰におねだりすれば良いのか、もう何度も教えているでしょう?」

「ううう…」

賢者は俺を解放してくれない。武闘家はニヤニヤしながら見てるだけ。食い入るようにこちらを見つめている大尉のペニスがまた鎌首をもたげている事に気付くと、もう欲求を抑えきれなかった。
俺は四つん這いになり自ら尻たぶを割ると、快楽を求めてひくつくアナルに指を二本挿入し内壁を晒すように広げる。ゾクゾクと下半身を伝う快感に身を震わせながら、俺は大尉に涙目で縋った。

「お、俺ッ、大尉に…っ犯されたい、です」

「違うだろ勇者。いやらしい勇者にちんぽハメてお仕置きしてくださいって言わねーと」

武闘家の言葉がとてつもなく恥ずかしいものだと認識する余裕すら今の俺にはない。アナルに挿入した指が気持ちよくて夢中で肉壁を擦ってしまう。

「い、いやらしい勇者に、ん゛、大尉のちんぽハメてっ、や、届かな、奥突いてほしい…ッ、ぅ、あ、お仕置き、はやくッ」

「はは、なんか増えてる」

「何なんだ…一体これは…」

頭を抱えて呻くように呟く大尉のペニスはガチガチに勃起していた。
この異様な空気に完全に飲まれてしまったのだろう。恐ろしいものを見るような目をしているくせに、口元は弧を描いている大尉。
生唾を飲み込む音が聞こえたけれど、そんな事はどうでもいいとばかりに俺はアナルでの自慰に耽った。
イきたい。でも指がいいところに届かない。苦しい。

「は…はは…このような淫猥な光景、見たことがない。こいつには男を惑わせる天賦の才能があるとでも?…はっ、面白い」

何かが振り切れてしまったのだろう。笑う大尉の瞳には捕食者のそれと同じ加虐の炎が揺らめいている。
平素の自信に溢れ俺を見下した表情を取り戻した大尉は、手を振りかぶると俺の尻を思い切り叩いた。

「い゛ぃッーーーー!!」

バチィンッと肉と肉がぶつかるして、俺は痛みに仰け反る。

「俺の目の前で汚らしい自慰行為に耽るな」

「ご、ごめ、ぎぃっ!んひ、いだい、ぃい゛い…」

バチンッバチンッとひたすら尻を打つ音が響きわたる。鋭い痛みとジンジンとした痛に俺は唾液を垂らし悲鳴をあげた。
痛い、痛い。痛いはずなのに叩かれると腰が疼いてカウパーがだらだら零れる。

「ケツ打たれて興奮するなんてとんだ変態だな。勇者なんかやめて男娼にでもなったらどうだ?」

「んぎッ!ぃ、だ、ごめんなさっ、あ゛ッ!」

俺、何で叩かれているんだろう。何で勃起したままなんだろう。新しい扉が開きそうで怖い。
大尉は加虐的な笑みを浮かべながら俺の尻に手のひらを何度も叩きつける。痛みの奥に痺れるような甘い疼きを感じて、俺はぎゅっとシーツを掴み喘いだ。

「ぐぅう、痛、は、はぁ…、ぅ…あ…?」

犬のように荒い息を吐く俺の尻にぴと、と当てられた熱くて硬いもの。それが待ち望んでいたものだと理解するのに後ろを振り返るまでもなかった。
挿入される瞬間を想像するだけで堪らない気分になった俺は、尻の痛みを忘れてひくつくアナルを大尉に晒す。

「は…っ、いやらしい穴だな。中をうねらせて誘ってやがる」

大尉は俺のアナルに両手の親指を差し込むと、ぐっと指を広げ雄を欲して蠢く内壁をまじまじと見つめ、嘲る。

「あ、広げちゃ、あ、あ、クソ、もったいぶんなっ…ぅぐ、も゛、やだ…!」

すぐ側に求めていた熱い高ぶりがあるというのに、ぐちゃぐちゃと指で入り口ばかりを弄ばれる。焦れったさに泣き出した俺を見て大尉は堪らないといった顔をした。

「ははは、とんだチンポ狂いだな。ほら、これがほしいんだろ?アバズレ勇者」

「ほし、ほしいですっ、早く、イきたいっ」

いつもの俺はどこにいってしまったんだろう。どこか遠い所から己の痴態を眺めている自分がいる。俺は魔王討伐のために勇者になった男で、こんな所で知り合ったばかりの男に無様にケツを突きだしている場合じゃないのに。
ああ、でも駄目だ。早く太くて硬いので奥までゴリゴリしてほしい。前立腺を思いっきり擦られる快感に酔いしれたくて仕方がない。
カウパーの浮いた先端を尻たぶにぬるぬる擦り付けられるだけで背筋がゾワゾワと粟立った。

「大尉ぃ…も、無理、挿れてッ」

「っ、そんな目で俺を見るな」

「ん゛、うぅ、あ゛、ああ、」

力強く腰を掴まれたかと思うと、ず、とペニスの先端がアナルの縁を広げていく。指とは比べものにならないその質量に俺の身体は喜びの悲鳴をあげた。

「ひ、ぃ゛、」

「く、貴様の腹はどうなっているんだ…」

女みたいにぐちょぐちょになってやがる、そう大尉が言う。

「あ゛、あ゛、はいって、んぎっあ゛ーー!!」

カリがゆっくりと内壁を擦る。待ちに待った快感とそれを上回る圧迫感に俺は息を詰めた。歯を食いしばっている俺に気付いたのか、慣らすように慎重に腰を進める大尉。
そのらしくない腰つきに油断していた俺は、いきなり奥まで突き入れられた衝撃に仰け反り、脳天を貫くような快楽混じりの痛みに精液を散らした。

「はあ、はあ、あ゛ッちょ、待っ」

ぼたぼたと垂れた精液がシーツを汚したのを大尉に鼻で笑われる。

「待たん。挿れただけでイきやがって、この淫乱」

息をつく暇もなく仰向けにひっくり返されたかと思うと、ガツガツと腰を振り出した大尉に揺さぶられ、俺はひっきりなしに喘いだ。眉間に皺を寄せた大尉の余裕のない表情に再び身体は熱くなり、射精によってまともになりかけていたはずの思考もぐずぐずに溶けていく。
前立腺を突かれ、過ぎる快感に抗いきれずに大尉にしがみつくと、大尉に噛みつくようにキスをされた。

「ふ、むぅ、ん゛…大尉、すご、きもちぃ…っ!」

「く…っいちいちエロいんだよ貴様は!」

身体が熱い。ペニスに触れていないのにずっとイっているような感覚に襲われる。大尉の熱く汗ばんだ筋肉質な身体に触れるだけで、淫らな欲求が溢れて止まらない。

「あっあっ、あ゛!はげし、イ、ぁっ、イく…っ!!!」

尻から聞こえるぐちゃぐちゃと濡れた水音に耳まで犯される。ペニスからは勢いのない精液がひっきりなしに溢れ、俺の肌を汚していった。

「っ、勇者…っ、」

「んひ、あ゛ッもっと、おしりきもちっ、ぅあ゛、」

ピストンによってカリ首が前立腺を抉る快感を受け止めきれず、大尉の背中に爪をたててしまう。

「ぎ、ぃ゛っ!あ゛ッ、痛、ちくび、らめ゛ッ!いだいッ…!」

「とか何とか言っといて気持ち良いんだろ!ガマン汁で尻までべっとべとじゃねーか。」

乳首を力任せに抓られ悲鳴をあげる俺を浅ましいと笑う大尉。
何度も何度も力強く腸内を穿たれ、痛みさえも身体の奥が疼くような気持ち良さに変わっていく。

こんなに気持ち良くしてくれるなんて大尉は意外と良い奴なのかもしれない。
俺は快楽に溺れながらぼんやりと思った。





「あっ、ひ、っぁ、あ!またイっちゃ…!あ゛!」

「はは、すっげぇ喘いでる。しっかし勇者も学習しねーなぁ。賢者が手渡す物なんてろくなもんじゃねーんだから、安易に口にしちゃ駄目だろ」

「馬鹿な子ほど可愛いって言うじゃないですか。別に、今回は始めから意図してやったわけではありませんよ。媚薬にフェロモン増強剤を足した新しい薬が完成したところに、たまたま軍人という体力的にも気力的にも申し分ない理想的なモルモットが通りがかったというだけで。まあ、…この調子だと大尉が何もかも搾り取られて精魂尽き果てるまで終わらないでしょうねぇ」

「ついでにケツが濡れるように勇者の体質も変えただろ。まったく、恐ろしい奴だよお前は」

「…飴、もう一つありますけど食べます?」

「お前…俺に媚薬盛って何がしたいんだよ…笑えねぇ」

「ふふふ、冗談ですよ。さて、あちらはお楽しみのようですし私達はゆっくり食事でも楽しみますか」







「う゛…」

目が覚めると見知らぬ部屋のベッドの上にいた。俺は上半身を起こし、きょろきょろと視線をさまよわせる。
昨日、俺は何をしていたんだっけ?おんぼろの教会に立ち寄って、優しい神父のじいちゃんに会って、それから…。

「大尉と飯食ったところまでは思い出せるんだけどなぁ…」

頭に霞みがかかっているように記憶が曖昧だ。それに、なんだか身体がだるい。
もともと乗り気ではなかったのだから可能性は低いが、口論になった挙げ句大尉と取っ組み合いにでもなったのかもしれない。

「おや、目が覚めましたか」

ガチャ、と開いた扉から現れたのは賢者だった。いつもと変わらない柔和な表情で俺に水を差し出してくれる。俺は賢者の姿に安堵し欠伸をしながら、いつもより機嫌が良さそうな賢者に訪ねた。

「昨日俺は…」

「まさか、覚えていないのですか?昨夜は大尉と夜通し熱い討論をなさっていましたよ。勇者の在り方や正義、戦いに対する理念に至るまで、それはもう素晴らしいものでした。私なんて感動で涙したほどです。大尉も舌を巻いていましたよ。流石です勇者」

「え゛…俺が?」

一体どういう事なのだろう。そもそもそんな正義や理念なんて持ち合わせていないのだから、討論なんてできるはずもない。しかしこちらを尊敬の眼差しで見つめている賢者が嘘をついているようにも思えず、俺は首を傾げた。

「言ったでしょう?勇者に恥をかかせるような事は絶対にしないと。何にも勝る勇者としての才能があなたに備わっている事を、あなたはあなた自身の言葉で証明したのですよ。覚えていないのは…きっと疲れたのでしょう」

「う゛ーん…気のせいじゃないかな…まあ、どうにか乗り切れたみたいで良かったよ」

釈然としないけれど、記憶がないのだから仕方がない。
そう自分を納得させて俺を褒めちぎる賢者の言葉に照れていると、再びドアが開き大尉が現れた。
昨日までの人を見下すような態度はどこにも見当たらず、それどころかどことなく好意を滲ませている大尉の熱い視線。思わずたじろぐ俺に大尉はにこやかに言った。

「よく眠れたようだな、勇者。…俺は昨夜の事を一生忘れられないだろう。君のような素晴らしい人間に出会ったのは初めてだ。ぜひうちの軍、いや私の側近にならないか?」

「……は?」

素晴らしい?俺が?側近って…昨日俺は何をしたんだ?
大尉の変わり様に唖然としている俺の耳元で「ね?言ったでしょう?」と耳打ちする賢者。昨日の記憶を幾らなぞっても、思い当たるような出来事はない。俺は混乱のあまり頭を抱えた。

「申し出はありがたいのですが、勇者には魔王討伐の責務がありますから」

「そうか…勇者を辞めたくなったらいつでもここに来い。俺が軍人として雇ってやるから」

「だそうですよ、勇者。さて、そろそろ出発しましょうか。外に武闘家を待たせてあります」

「…ん゛?え?何?何て?」

俺がうんうん頭を捻っている間、勝手に会話が交わされていたらしい。

「わけがわからない…」

名残惜しそうな顔の大尉にますます困惑した俺は、まったく状況を把握できないまま街を後にしたのだった。






「おはようございます大尉。あれ、少々顔色が悪い…というより窶れてるように見えるのですが…大丈夫ですか?」

部屋の掃除のために訪れた新米兵士は、大尉が窓の外を熱心に見つめているのに気付いた。勇者一行と何かあったのだろうか、心なしか疲れて見える大尉に新米兵士は気遣いの言葉を投げかける。

「ああ…気にしないでくれ。色々あってな」

色々とは何なのだろう。あの勇者一行は今まで目にしてきた勇者一行とは毛色の違う奇妙な存在だった。賢者と武闘家はそれなりに場数を踏んでいるようだが、肝心の勇者がどうみてもそこらの冴えない青年なのだ。
一人で魔物を退治できるとは到底思えない風貌。しかし仲間からの信頼は厚いようで、あれこれ手を焼かれているところを目撃する度に新米兵士は頭に疑問符を浮かべていた。

新米兵士は大尉が熱心に見つめているものが気になり、窓際へと移動すると外を見下ろす。
大尉の部屋からは街がある程度一望できるため、疲れを癒そうと外の景色を見渡しているのかもしれない。そう思いかけた新米兵士の目に飛び込んできたのは、街を去るべく歩いている勇者一行の姿だった。

「…あの勇者…やはり見かけ通りなよなよした情けない男でしたね。賢者と武闘家はそれなりに手練れのようですが、あんなひ弱な奴が勇者じゃあ…」

教会での大尉の意見に賛同するかのように、新米兵士は呆れた声音で言う。
大尉は新米大尉の言葉に眉一つ動かさず、視線を勇者一行に定めたままぽつりと呟いた。

「いや、あの勇者は恐ろしい奴だったよ。またぜひ手合わせ願いたいものだ」

プライドが高く勝ち気な大尉が素直に他人を認めるところなど見たことがない。新米兵士は驚きのあまり咄嗟の返答に窮し、そして小さく首を傾げた。




街は今日も活気に満ち溢れ、多くの人が行き交っている。勇者一行の姿もやがて人の波に埋もれ、見えなくなった。

「何かすげー腰痛い…俺どこかから落ちたりした?」

「あー…寝相が悪くてベッドから落ちてたぞ。うん」

「えー?俺、寝相悪いなんて言われたことないけどな…」

街の喧噪の中、軍旗だけが悠然と風に靡き勇者一行を見送っていた。


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