アニマ・メモリア | ナノ

曖昧たる始終

 始まりと終わりは何時だって紙一重だ。何かが始まる一方で、別の何かは終わりを告げる。それは運命なんて生易しい言葉には収まりきらない、別の、強大な力が動いているのだろう。だけれど、“私達”はその強大な力を前にしては余りにも、余りにも小さすぎて。それを例え得る言葉を結局、《運命(さだめ)》としか表現する事が出来ない。
 神様という奴は残酷に、冷徹に、無慈悲に、ただ事象を淡々と起こしていく。そこには愛だとか希望だとか友情だとか、人間らしさの介入する余地など一切ない。“神様”にとって《事象を起こす》というそれは、ただの機械的な事務作業でしか無いからだ。
 それを覆すことは、不可能だと思われていた。ただ、姿の見えない《運命》というふわふわしたものに怯え、恐れながら、淡々と、それなりに生きていくのだと、誰もが疑いやしなかった。
 ──疑おうとも、思わなかった。

 時間には何かへの断りなど必要ない。何を言おうと、何をしようと、針はチクタクと進む。例え盤上の針を止められたとて、それは物の刻みを止めたに過ぎず、時そのものが止まる訳ではない。それが当然だ。それが常識だ。私達は否応無しに、時を刻む針に背を突つかれながら、盤上を歩かされる。

 ――そんな、誰にとっても“普通”で“平凡”な日常を根本から捻じ曲げる出来事が、小さな町に飛来した。

 日本某県、都市部より少し離れた場所にある古斗野町(ことのちょう)。長閑で平和な、そこそこに栄えた大きな田舎町。その町の象徴とされる、不思議な伝説の残る山──古醒山(こせざん)。その頂上に、小さな隕石が飛来する。それは、山頂に建てられた祠を吹き飛ばし、我が物顔で祠の在ったその場所に鎮座した。暫くの間は町内で揉めることも多かったと聞くが、上役達はこれ幸い、良い観光名所が出来たと喜んで日本中に触れ回ったと云う。それが好を成したのか、町は嘗て無い活気に包まれた。
 しかし、そうして諸手を挙げて喜んだのも束の間。日本──もっと大袈裟に言えば“世界”の──の理は、この飛来した物体によって、大きく歪む事となった。

 テレパシー、サイコキネシス、テレポーテーション。そんな、普通の人々にもよく知られた《超能力》とは異なる力──或いはそれを大きく超越した力──を発現した者が現れ、事態は一変する。それは、小さな芽吹きだった。古斗野町の人々は恐れ戸惑い、病院は連日連夜人が駆け込む。思わぬ強力な力で自身を傷付けてしまった人もいたと言う。
 まるで伝染病のように、それは瞬く間に広がる。初めの一週間はその県内、一ヶ月経つ頃にはほぼ日本全域に、元来の超能力とは全く異なる力──《異能力》を持つ者がいた。
 各自治体や政府は対応に追われる事になる。怪我人やこれを機と慾望に呑まれ犯罪に走ってしまう人間も、かなり多かった。この事実を鑑みて、更なる犠牲と犯罪を生み出さない為に、政府は急遽、各国に一方的な通達を出した後、警察組織の強化、そして精鋭達を引き抜き軍隊を復活させることとなる。──諸外国代表者達から相当なバッシングを受けていた。しかし、そのバッシングも直ぐにぱたりと止んだ。恐らく、大使館から連絡を受けたのであろう。それ以降、小言を言われる事はあっても、強い否定を言われる事は無かったという。
 そして、これ以上の騒ぎが起こらないように《異能力規制法》が発令される運びとなった。
 軍隊の復活と規制法の発令が効いたのか、三ヶ月ほど経ち漸く事態は安息の兆しを見せる。
 その三ヶ月の間に、軍隊内部の研究者達は一つの事実を見付け出す。
 報告に上がっている、強力な異能力を持った人間は皆その当時、古斗野町にいたという。それを知った研究者達は思い出す。──あの町には、隕石が飛来していたという事を。
 政府は調査団を編成、軍の上位組織《ヴォルフ・ファング》の駐屯地を古斗野町に設置し、腰を据えての研究を永久課題とした。
 古醒山の調査事態は、町の住民が協力的だったこともあってかスムーズに進んだらしい。
 元は祠だったものの上に鎮座した隕石の欠片を施設に持ち帰り、様々な角度から調べた。しかし、ある事実が判明してからというもの、調査スピードは著しく落ちてしまった。
 ──その隕石は、地球上には存在し得ぬ“何か”の塊で、大きな何かの一部分だということ。その塊には人体に変異を齎す作用が含まれていること。
 実際、隕石の調査中に何人かの研究者が指先から炎を出したり、地面に大穴をあけてしまったりと、異能力に目覚めてしまったらしく、《ヴォルフ・ファング》──通称“狼の牙”も対応に追われたらしい。
 だが、上役はその報告に目を付ける。──そうして政府はそれを元に、とあるプロジェクトを起こすこととなった。

 異能を扱い守る者。
 異能を操り害為す者。
 異能で新たな才能を開花させた者。
 異能で生きる意味を見い出した者。

 ──黒に染まった異能者を、狩る者。

 世の理を捻じ曲げた隕石。全ては此処から始まったのだと思われていた。
 少女は守る。少年は従う。青年は嗤う。女は微笑む。狩人は憎み恨む。半端者は、泣き叫ぶ。
 始まった物語は、もう誰にも止められない。──ただ、加速するのみ。

140707 新本編


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