アニマ・メモリア | ナノ

11

 お世辞のつもりはなかった。ただ見たままに、告げたのだ。──告げてしまったのだ。
 ハッと口元を覆った後に、照れの混じった声音で、「……すみません、突然おかしなことを」と言い訳がましく付け足すと、少女はこちらを見上げてから、そう、……確か、小さく首を振ったのだ。

 今と同じく、たぷりと涙で潤ませた両目、いっぱいに見開いて。

「……世辞の、つもりはなかった」

 その言葉に、涙をこぼすまいと見開いていた両目がまたたきを繰り返した。ぽろぽろと雫が頬を伝い、顎から落ちる。気まずそうな光希の、歯切れの悪い言葉に閖葉は何かを言い掛けて、迷う素振りを見せてから口を閉じた。何を言えばいいのか、伝えればいいのかが分からない。彼女の様子は、そんな風に見て取れた。

「一瞬見えた、奥の紅が綺麗だった。……自分でも驚いてるんだ、初対面の人間にそんなこと言ったのは初めてだったから」

 飾り気のない言葉だった。口説くにしたら、余りにも素っ気ない、率直過ぎる言葉だった。

「…………気を、遣って、くれてます、か?」

 戸惑いのこもった遠慮がちな言葉だった。光希は少々の苛立ちを込めて手の平を机に叩き付け──かけて、途中で手を止めた。この流れでこう言われれば、彼女がそう返すであろうことは何となく予想は付いていた。それでも、言われると流石にショックだった。──それから、ショックを受けた自分に、驚いた。

「っ僕は! ……どうでもいい奴にしか嘘を吐かない」

 知っているだろう、と。
 口を衝いて出た言葉に偽りは無い。──そうして、己の内に芽生えていた彼女への感情を自覚して、呼吸ひとつ置いた。少しだけ前のめりに、手を伸ばした。白く透き通った頬に触れる。涙の跡にそっと指を這わせた。
 自分の頬を撫でる光希の手に、閖葉の指先が躊躇いがちに触れた。それから、ようやく、涙ながら微かに笑って。

「うん」

 ──その首肯は、とろけるような笑みと共に、確かに光希へと向けられた。

160521

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