アニマ・メモリア | ナノ

10

 ──その日は、何となく気が乗らなくて、授業が終わらないうちに学校を抜け出した。
 誰かと会う気分でもなく、かと言って家に帰るのも勿体なく感じて、近くの森林公園を無為にぶらついていたのだ。風の強さには閉口したが、風の強さがこの胸の靄を取っ払ってくれるような気がして、ぼうと小道を歩いていた。

「ま、まって……!」

 か細い声だった。何かと思って振り返ってみれば、別に自分に言われたわけではないことがすぐにわかった。
 簡単に手折れてしまえそうな、儚い少女だった。恐らく、自分と同い年くらい。丁寧に編まれた銀の髪に、宙を追う碧眼。少女の視線の先を辿れば、風に攫われた白いつばひろの帽子がひとつ。
 時間が時間なのもあり、公園内に人はまばらで、中にはふらふらと走り回る彼女に迷惑そうな視線をぶつける人間もいた。銀髪の少女は息を切らして、小道脇のベンチに倒れ込むようにして座り込んだ。ぜえ、ぜえと苦しそうに呼吸を整えながら、何かを諦めるように頭を振っていた。

 あの程度、誰か取ってやればいいのに。所詮、他者への関心などその程度なのだなと内心笑いながら、その場を去ろうとして──思い直した。
 恩を売ろうと思ったわけではない。ただふと、気が向いただけだ。

 公園の外に飛ばされてしまっていたら、この気まぐれもしまいだなと辺りを散策していると、木に引っかかった白い帽子を見付けた。少し汚れてしまってはいたが、この程度の汚れならクリーニングにでも出せば落ちるだろうとあたりをつけて、光希はその帽子を手にしたのだ。

「これ、貴方のでしょう?」

 項垂れるようにしてベンチに座り込んでいた少女に、帽子を差し出す。
 血の気の薄い手が、帽子を恐る恐ると掴んだ。それから、ゆっくりと面をあげて、少女は緩慢にまばたきを繰り返した。
 ──碧眼の奥。見えた、つややかな紅に一瞬、光希は言葉を失った。
 少女は慌てて帽子を被ると、消えそうな声で、「ありがとう、ございます」と言った。
 何か言わなくては、という衝動が光希を襲った。何故なのかは分からない。でも、言わなければ、と思ったから。

「その目、綺麗だな」

 と、まるで口説き文句のような一言を、確かに告げたのだ。

160521

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