04
「──……リ、おい、…………ユリ!」
半ば、呆れ混じりの呼び掛けに、ユリは漸く意識を眼前に持って行った。声音とは裏腹に、彼の表情は酷く不安げで、頭を振って口元に笑みを浮かべて見せる。
「ごめん、ちょっとぼうっとしちゃった」
「調子が悪いのなら今日は帰れ。ユ──……お前に無理をさせて怒られるのは、僕だしな」
「だいじょうぶだって、元気だよ! ただ、……うん、ただちょっと、考え事をしていただけだから」
もう一度笑い直してから、軽く肩を竦める。訝しげな視線が少し、痛いと感じた。
「──……やっぱり無理はさせられない、帰れ。途中までくらいなら送って行って、」
「っ、いや!!」
ユリの手を引こうと伸ばされた手。乾いた空に響いた払う音。
ずっと合わないままだった視線が初めて交わった。唖然とした表情の光希を前に、ユリは自分が今何を口走ったのかを数瞬経ってから自覚する。
かっと火照った頬を覆い隠すように両手をあてて、その場にしゃがみ込む。心臓の跳ねる音が異様な程に大きく聞こえた。未珠に変な事を吹き込まれた所為だ。今までこんなに熱くなった事なんてなかったのに。
「ごめんなさい、何でもないの、いやだね、考え事なんてしてるから、」
「──僕に言いたい事があるなら、はっきり言えよ」
頭上から聞こえたのは、遠く澄み切った冷たい声。
恐る恐る顔を上げてから、首を振る。──わたしを見つめる双眸はどこか苦しげに、どこか切なげに。
「……もういいよ、付き合わせて悪かったな、閖葉」
「ちが、ちがうの、」
ふらふらとユリ──閖葉は立ち上がる。鞄を持ち上げ、背を向けた光希に追い縋るように右手を伸ばして、
「ちがうの、みつきく、──」
くら、り。──暗転。
160219
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